C お嬢さまの憧れ【メイ】
C お嬢さまの憧れ【メイ】
――メイたちは今、ビュエ諸島というところに向かっています。そこは一年中あったかくて、優しい人が多いそうです。フィアが、そう言ってました。
「気候は温暖だし、国民性も温厚だと言うから、しばらく、そのまま滞在することにしない、グレイ」
フィアが小声でグレイに提案すると、グレイも小声でフィアに同意する。
「賛成だな。それにチビ共には、そろそろ学校に通わせなきゃ行けないこともある」
「あぁ、そうね。それもある」
フィアが納得すると、グレイは懐から紙箱を出し、中に入っている細い筒状のものを一本咥えながら言う。
「まったく。面倒なことを押し付けられたものだ」
――私には、ずっと乳母や家庭教師がついていたし、セプトはママを助けるために、パパに代わってお仕事をしてたって言うから、学校が何で、どんなことをする場所なのか、実は、よくわかってないの。グレイは、歳の近い子供たちがたくさんいるから、きっと楽しいよって言ってました。だから、胸をワクワクさせてます。
「ちょっと、グレイ。禁煙するんじゃなかったの。しかも、子供が寝てる横で」
フィアが顔を顰めて苦言を呈すると、グレイは紙箱を懐にしまい、筒状のものを指で摘んで口から離すと、表面の一枚を剥がし、中身を見せながら言う。
「残念でした。よく出来てるだろう、この砂糖菓子」
――二人は、メイが寝てると思っているようです。でも、それは違います。目は閉じてますけど、しっかり起きてます。大人のお話が気になって、耳を澄ませているのです。ですが、砂糖菓子と聞いて、フリを続けていられません。
メイは、パッチリ目を開けると、ベッドから上体を起こし、フィアとグレイを交互に見やったあと、グレイの指先に注目し、人差し指で差し示しながら言う。
「それはなぁに、グレイ」
「おっ。甘い匂いに誘われて、起き出してしまったか。女の子だな」
「本当。起こしてしまったみたいね」
グレイとフィアは、起き出したメイを見ながら、普段の声量で言った。メイは、ベッドから足を下ろしてスリッパを履くと、パタパタとグレイに歩み寄り、手に持っている物体エックスを見極めようとする。
「煙草かと思ったけど、あの苦くてイガイガするような、嫌なニオイがしないわね」
鼻を近付けてスンスンとニオイを嗅いでみせるメイに、グレイはハハッと小さく笑いをこぼしてから言う。
「本物の煙草じゃないからな。しかし、メイ。知的好奇心が旺盛なのは結構だけど、夜更かしは感心しないな」
グレイがフィアのほうに顔を向けてアイコンタクトを送ると、フィアはメイの背中を押してベッドに向かわせながら言う。
「見慣れないものが気になるのは、わかるけど、良い子は寝る時間よ、メイ」
――そういえばパパにも、同じようなことを言われてました。メイは良い子だから、大人しくフィアの言うことを聞くことにします。本当は砂糖菓子を食べたいところですが、フィアに逆らっても良いことが無いのは、セプトやグレイを見て、よくわかってますから。
メイは、スリッパを脱いで布団に潜り込むと、グレイとフィアに向かって言う。
「おやすみなさい」
「おやすみなさい」「おやすみ、メイ」
フィアとグレイが、ほぼ同時に小声でメイに向かって言うと、メイは静かに目を瞑った。
――あぁ。早く、大人になりたいなぁ。