第23話 地下一階の戦い
◇◇◇
□勇者バルク 『ジラトの迷宮』地下一階
サイカたちが階段を降りてから既に10分が経過している。
先ほどのバルクによる【属性変換術 ドラグディア】は剣の属性変えることで、機械系統のモンスターに効率的にダメージを稼ぐ為のものだった。
その読みは当たっており、【フォールズナイト】の胴体部分は無数の傷跡が残っている。
普通の剣では傷跡も残らないだろう。
だが、いくらバルクの方が技能的に優っていても相手は〈フロアボス〉である。
本来ならば複数人で討伐するのがセオリーなのだが、現状では厳しい。
【ドラグディア】によって効率的にダメージが通る様にはなったが、未だ優勢なのは【フォールズナイト】の方だった。
「…タフな奴だな。そろそろ壊れてもいいだろうに」
バルクが悪態をつく。
その顔には余裕など微塵も見えない。
バルクも【開眼】系統のステータス表示スキルを保有しているため、【フォールズナイト】のステータスが見えている。
バルクによる怒涛の連続攻撃を受けてもなお、HPは7割以上残っていた。
『GYAGIGIGIGIGI!!』
【フォールズナイト】が両の手にある大剣を水平に構えて、胴体から上を高速回転させる。
巨大な大剣、2本の連続攻撃がバルクを襲う。
普通ならば盾を持っていたとしても耐えられるのは『騎士』系統のジョブだけだろう。
だが、バルクはその長剣一本で【フォールズナイト】の連続攻撃を受ける。
筋力、防御力が段違いな桁であるためにこの攻撃を受けることが出来る。
しかし、いくら勇者と言えど相手は〈フロアボス〉である。無傷というわけにはいかなかった。
今の攻撃を受けたバルクのHPは5割を切ろうとしている。
「(不味いな…生憎、回復呪文は専門外だ。このまま押し切るしかない)」
王都である程度の回復アイテムは揃えていたが、殆どを昨夜の内にサイカに渡していた。
それでも十分すぎる程には準備していたのだが、【フォールズナイト】の攻撃力が高すぎる。
回復が間に合う余裕など微塵も無かった。
『GAGAGA...』
バルクに連続攻撃を受け切られた【フォールズナイト】が体勢を立て直すが、その様子は先ほどより動きが鈍かった。
気づけば辺りはガスの臭いが充満している。
「…まさかコイツを動かしている燃料が漏れて気化しているのか?」
バルクが長剣で攻撃を仕掛けた部分には無数の傷があるが、何度も同じ箇所を攻撃されることで傷は深くなり遂には燃料タンクまで貫いたのだ。
「だとしたら好都合だ。さっさと貴様の活動を停止させることができる。…魔力を糧にしていれば勝機はあったかもな」
【フォールズナイト】の動きは時間が経つにつれて、どんどん鈍くなっていく。
やがては完全に燃料が枯渇して殺戮とその身に任せた猛攻は止まるだろう。
だが、【フォールズナイト】はその停止寸前の思考回路の中で考えた。
——どうすれば目の前のヤツを殺せる?
燃料が漏れてきている【フォールズナイト】にとっては命の消滅を意味している。
それを投げ打ってでもバルクを始末しようとする行動は正しく殺戮兵器だった。
そして【フォールズナイト】は一つの結論を出す。
——自分ごとこのフロアを焼き尽くせばいい。
そう考えた瞬間、フロア全体を揺るがす程の雄叫びが響き渡る。
『GYAGAGAGAGAGAGA!!!!!!!』
もはやこうなってしまっては大剣など攻撃手段にはならない。
目の前の勇者は何がなんでも攻撃を受け切ってしまう。
もしかしたらカウンターで今度こそ首を飛ばされる。
ならば、もう自分がやることは一つだ。
「…意外と頭の回る奴だな。今度こそ、死ぬかもしれないがやるしかない」
バルクが【フォールズナイト】のやろうとしている事を理解したのか防御姿勢に入る。
そして長剣の柄に嵌っている宝玉が光り始める。
「これで耐えてくれ…【ドラグディア】!」
今度は青色の光を帯びていた宝玉が赤色の光を帯び始める。
炎属性の長剣へと変わり、バルクが全身を守るように構える。
『GAAAAAAAAA!!!!!』
瞬間、【フォールズナイト】はフロア全体に流れている自分の燃料に最期の力を振り絞り二本の大剣を構えて高速で斬りかかる。
暗い迷宮に火花が散った。
その光景は綺麗だと表現する者もいるかもしれない。
だが、そんな幻想的な風景も束の間。
散った火花は当然のように地面に落ち、燃料に引火する。
そして『ジラトの迷宮』地下一階はモッカ山脈全域に聞こえる程の爆音を轟かせて消滅した。




