6章 鬼と死闘を
午後四時、会議が終わると、透は拠点の地下に案内された。
「どこに向かってるんですか?」
「地下の訓練ホールだよ。時間があるうちに透君の命刻呪を解析しておこうと思ってね」
リビングルームから地下への階段を、ビル2階分ほと降りると、そこは市民体育館のようなに広い部屋だった。
「ここなら水爆が爆発しても壊れる事はないから、思う存分暴れちゃってもいいよ」
(壁は淡い青でまったく硬そうな感じはしないのだが大丈夫なんだろうか.....)
気付くと荒井達は姿を消していた。
だが、すぐに天井のスピーカーから
『おーい透君、聞こえるかい?聞こえたら扉から右側の壁の上を見てくれるかい?』
スピーカーの指示に従い壁を見ると、ガラス張りのミキサー室のような部屋に荒井がヘッドセットをして喋っていた。
『これから君の命刻呪解析のために模擬戦をやってもらうからね。相手は美也琵ちゃんだから気を付けてね』
「え、俺どうやって能力発動させればいいのか知らないんですけど」
『え?』
「え?」
確かに茨の男、雨宮との戦闘のさい能力を発動させたがそれは透の意思ではない。
第三者の干渉と思われる何かがあったからであって、透は発動条件どころか自分の能力すら知らないのだ。
間の抜けた返事をする二人、スピーカーからはケラケラと笑っている禅太郎の笑い声が聞こえてくる。
『それならハンデとしてテーザー銃と煙玉、警棒で透に武装させればいいだろ』
『京乱君ナイスアイデア!』
そう言うと荒井は目の前のミキサーのような機械のスイッチの一つを押した。
すると、透の横の壁が重々しくスライドし、中からマニュピレーターが京乱の言った武器を持って出てきた。
「なんだ!?」
『透君、じっとしててね』
荒井に言われた通りじっとしてると、マニュピレーターが脇腹にピストルホルダーに入ったテーザー銃、腰に警棒と手榴弾型の煙玉を付けてくれた。
装備を付け終わると、マニュピレーターはそのまま壁の中に戻り、また壁はスライドし閉まってしまった。
『それじゃあ模擬戦を始めようか』
荒井がそういうと、訓練ホールの扉が開き、動きやすいジャージになった美也琵が入ってきた。
「よろしく」
「よ、よろしくお願いします」
顔色一つ変えない無愛想な顔からは、模擬戦だからと言って容赦しないというような威圧が感じられた。
『フィールド設定はビル群にする?それとも荒野?』
「荒野で瓦礫多数がいいと思うけど」
『それもそうだね』
何やら勝手にフィールドを決められているが、得意なフィールドがある訳でもないためとりあえず同意だけしておいた。
すると、仮想空間とでも言うのだろか、訓練ホールが一瞬にして瓦礫多数の荒野になった。
『じゃあカウントダウン始めるよ。3.2.1.模擬戦開始!!』
合図と伴に、まずは美也琵が動いた。
地面を蹴り、物凄い速さで直進してくる。
美也琵の能力が分からないため、警戒し警棒を抜き取り、構えた。
透の目の前まできた美也琵は、顔面目掛けて鋭い拳を繰り出す。
「—っ!危ねぇ!」
間一髪で避けた透はそのまま体を捻りながら、警棒で美也琵の横腹に一撃。だが、美也琵の横腹を襲った警棒は掴まれ、そのまま強く引っ張られた。
いきなり警棒を引っ張られたため、バランスを崩し、美也琵の横に前屈みのような体勢になった。
その瞬間を逃す訳もなく、透の腹に重い膝蹴りの一撃がヒットする。
「うぐっ!」
攻撃はそれだけに留まらず、膝蹴りで浮いた透の横腹を蹴り飛ばした。
「がはっ!」
透はそのまま飛ばされ、岩に転がりながらぶつかった。
模擬戦開始から約三十秒。すでに決着が見えてきた。
「弱っ...」
地面に蹲る透を見て一言吐き捨てた。
「くっ...!」
(何とかして能力を発動させないと一方的にボコられるぞ...)
立ち上がり、美也琵の次の動きを予想する。
(よく見ろ!初動さえ分かれば攻撃はだいたい絞れる!)
