X 次は何時になるやら【シワス】
X 次は何時になるやら【シワス】
「一緒にエンリ公国に来れば良いのに。サーラやニッシの知恵を借りれば、何とかなるかもしれない」
キサラギが区分座席の一角に腰掛けながらグチグチとつまらなさそうに文句を言うと、それをヤヨイは短く非難し、窓の向こう側に立つラサルとシワスのほうを向いて、努めて明るく振舞う。
「まだ言ってる。――お二人とは、ここでお別れですね」
「あぁ。でも、またどこかで会うさ」
シワスが朗らかに言うと、ラサルは、いささか芝居掛かった調子に気取って言う。
「そうだとも。一人の人間が生涯に移動できる範囲と言うものは、一見すると広いように思えるが、なかなかどうして、存外に狭いものだからね。戦禍や天災による悲劇的な大変動でも起きない限り、再び生きて会い見えることだろう。亜麻色の髪ぃ」
一人芝居がミュージカルの様相を呈し始めたところで、シワスはラサルの山高帽を片手で掴み、そのまま顔面を覆うようにズリ下げて強制終了させる。そのとき、ビリビリと鼓膜を劈くような汽笛が鳴る。
「またな、ヤヨイ、キサラギ」
シワスが手に帽子を持ったままヤヨイたちに向かって腕を左右に振ると、ラサルは、顔の横くらいの高さまで片手を挙げ、ハタハタと前後に小さく上品に振って見送る。
「またね、シワス叔父さん、ラサル。――ほら、キサラギも」
ヤヨイはホームに立つ二人に向かい、窓から大きく身を乗り出して手を振ると、一旦区分座席に戻り、キサラギの腕を引いて立たせると、グイグイと半ば強引に背中を押して窓際に立たせる。
「さよなら。また会おうな」
キサラギは、手短に別れの挨拶を済ませると、さっさと自席に戻る。そうしているあいだに、徐々に汽車は、モクモクと黒煙をはき、ゴトゴトと重厚音を立てながら、速度を上げてホームを離れ、やがてその後ろ姿は小さく小さくなり、ホームからは見えなくなる。それくらいになると、ラサルとシワスは、揃って手を下ろす。
「さて。期待に胸膨らませる若人の門出を祝福したところで、我々も馬車に乗ろうか。きっと、そろそろ出口の辺りで待っていることだろう」
そう言って、ラサルは足下に踏み台代わりに置いていたトランクから跳び退き、その取っ手を持って何の迷いもなく歩き始める。
――待て待て。そっちは正反対の方向だ。
シワスは、前向きに抱えていたバックパックを急いで後ろ側に背負いなおすと、ツカツカと歩くラサルを呼び止める。
「ラサル。出口は、こっちだ」
ラサルは振り返り、シワスが、たった今自分が歩き出した方角とは真逆を指し示しているのに気付くと、トランクを持っていない手を額に添えながら仰け反り、大仰に驚いて見せながら言う。
「いやぁ、失敬。呼び止めてくれて、助かるよ。温室育ちのせいか、どうも僕は、筋金入りの方向音痴でね。そのうち、迷子札を首から提げないといけないかもしれないな。ハハッ」
――今まで、どうやって乗り切ってきたんだか。見知らぬ場所での待ち合わせだけは、しないようにしよう。
「その姿だと、誰かに道を尋ねやすいでしょうね」
シワスが、ラサルの風貌を見ながら多少の皮肉を込めて言うと、ラサルは、それに対してまともに答える。
「まったく、その通りでね。親切な紳士や淑女から、坊や扱いしてもらえるんだ。もっとも、飴や果物を渡されるのは閉口するところだが。あっ、そうだ。君に、これをあげよう」
そう言いながら、ラサルは二重回しの胸ポケットから封の切られていない紙箱を取り出し、シワスに差し出す。シワスは、それを訝しげな目で見ながら受け取り、矯めつ眇めつ眺めてから言う。
「喫煙者なのか、ラサル」
「ウム。その質問の答えは是だが、それは煙草ではないんだ。まっ、種明かしは馬車の中でしよう。フフッ。なかなかのアイデア商品なのだよ」
ラサルは、疑問を浮かべているシワスをよぞに、今度こそ出口に向かって正しく歩き出す。シワスは、それをズボンのポケットに捻じ込むと、急いであとを追い駆ける。
――すっかり、ラサルのペースに乗せられてしまってる。先が思いやられるな。




