第25話 盗賊ジラト
ジラトは戦闘開始直後にスキルを使った。
「〈オーバーヒート〉!」
スキルの名と共にジラトの体が一瞬だが赤い光りを放つ。
そしてそのまま、鍛え抜かれた剛腕を柱へと叩き込む。
柱は一瞬にして砕け散り、その場には瓦礫しか残っていなかった。
「...は?おい、冗談だろ。そんなの俺が食らったらひとたまりも無いんじゃ無いか?」
ジラトは笑い声を上げながら両の足で思い切り地面を蹴って、こちらに突進してくる。
「てめえを殺すためにやってんだから当たり前だろうが!さっさと潰されなぁ!」
間一髪でジラトの攻撃を躱す、ズッコケて物凄くかっこ悪いが。
ジラトの方を見ると俺の後ろにあった壁が陥没していた。
「ひ、ひぃぃぃ!おいお前、少しは加減を知れよ!」
一体この状況で、どうやって鍵を手に入れればいい?
こっちは指先にでも触れたら死にそうな勢いだぞ。
「すまねえな。相手が人間だろうが魔物だろうが全力を尽くすのが俺のルールなんでね!」
深々と突き刺さっていた剛腕が壁から簡単に抜ける。
...俺の腹もあんな風に風穴が空くのだろうか。
「クソっ!あの筋肉バカがぶっ壊しまくったせいで、視界が悪過ぎる!」
辺りは壁やら柱やらの瓦礫と塵で非常に見づらい。
正直言って音だけで相手の居場所を掴んでいるようなものだ。
「〈物体感知〉」
俺はレベルアップの段階で取得した初歩的スキルを使用する。
【はじまりのまち】の冒険者なら誰でも持ってる平凡なスキルだ。
効果は、遮蔽物などで見えない位置にいる魔物や人間を透視できるというもの。
基本的には索敵にしか使われていない。『盗賊』のジョブは上位互換で更に高度なスキルを取得できるらしい。
「あいつは...いた。何やってんだ?」
ジラトは塵で視界が悪い中、次々と詠唱をしている。
「〈アタックポイント〉〈スラグショット〉…!」
何やら嫌な予感がする。
スキルの名前が物語ってるだろ。
「ははははは!どうだ、コレで貴様の急所を狙えるのと同時に貫通力も倍増している!ホラ、さっさと出てこいよ!」
「嫌に決まってんだろー!馬鹿かお前!俺で無くても食らったら死ぬわ!」
あ、やべ声出しちゃった。
「そこか、くたばりやがれええ!」
「うわああああ!!」
ごめん、みんな俺死ぬらしい。
折角生まれ変わったのにこんなにアッサリ死んじゃうなんて...次に転生するなら、また元の世界に。
「あ、あれ?生きてる」
「小癪なガキだ!また避けやがったなぁ」
いやいやいや、全く避けてませんけど。
強いて言うなら頭抱えて祈ってたぐらいです。
もしかしてコイツ俺の事見えて無いのか?
俺は床に転がっていた小石程度の瓦礫を壁に投げつける。
ジラトはまたもやあらぬ方向に向かって攻撃を繰り返している。
「…勝ったな。こっちが見えてないなら鍵は頂いていこう」
俺は念のためスキルを使う。
「〈スニーキング〉」
足音を小さくするスキルだ。
便利だと思ったから習得したんだが、キノコやら薬草採取には向かなくて全然使ってなかった。
幸いあの筋肉バカが音を立てまくってるからバレないだろう。
俺は瓦礫で壁に誘導してからゆっくりと近づく。
そしてそのまま腰に掛けてある鍵を、取った!
俺は飛び跳ねたくなる喜びを押し殺して静かにジラトから離れる。
よっしゃ!戦闘回避して目的達成!誰がこんな筋肉の塊と戦うか。
「…待ってろよ、今助けてやるからな」
後ろで暴れ狂うジラトを放置して俺は地下四階へと向かった。
◇◇◇
◻︎勇者バルク『ジラトの迷宮』地下一階
フォールズナイトとの戦いは熾烈を極めた。
もともと複雑な構造をしていた迷宮は先ほどの爆発で吹き飛び、所々外の光が射している。
「…はぁ。何とか生きてたか」
全身の鎧が爆発により高温となり少し歪んでいた。
バルクは気だるそうに回復アイテムで自身の怪我を手当てする。
そう、地下一階の戦闘はバルクが勝利したのだ。
フォールズナイトは爆散して殆ど原型を保っていない。
「もう今の私に出来るのは、ここで大人しく彼らの帰りを待つのみだな」
バルクは自分の剣を瓦礫の中から取り出して鞘へと戻す。
これだけの爆発を受けておきながらその刀身には一切の刃こぼれが無かった。
「…最近は殆ど使ってなかったんだがな」
バルクは遠い目をして剣を見る。
彼の持つ特殊スキル〈属性変換術 ドラグディア〉は大量の魔力を必要とする。
だから、仮に一般人に持たせたところでそれはただの剣と意味は等しくなる。
魔力の足りていない者が無理に扱うと最悪の場合、死に至るのだ。
これはバルクとて例外では無い。
魔力は足りているものの、フォールズナイトとの戦いも含めて今回はかなりの消耗戦であった。
疲労が彼の全身に纏わりつく。
「…あとは、頼んだ」
硬い壁を背にしてバルクは睡魔によって意識が暗闇に落ちていった。