美也琵が動いた。上段蹴りだ。
確実に顎を狙っての一撃、それをスライディングで躱し、ピストルホルダーのテーザー銃を引き抜き、引き金を引く。
勢いよくワイヤー針が撃ち出され、それを弾こうと振り返り左手を出すが、射出速度の方が格段に速く、左手に針が突き刺さる。
「――っ!くっ!!」
美也琵の痺れた左手がだらしなく下に伸び、腕に突き刺さったワイヤー針を抜いてる間に警棒を拾い上げる。
再び向かい合う形になった。だが状況はだいぶ変わっている。
透は腹部に多数の打撲、美也琵は左手がまるまる使えない。
有利とはいかないでも状況は好転しつつあった。
(左手の麻痺があるうちに勝負決めないと....!)
向かい合い緊迫状態の二人。その時片方が動いた。
仕掛けたのは、透だった。
距離を詰めての大上段に振り下ろす。
だが動作が遅すぎた、靴底で防がれ、回し蹴りの反撃が透を襲う。
しかし透は回し蹴りを喰らわず、そのまま後ろに自分から倒れ込んだ。
その時、透が何かを放った。
手榴弾型煙玉だ。
「なっ!?」
手榴弾が破裂し、白煙が吹き出した。その白煙は辺り一帯を包み込み、さながらホワイトアウトのような純白の世界になった。
素早く立ち上がり、美也琵の背後に回り込み、警棒を振りかぶった。
「―――っ!!」
決まった。揺るぎなく確信した。
「甘過ぎ」
「うぐっ!!」
振り返った美也琵は、煙幕の中でも見えているかのように透の喉を掴み片手で持ち上げた。
透の攻撃はほぼ完璧で、普通なら気付くことは不可能に近かった。
だが相手が悪かった。何故なら、
「私の能力は[可視化する命の火]障害物があろうと相手が生きていれば視認出来るのよ」
障害物が効かないのだ煙幕など以ての外だろう。
「ねぇ、なんでアンタは自分の能力がわかんないの?」
「ぐ....なに..?」
「なんで自分の能力がわかんないのかって聞いてんのよ」
そんな事言われても使った事もない能力を知ってる筈がないだろ、と思いながら睨みつけ、必死に喉を掴んでいる手を外そうと抵抗する。
「.....なんでアンタが能力が使えないか教えてあげようか?」
「っ!?なんでだ...?」
「それはね...アンタがトラウマをトラウマとも思ってないからよ!!」
「!?」
いつの間にか回復した左手も喉に掛かり、両手で首を絞めるように持ち上げられる。
「ぐっ!」
『美也琵ちゃん、ストップ!!そのままじゃ透君が死んじゃう!!』
慌てて荒井が声をかけるが、美也琵には届かない。
「なんで、なんでアンタみたいな命を叫ぶ者が...!!」
「うっ、ぐっ...」
体に酸素が回らないのが分かる。もう腕も上がらない。
(このまま死んじまうのか...?)
『やられたい放題だね』
(誰だ...?)
不意に、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
『このままでいいのかい?』
(いいわけないだろ...)
『じゃあ、どうするんだい?』
(俺じゃ、どうにも出来ない...)
『じゃあ僕がどうにかしてあげるよ。だから僕を呼びなよ』
(そんな事言われてもお前は誰だよ...)
『それはもう知ってる筈だよ。僕の名前はーーー』
「....来い、紫心丸」
「!?」
透が名前を呼ぶと、頭上に黒い炎があがり、中から1人の幼い女の子が現れた。
「ふぅ.......はっ!!」
紫心丸という女の子は、深呼吸をすると、強く鋭い八卦掌を美也琵の腹部のど真ん中に打ち込んだ。
「うぐっ...があぁぁぁぁ!!」
鈍い音と伴に美也琵の体が吹っ飛び、岩壁に勢いよく叩きつけられた。
それから紫心丸は透の方に振り返り、手を差し伸べた。
「まったく何やってのさ。それでも僕の主かい?」
「お前がこの前も助けてくれたのか?」
「まぁね。それよりも、ほら立って」
「あぁ」
紫心丸に手を引かれ立ち上がる。
「さぁ、死闘を謳歌しようか!」
高らかにそう言う紫心丸は、まるでやっと玩具を与えられた子供のような笑顔だった。