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scene.4 四年前の夏

 



 フラッシュバックする記憶が脳内を駆け巡る。


 あの日、あのとき。俺が見た景色、耳にした音、誰かの声。肌を撫でていったぬるくて重い夏の風。何度か前の、五月蝿いほどの蝉の声。


 冷や汗が止めどなく流れる。目の前が見えない。全ての感覚機能が失われる直前、(しゅう)が俺の名前を呼んだ気がした。




 ▼△▼△▼△▼




「あっちぃ……」


 高校最後の夏休み。俺は文化祭準備と夏休み補講のために学校に来ていた。学校に着いたばかりで、まだ身体中が熱と汗を発していた。

「それな」

 隣にいるのは同じクラスで同じ役職分担、高校生になってからできた気の合う親友、浩紀(ひろき)だ。

「クーラー涼し~……」

 俺はクーラーからくる涼しい風を団扇で扇いだ。良く晴れた炎天下の中、野球部やサッカー部、陸上部などの外部活の奴等の部活動の音と蝉の声が窓を隔てて遠く聞こえる。そんな中、良く冷えた教室で、来る途中で買ってきたアイスバーを食べる俺たち。

「あ~、夏だなぁ」

「な、俺夏って好きだわ」

「わかる。なぁ浩紀、明日海行かねぇ?」

 何だかんだ言っても、真夏のぬるい風を感じるのもなかなかに好きだった。

「あー、ごめん俺明日は塾なんだわ」

 誘いを断られた俺は

「そっかぁ……。そういや、俺たちもう受験生なんだったなあ」

 と、焦りの無い声で答えた。何となく、大丈夫だろうと感じていた。成績も問題はなかったから。

「俺はお前と違って頭(わり)ぃし成績も良くないから」

 窓に凭れ掛かって自嘲気味に笑う。

「まぁでもお前には愁くんがいるじゃん、そいつ誘えば?」

 面識も無いのに、俺が良く愁の話をするから存在も名前も知っている浩紀はそんな提案をした。

「そうしよっかなぁ。愁、来てくれるかな~……」

 言いながら、俺はスマホで愁にメッセージを送った。


 “明日、俺んちに来れる?水着と飲み物必須な、あとチャリで来いよ”


 スマホをポケットに入れる寸前、ピロリン、と音が鳴った。

「うわ、あの子返事早くね?そんな時間経ってないのに」

 隣で浩紀が声をあげる。

「そうか?愁はいつもこんな感じだけど」

「マジかよ……好かれてんなぁ、お前も」

「まぁな」

 喋りながら開いた画面には


 “また唐突ですね笑 良いですよ!海でも行くんですか?”


 と書かれていた。

 よし。

「お、何、OK貰えたん?」

「は?何でわかったし」

「いや、よしって呟いてんの聞こえたし、小さくガッツポーズもしてたろ」

 やれやれ、という感じで笑いながら言われた。

「あーもう、準備始めるぞ!」

 少し照れ臭くなって大きな声でそう言った。

「あ、やるんだ」

「当たり前だろ、何のために学校来たと思ってんの?午後は補講あるから早く進めるぞ」

「わーったよ」

 アイスの棒をゴミ箱に投げ捨て、文化祭準備に取り掛かった。


 昼飯を食べ、再び作業に掛かっていた俺は、ふと黒板の上にかかっていた時計を見た。その針は二時の少し前を指していた。

「あ、そろそろ補講始まるから俺行くわ~」

「えっ、マジかじゃあ俺帰るわ。片付けはしとくから、行ってらー」

 浩紀に後片付けを任せ、俺は生物のセンター対策のための補講に向かった。

 二時間後、ようやく帰ることを許された俺は、愁とメッセージのやり取りをしながら(うち)に帰った。



 その日は、やけに胸が高鳴っていたのを覚えている。それは、お互い忙しくてなかなか会えていなかった愁にやっと会えるからだったのか、単に海へ遊びに行く、という理由からだったのかは判らない。でも、確かに俺の胸は高鳴っていたのだ。

 次の日、あんなことが起こるなんて夢にも思わずに。




 ▼△▼△▼△▼




「───輩、先輩、ゆっきー先輩!」


 愁の声にハッとする。目の前に、景色が戻ってくる。あぁ、汗がひどい。気持ち悪い。今日はもう、家に帰ろう。

「大丈夫、ですか……?」

 心配そうに覗き込んでくる顔。……そういや、ゆっきー、なんて久々に呼ばれたな。

「……っ、あぁ、大丈夫、ごめんな」

 ズキズキと痛む頭を抑える。蓋をして、仕舞っておいた記憶が蘇って。何でこんな記憶、今更……。

 一応、今日行くって言ってあったし、研究室には連絡しておこう。

「……先輩、家まで、送りましょうか」

 今日は休むという旨の文を打ち込んでいた俺に、躊躇(ためら)いがちに尋ねてくる愁。

 文字を打ち込んでいた俺の指が止まる。顔をあげずに答えた。

「いや、いらない。そういうの、いいから」

「でも……」

「いらない」

 固く鋭い声で、向けられた親切を弾き返すように言ってしまって。

「…………っ、そう、っすよね、いりませんよね……。すみま、せん……」

 そうして返ってきた相手の声は、今にも泣きそうで。しまった、と顔をあげたときには、もう遅かった。

 目の前に座る一人の男子高校生は俯いて静かに涙を流していた。眼鏡越しに見える睫毛はしっとりと涙に濡れ、その肩は小刻みに揺れていた。


 あぁ、()()だ。また、やってしまった。俺は、何度同じ過ちを繰り返すのだろう。


 先程感じた気持ち悪さと愁に対するいたたまれなさで、俺は

「……お金、ここに置いとくから。お釣りは貰って」

 とだけ言って、合計金額よりも少し多いお金と飲みかけのミルクティー、そして愁を残して、一人店を出た。




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