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デュークと女子大生Ⅲ  作者: 若松ユウ
Ⅱ 後編
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Z 最終解答をどうぞ【キサラギ】

Z 最終解答(ファイナルアンサー)をどうぞ【キサラギ】


――あの小旅行から数ヶ月。あのあと、サーラやシエルの提案と、二人の両親のゴリ押しもあって、俺はエンリ家御用達の画家、兼、二人のお絵描き講師、ヤヨイは、無事に修繕された公邸の侍女(メイド)になった。家事を任せるのは、信頼できる人間が良いそうだ。首を突っ込むと藪蛇になりそうだから詳しく訊かないけど、俺たちが留守のあいだに、別荘で何かあったらしい。

 キサラギは、燭台の灯りを頼りに、夜の公邸の廊下を歩いている。赤絨毯(レッドカーペット)が敷かれた床は、どれだけ乱暴に歩いても、ほとんど足音がしない。辺りは、水を打ったような静けさが支配している。

――別に、客として好意に甘えていても悪くなかったんだけど、ヤヨイは、海の向こうで知り合いが頑張ってるというのを手紙で知らされて、俺は、ニッシや隣の姉妹に唆されて、自分も何かしなければならないと思うようになったんだ。まぁ、それぞれ、良き理解者であり、人生の好敵手(ライバル)ってところだな。負けたくないし、譲れない。

 キサラギは、曲がり角の前で一旦足を止め、向こうから誰も来ないのを確認すると、そのまま右に曲がって歩いていく。

――でも。まさか自分が、異世界で、それも絵の道で生きていくことになるとは思わなかった。旅先で見た光景やラサルの似顔絵なんかを、気まぐれ半分でシエルに描いてみせてたら、国王直々に公邸に飾る肖像画を描いて欲しいと頼まれるんだもの。話のスケールが大きすぎて、実は夢を見てるんじゃないかと疑ってる。あまりに、話がうまく出来すぎてるからな。でも、もし、これが熱中症で倒れた頭で見てる夢だとしたら、いつまでも覚めたくない。あっ。

 フッと、燭台の灯が消える。キサラギは、その場で歩みを止め、そのまま立ち尽くす。

――参ったな。マッチは部屋の中に置いてきたし、下手に動くと危ないし。……ちょっと待てよ。何で、こんな風も無いところで火が消えたんだ。

『悪いね。ちょっとばかり、君と話がしたいものだから』

――誰だ。隠れてないで出て来い。

『クックック。神託(オラクル)とでも呼んでくれ。櫻井ヤヨイと同じ反応だな、楠キサラギよ』

――何で俺のことを知ってるんだ。姿を現せ。

『いくら声のするほうを見渡したって、何の足しにもならないよ。なぜなら、姿を持たない存在だからね』

――チッ。お前は、幽霊か、それとも、怪人か。

幽霊(ゴースト)でも怪人(ファントム)でもない。ウオッホン。閑話休題。聞くまでもないことで、選ぶ答えは決まりきってそうだが、一応、形式的に質問をしなければならないから、言わせてもらうよ』

――回りくどいな。前置きは良いから、さっさと済ませてくれ。

『では、単刀直入に。――君は今、二つの世界の狭間に立っている。この世界に留まるか、それとも元の世界に戻るかは、トレードオフの関係にある。すなわち、ここで一度決めてしまえば、選び直しが利かないということだ。その上で、問う。君は、これから先、どうしたいかね』

――留まるの一択じゃないか。判断に迷う対抗要素が無い。

『やはりね。邪魔して悪かった。それでは、失礼するよ』

 サッと、何事も無かったかのように燭台に灯が点り、キサラギは、小首を傾げながらも、再び歩き出すと、ドアの前で立ち止まる。そして、ズボンのポケットから一つの小さな鍵を取り出し、ノブの上にある穴に差し込んで回すと、鍵は抜き取ってポケットに仕舞う。

――馬子にも衣装というべきか。クラシックなデザインの給仕(メイド)服を着るようになってから、急にしおらしく振舞うようになったんだよな、ヤヨイ。これでずっと一緒に居られることになったみたいだし、告白は、もう先延ばしにしなくて良いだろう。

 キサラギは、僅かにギィーと軋む音を立てながらドアを身体一つ分だけ通るくらいに開けると、素早く部屋の中に入り、ガチャンと音を立てながらドアを閉める。そして、燭台を小机の上に置くと、窓辺に立ててあるイーゼルに近付き、そこに乗せてあるキャンバスを覆う布をスルスルと剥ぎ取る。

「今夜中に仕上げて、明日、渡そう」

 そのキャンバスの上には、自然な微笑を浮かべるヤヨイの似顔絵が描かれている。


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