第19話 夜明け前の語り
王都から馬車で出た俺たちは地図に従って北東を目指している。
モッカ山脈の洞窟にジラト盗賊団のアジトがあるらしいのだ。
「それにしても道が悪いな」
王都周辺の地形は荒野のようになっており、岩が転がっている。
流石に馬車が転倒することは無いと思うが車酔いに似たものはあるだろう。…現に一人やられている。
「ま、まだ着かないのぉ…?」
アトリアが馬車の中で寝転がりながらシリウスに背中を撫でられている。
「この位の揺れでダウンとはだらしが無いですね〜」
野生育ちのスライムより箱入り娘として育てられたシリウスの方がたくましいようだ。
ふとアトリアの声に気づいたのか、馬車を引いていた商人が顎の髭を撫でながら言う。
「そうですねえ。既に半日近く走らせているので恐らくは明日の午前中には到着するでしょう」
「予想以上に遠いなぁ」
時刻は既に夕暮れ時。
王都に到着したのが丁度正午過ぎだったために辺りは暗くなってきている。
「夜は魔物が活発化する。今日はこの辺で野宿するべきだ」
バルクが剣を磨く手を止めて述べる。鋭い刃は濡れているように見え、夕陽が乱反射して目に射し込む。
「そうだな。おい二人とも、松明作るから手伝ってくれ」
俺は王都で買っておいた松明用の棒きれと簡単な布、そして油を用意する。
これで松明を作れば野宿しても魔物は寄り付かないだろう。万が一襲ってきたら頭にでも投げつけてやる。
「その布借りてもいい?」
アトリアが体を起こして懇願するように手を差し出してせがんでくる。
「いいけど何に使うんだ?」
「そろそろ限界だから…うっ」
「っておいやめろ!頼む馬車を止めてくれ!シリウス、早くアトリアを連れて外に!」
商人は慌てた様子で馬車を止めて、シリウスはアホを連れて馬車から降りていった。そんな慌てる様子の俺たちを見てバルクは嘆息する。
「慌ただしい奴らだな…」
▪️▪️▪️
さっきまで見えていた夕陽は既に沈み、あたりは静寂を伴う夜に包まれている。
「こんなもんだろ」
松明を立て終え、焚き火を囲んで座り込む。
アトリアの具合も良くなったらしく先程夕飯を食べた後すぐに寝てしまった。
シリウスもアトリアにつきっきりでいつの間にか眠っている。
「ところで、一つ聞きたいことがある」
剣を鞘にしまいこんでバルクがこちらを凝視する。
「サイカ。なぜお前はこうまでして民の子を救おうとする?」
「何でって言われてもな…」
正直、明確な理由なんて無い。
実際自分でも何で引き受けたかなんて分かってないんだ。
けど困ってる人がいて、それを知らないふりをしてやり過ごすなんて俺には出来ない。
「死ぬかもしれない人を助けるのに理由なんていらない」
バルクは少し驚いた表情を一瞬だけ見せ、笑う。
「冒険者の考えとは思えないな。…かつての友に似ている」
焚き火がパチパチと燃える音が聞こえる。
その音が声と重なってバルクが最後に何を言っていたかは聞き取れなかった。
「俺からもいいか?」
「構わない」
アトリアとシリウスの手前、あぁは言ったけれども俺だって魔王だ。チャンスは掴まなきゃ意味が無いだろう。
「バルクはどうして旅をしてるんだ?…やっぱり魔王を討伐する為なのか?」
俺がそう聞くとバルクは腕を組んで考え込む。
そんなに難しい質問だったろうか?
「勇者の全てが魔王を討伐する為に旅を続けているわけでは無い。…それに他の4人の勇者はそれぞれ目的が違うからな。私の場合は、王国の防衛が第一だ」
バルクは王都での自己紹介の時に王国所属と言っていたが、アレはそういう意味だったのか。
いやそれよりも気になることがある。
今、『他の4人の勇者』って言ったのか?だとすると勇者はバルクも含めて5人いることになる。
素直に喜んでいい情報では無いが有益ではある。
帰ったらスモッグゴーストに伝えておこう。
「そもそも魔王討伐を主軸にしているのは君たち冒険者だろう。つい先日にも王都からいくらかパーティが出撃した」
バルクは『何故それだけの戦力がありながら盗賊団解体に向けて行動しないのだ…』と呆れた様子だ。
それは俺も思う。俺ら魔王を倒すよりも前にやるべきことだ。
「このくらいでいいか?」
「ん、あぁ聞きたいことは聞けたし十分だ。ありがとう」
「ならば、今日はもう休もう。明日も早いだろうしな」
「分かった。明日は頼むぜバルク」
周辺に設置した松明はそのままにして焚き火を囲んで俺たちは休んだ。
▪️▪️▪️
早朝、小鳥というより猛禽類の喧しい鳴き声で目が醒める。
松明はとっくに消えており、焚き火も煤だらけだ。
商人は既に起きていたらしく馬車の準備はできている様だった。
「おい、二人とも起きろ。朝だぞ」
毛布にくるまったアトリアとシリウスは起きようとしない。
「…眠い。きっとまだ夜だよ」
「そうですね…二度寝と洒落込みますか」
今の状況を理解してるのか怪しい発言だな。バルクなんて既にいつでも戦闘出来るような状態だぞ。
「起きろ、飯抜きにするぞ」
そう言うとアトリアが飛び跳ねて起きる。
「それは嫌だ!ほらっシリウスも起きて〜」
「うぅ…」
昨夜つきっきりで面倒見させた挙句に自分の事になると何も考えないで行動するなこいつ。
その後、俺たちは馬車に乗って昨日と同じ様にモッカ山脈を目指した。
「今日はあんまり酔わない」
道が昨日よりもマシな場所になってアトリアの具合も好調らしい。
恐らく今日中にジラト盗賊団との戦闘になるはずだ。万全の状態で臨みたい。
「ん?アレじゃ無いですかね、モッカ山脈」
バルクから地図を見せてもらっていたシリウスが前方を見上げている。
自然の産物か、異形と言ってもいいほど不自然な形をした山が連なっている。
「皆さま。馬車で送れるのはここが限界です。これ以上は足場が不安定なので馬じゃ行けません」
「十分だ。感謝する、ここから先は私たちだけで行かせてもらう」
馬車から飛び降りて各々が武器を持つ。
これからが正念場だ。
ジラト盗賊団に今に俺たちがどれほど通用するのか、試してやる。




