H 花より団子が大事【カンナ】
H 花より団子が大事【カンナ】
――お喋りばっかりしてたら、熱々のポトフが冷めちゃうよ、ミナ。
「それでね、お母さん。新しい先生は、大瑠璃が鳴くみたいに、耳に心地良い声をしてるの。それに、眼も碧くて、じっと見てたら吸い込まれそうなほどなのよ」
瞳を綺羅星のように輝かせ、興奮気味にミナが語っているあいだに、カンナは、自分の器の中に入っている玉葱をスプーンで掬い上げ、ミナの器に入れる。
「そうなの。若々しい済んだ声と、透き通った瞳をしてるのね」
エプロンをした女は、ミナに向けて適当に相槌を打ちつつ、ダイニングテーブルの中央に置いているバスケットから焦げ茶色の丸パンを手に取り、一口大に切って口に運ぶ。
「舞台の俳優さんみたいに、手足が羚羊のようにスラーッと細長いの」
そう言うとミナは、グラスを手に取り、半分ほど入っている水を一気に飲み干す。それを見た女は、その場で立ち上がり、水差しを持ってきてミナのグラスに注ぎ足す。
――大瑠璃なのか、羚羊なのか、どっちかにしなさいよ。一緒にしちゃったら、化け物じゃない。
ミナは、女に簡単に礼を述べたあと、それまでと変わらぬ調子で語り続ける。
「ありがとう、お母さん。――それでね。歩いたり座ったりするのも、静かで落ち着いてて、とっても大人っぽいのよ」
「へぇ、そう。所作も優雅なのね。よっぽどお育ちが良いんだわ」
女がスプーンで豆や芋を掬いながら、感心したように言う。
――私は、あの動きは気取り屋に感じて、イライラするんだけどな。
カンナはスプーンを伸ばし、ミナの器に入っている肉団子を掬い上げようとする。しかし、女がカンナの手を軽く叩いて阻止する。
「横取りするんじゃありません」
「バレたかぁ。はい、すいません」
スプーンに載っていた肉団子は、ミナの器に戻り、カンナはバツの悪い顔をしながら手を引っ込める。ミナは、それを一切気にせず、恍惚とした表情を浮かべながら、頬に片手を添え、うっとりと中空を見ながら言う。
「髪も真っ直ぐで、絹糸のように細くて艶のあるんだけど、それを耳の上へかきあげる指が、白くてしなやかなのよ。お人形さんみたいにね」
――私は、あの仕草には、キザったらしい感じがするけどな。
女が見ていない隙を突いて、カンナは懲りずに、ミナの器から南瓜と人参を掬う。女は、それに気が付かないまま、ミナに向かって興味深そうに質問する。
「その手は、右手なの、それとも左手なの」
ミナは何か閃いたようにパーッと表情を明るくすると、女が言外に言わんとするところを察して言う。
「右手のときもあったし、左手のときもあったの。でも、どっちにも指輪はしてなかったわ」
ミナがスプーンを器の中に置き、指をパーに開いた両手を目線の高さでヒラヒラさせながら言うと、女は片手の人差し指をこめかみに当てながら、思案げに言う。
「あっ、そう。それじゃあ、まだ独身なのかしら。見た目に恵まれてて、品行がよくて、頭も良いのに、もったいないわね。ミルクの配達に来るあの子に、言ってあげようかな」
「駄目よ。あのお姉さんには、絶対に渡さないんだから」
ミナは慌てた様子で、ダイニングテーブルに両手をつきながら宣言した。カンナは、二人の様子を呆れ半分で見ていたが、すぐに空の器を持って立ち上がり、火を止めた大鍋に向かって歩き出す。
――また始まった。ミナが大人になる頃には、先生はおじさんになってると思うんだけど。まぁ、そんなことは、どうでも良いわ。今の私には、あったかいポトフが食べられれば、それで満足。肉団子は、あと幾つ残ってるかな。