F 騎士としての矜持【ニッシ】
F 騎士としての矜持【ニッシ】
――これは、先に目をそらしたほうが負けだ。話術に乗って、緊張を弛ませてはならない。
「お前はユスタ民主連邦のスパイで、俺に要求を吞ませるためにサーラとシエルを誘拐した、という訳か」
ニッシは、吐き捨てるように言った。ダイニングテーブルの両短辺に程近く、ニッシとメイド姿の女が、不穏な空気を醸成しながら向かい合っている。ニッシは肉に飢えた狼のように鋭い眼光で女を睨みつけ、対する女は涼しい顔で口元に余裕の笑みを浮かべている。女は、オブラートのような優しく包み込むアルトボイスで言う。
「納得していただけたかしら」
「あぁ、わかりました。そういうことなら、協力しましょう、とでも言うと思ったか」
ニッシが怒気を顕わにして言うと、女は愉快そうに忍び笑いをもらしながら語尾を上げて言う。
「あら。言ってくだらさないの」
――誰が言うか。まったく。国王と王妃が、工事中の公邸へ視察へ行った隙に、こんな大それたことをしてくれやがって。お礼を、たっぷりしないといけないな。
「引き抜きに来たところご苦労だが、俺は人殺しをやらないと決めてるんだ。さっさとサーラたちの居場所を言って、とっとと母国に帰れ」
ニッシは、食べ物に寄ってくる野良犬を追い払うように女に向かって手を振る。女は、ニッシの言動が心外であるかのように、かすかに腹立ちを含んだ声で残念そうに言う。
「嫌ですわ。スカウトだなんて、低く見積もりすぎです。私どもは、条件に合えば見境無く勧誘して回ってるわけではなくて、本人が希望すれば必ず採用するクラスの人材にしか、お声をお掛けしませんもの」
「そうか、そうか。ヘッドハンティングだったか。だがな。俺には、祖国を裏切る気も、人殺しを犯す気も、ましてやサーラを悲しませる気もないんだ」
ニッシが強く言い切ると、女は両手の掌を上に向けて肩を竦めると、気落ちしたように言う。
「あなたは、もっと賢い人間だと思っていたんですけど、読みが外れたみたいですね」
「何とでも言え。さぁ。落胆してないで、サーラをどこへ連れて行ったか教えろ」
「嫌です。お断りしますわ。交渉が決裂したからといって、彼女はドコドコに居ます。はいサヨナラ、とでも申し上げるとお思いでしたの」
――えぇい。もう、我慢ならない。
女が、からかうような調子で言うと、ニッシは癇癪を起こし、女に掴みかかろうとする。しかし、女はキッと目を細めると、素早く近くにあったデザートフォークをニッシに投げつける。フォークは、動きを止めたニッシの頬を掠め、カンカラカラと大きな金属音を立てて部屋の隅に落ちる。
――チッ。思ったより手強いな、この女。
「言い忘れましたけど、私、投げナイフの腕前は、組織で右に出るものが居ないんですのよ」
女は不敵な笑みを浮かべると、パイの切り分けに使ったナイフを手に持ち、ニッシに向けて刃を閃かせるようなポーズをしながら、キッパリと言う。
「汽車を脱線なく走らせるため、レールの上に石があれば、我々は取り除かねばなりませんの。今度は外しませんから、下手な真似をしないことですね」
ニッシは、苦虫を噛み潰したような顔をしながら下顎を引き、ギリッと歯を鳴らす。
――どうする。考えろ。何か策があるはずだ。この状況を打開するための。どうしたら良いんだ。考えるんだ、俺。