Y 白馬に乗った騎士さま【シエル】
Y 白馬に乗った騎士さま【シエル】
――暗い、狭い、恐ろしい。
「追っ手は撒いた、というより、自滅した」
シエルの背後から、サーラが淡々とした口調で事務的に報告する。
「それって、どういうこと」
シエルが歩きながら疑問を挟むと、サーラはハーッと溜め息をついてから言う。
「途中のパイプに詰まったんだ。シエルや私と違って、あの見張りは身体が大きいからな。まぁ、どうやっても潜り抜けられないと気付けば、そのうち諦めて引き返すだろう」
――なるほど。それなら、またしばらく安心だ。
「悪いことは出来ないね、サーラ」
シエルが、緊張感の無いのほほんとした口調で言うと、サーラはクスッと笑い声をもらしながら言う。
「そうだな、因果応報だ。――んっ。シエル、ちょっと止まれ」
サーラは立ち止まり、片耳を床につける。シエルも足を止め、不安そうに訊く。
「どうしたの、サーラ」
「シッ。静かに」
狭い換気口の中で、二人はじっと身じろぎ一つせず、サーラは、ただただ床に片耳を付けて物音を探っている。すると、どこからかぶくぶくという水音が換気口内いっぱいに響き渡り、それは次第に轟々という流水音に変わっていく。
――えっ、何。何なの、この音は。
「やられた。そう来たか。――走れ、シエル」
サーラは、口惜しそうに小声で言ったあと、シエルに向かって大声で叫ぶ。
「フエッ」
――わっ。何だよ、これ。急に足の下が、お水でいっぱいになった。
咄嗟の出来事にシエルが慌てていると、サーラは至って冷静に呟き、シエルに向かって再度声を張り上げる。
「間に合わないか。――私に掴まれ、シエル。どこでも良いから、身体をしっかり握るんだ」
「あっ、わかった」
サーラは、シエルに向かってフットボールやレスリングの選手さながらのタックルを仕掛け、その小さな身体を抱きとめようとし、シエルは、向かってきたサーラの身体に必死にしがみつく。そして二人は、みるみる水嵩が増える濁流に押し流されていった。
*
「プアッ」
シエルは大口を開けてダパッと水を吐き、目蓋を開く。すると、至近距離にサーラが居ることに気が付く。サーラは、シエルの顔の前から頭を離すと、額や前髪の水を手の甲で拭いつつ、安堵の表情を浮かべながら言う。
「よかった、生きてる」
――ここは、どこなんだろう。
シエルは、両手をついてゆっくりと上体を起こし、河川敷の草原に寝かされていることに気付くと、不安げに語尾を上げながら、サーラに確認する。
「僕たち、逃げ切れたんだよね」
サーラは、安心させるようにニッコリと微笑んで言う。
「あぁ、逃げ切ったとも。脱出、成功だ」
「やったね」
シエルが屈託の無い笑顔をサーラに向けて喜ぶと、サーラはシエルの濡れた髪を片手でクシャクシャと撫で回す。そのとき、二人に向かって、蹄の音が近付いてくる。
「何の音かな」
シエルは疑問符を浮かべながら、立ち上がって周囲を見渡し、音の正体を探ろうとする。
「これは、きっと。いや、でも。だとしたら誰が」
サーラも立ち上がるり、すぐに腕を組んで考え始める。次第に蹄の音は大きくなり、やがて、夕陽を背中にして、ヨハナとニッシが駆けてくるのが確認できるようになる。
「わぁ、凄い。ニッシがヨハナに乗って、こっちに来るよ」
シエルがサーラの濡れた服の裾を引っ張りながら興奮した様子で言うと、サーラは、信じられないものを見たといった様子で、ジッとニッシとヨハナを見据える。
「馬鹿な。ニッシが、あの気難し屋のヨハナを乗りこなすなんて」
サーラが愕然としている横で、シエルは一人と一頭に向かって、大きく両手をブンブンと振って合図する。
――サーラが乗ってるところも格好良いけど、ニッシが乗ってるのは、もっと格好良いな。僕も早く大きくなって、お馬さんに乗れるようにならなくっちゃ。




