東京都庁展望台
日の落ちた日曜日、高層ビルに囲まれながらも歩く道は静寂そのもの。歩道を淡く照らす街灯の明かりが寂しさを募らせる。時折、今いる場所が経済大国の中心地であることを忘れそうになりながらも歩みを進めると、ひと際目立つ形をした巨大な建造物が近づいてくる。これから、それの上にある展望台に行くのだが、下から見てはどこに展望台があるのか全く分からなかった。
行きたい場所はすぐ近くにあるのに、その場所が見えないことに奇妙さを感じた。しかしその場所へ行くための方法は知っていたので、きっとそこへ行くことができるのだろう。知っていたその方法通り、その巨大な建造物の足元へ向かい、そして中へ入る。
外とは違い、中は明るく、展望台へ行くための方法であるところのエレベーターの前には10人程度並んでおり人がいることに多少安堵する。少し待ち、エレベーターに乗り込み扉が閉まると再び静寂に包まれる。乗り込んだ人は他にもいたが、誰も動かず誰も話さない小さな空間は外と同じく静寂へ帰着するのだろう。ただ階数表示だけが目指す場所へ近づいていることを示している。
その数字が45で止まると、小さな空間は大きな空間に繋がった。人のざわめきが耳に入り、エレベーターの前には来た道を戻るのであろう人々が列をなしていた。しかしエレベーターを降りただけでは目に付くところに窓はなく、営業している売店だけでは地上200メートルに立っている実感は全く無かった。展望台に窓がないはずはないと思い、周囲を歩いてみる。
そして探していた場所は見つかった。暗い空とは対照的に見下ろす地上は光に包まれていた。
大きな光、小さな光、青い光、赤い光、白い光。あらゆる光の集合体は、ここが大都市の高所であるという実感を得るには十分だった。人が作り出したこの光は紛れもない人工物だが、目の前にある景色は設計図など存在しない。誰かが作ったのではないという意味においては、ある種自然現象なのかもしれない。この大都会に自然現象を感じ取れることがあるとは全く思ってもみなかったのだが。
そして来た道を戻る。外はやはり静寂そのもの。光の奔流に包まれているはずなのに、それに気付けないとは皮肉なものだと思うのだった。