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scene.1 過去の人

 


 俺は今、大学に通っている。4年生で、一応理系だ。昔から、化学と生物が好きだった。生体分子学科で進学した。大学院にも進むつもりで毎日研究に打ち込む日々だった。

 バイトなんてしている暇はないし、友達という友達もいない。研究室の他の学生と、課題とか研究結果について話し合ったりはするけれど、プライベートで会う、ということはあまりしない。

 もちろん今日も、研究のために大学に向かう。

 いつも通りの朝、いつも通りの時間、いつも通りの場所。今日も独りで。大学の門を通る。


 その時。


 暑苦しさを倍増させるうるさい蝉の声に紛れ、でも微かに聞こえた。俺の名前を呼ぶ、あの懐かしい声が。


「…………!!」


 その声に反射して振り返るより前に、俺の名を呼んだ人によって右腕を掴まれた。思いの外強い力で引き留められる。

 振り返ったその先には、一人の男が立っていた。

 いつもとは違う出来事。いつも見る光景には居ない人物。俺の眸に映ったのは、髪を明るく染め、あの頃と同じ赤い眼鏡をかけた一人の青年。

 高校生くらいの男の子だった。そして俺は、この男を知っている。四年前、最後に見たときよりもがっしりとして、少しだけ大人に近づいた男の子。

 ある記憶が、脳裏を掠める。ある、思い出したくもない、しかしずっと胸に抱いておきたい過去が。あの時俺は、高校三年生で、愁は中学二年生だった。


 記憶に引っ張られるようにして、無意識に俺の口が開いた。


「……(しゅう)……」


 目の前の青年がパッと嬉しそうに笑う。

「覚えていて、くれたんすね」

 その笑顔に、声に、あの頃の日々が思い出される。俺の人生のなかで、胸を張って幸せだったと言える、最も笑顔でいられた日々。

 しばらく見ないように蓋をしていた自分の記憶の中にしかいないはずだった人物が、今、目の前にいる。その事実に呆気にとられた俺は、掠れた声で絞り出すように、言った。

「……なん、で……?」

 俺のその言葉に、愁は満面に笑みを湛えて口を開く。

「久しぶりに会いに来ました、先輩に」



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