W オリーブの首飾りを【ラサル】
※ほんの少しだけ、人によってはグロテスクに感じられる描写があります。苦手なかたは、読み飛ばして次話へお進みくださいませ。
W オリーブの首飾りを【ラサル】
――やれやれ。水路や鉄路が張り巡らされるようになったことで、ずいぶん世界が狭くなったものだ。
ラサルとシワスは、テーブルを挟んで向かい合うようにして座り、紅茶を嗜んでいる。ラサルはミルクピッチャーを持ち、ティーカップにラテを静かに注ぐと、それをテーブルの端に置き、ティースプーンで紅茶とラテ軽く攪拌しながら、話を切り出す。
「さて。姪と、その彼氏との思わぬ再会も済んだことだ。二人が買い物へ出ているあいだに、手早く話を済ませようではないか」
シワスは、水面にレモンスライスの浮かぶ紅茶を一口啜ったあと、いつもとは違う硬い表情でラサルを見据え、おもむろに話を始め、丁寧に問い掛ける。
「不死身の男がいるという噂を聞いて、ずっと捜していました。それで、ラサルに辿り着いた訳ですが、噂は本当ですか」
一挙一動を見逃すまいとシワスが目を光らせている中で、ラサルはティースプーンをカップから引き上げながら言う。
「その噂は、事実だよ。僕が、紛うこと無き、不死身伝説の張本人さ。まぁ。会って間もないのに、全幅の信頼を置けというのは酷な話だろうから。ちょいと、証明して見せよう」
そう言うと、ラサルはティースプーンの先を上に向けて持ち、その上に反対の掌を乗せると、そのまま掌を下に向かって押し付ける。
「何っ」
突然の暴挙に、シワスは目を丸くし、椅子を引っくり返さんばかりに慌てふためく。ラサルは、その様子をクツクツと笑いながら愉快がると、手首を九十度返し、ティースプーンの柄を前後に動かしながら、それが確かに掌を貫通していることを証明して見せる。そして、先のほうを持って引き抜き、掌の上にティースプーンを載せ、その手をシワスに差し出しながら言う。
「触って、確かめてごらん」
シワスは立ち上がると、おそるおそるラサルの手からティースプーンを取り上げ、窓から差し込む日に透かしたり、テーブルの端で叩いてみたりして、種も仕掛けも無いスプーンであることを確かめる。そして、一旦それをミルクピッチャーの横に置くと、まるで手相でも占うかのように、両手でラサルの掌を掴み、傷跡が残っていないかとつぶさに観察したあと、平と甲を順に撫で摩る。
「手品の類では無さそうですね」
どこか腑に落ちない顔をしてシワスが言うと、ラサルはニヤリと口角を上げて言う。
「これだけで納得できないのなら、八つ裂きにするなり、火炙りにするなり、生き埋めにするなり、気が済むまで痛めつけてもらって構わない。もっとも、どうしようとも蘇るけどね。フフッ」
「いえ。そんな残虐非道な真似はしませんよ。ひとまず、噂通りの人物だと信じます」
そう言うと、シワスはラサルの手を離し、席に着く。ラサルは、少し残念そうにしながら話を続け、疑問を投げかける。
「首の一つでも絞めてもらえると思って期待したんだがね。まぁ、良い。これで僕が何をしても死ねないことは明らかになった訳だが、それで君は、僕に何を望むのかね」
「無限に記憶が積み重なるのが、耐えられなくなるときがあるんです。頭がどうかしてしまいそうで、恐いんです。どうしたら良いんでしょう」
藁をも縋らんとばかりに、シワスが切実な悩みを打ち明けると、ラサルは顎に指を乗せ、シワスに真剣な眼差しを向けながら、辛辣な調子で言う。
「僕は、神でも無ければ、教祖でも無い。ただの占者、一介の呪者に過ぎない。だから、話半分で聞いてもらいたいのだがね。シワス。君は、本当に老いたいのかね。怪我も病気もせず、頭がボケることもなければ、背が曲がり、寝たきりになることもない。いつまでも感覚も臓腑も壮健なままでいられるというのに、何が不満なんだい」
そこまで言ったところで、ラサルは、シワスの顔色が蒼白になり、俯いて小刻みに身体を震わせているのに気付く。そこでラサルは、席を立ってシワスの背後に回り、片手をシワスの肩に置きながら、耳元で優しく囁く。
「いいかい。君は今、君が背負う破目になった宿命から逃げようとしている。だが、それでは、いつまでも宿命に追い掛け回され続けるだけだ」
そう言うと、ラサルはシワスから少し距離を置き、肩に乗せていた手を差し出して言う。
「僕と一緒に来なさい。さすれば、己の宿命に立ち向かう術を授けよう」
シワスは、ハッと顔を上げると、ラサルの手を両手でガッチリと掴み、拝むようにして言う。
「お願いします。迷える仔羊をお導きください」
ラサルは、満足そうに大きく一度頷く。
――君の場合は、羊と言うより、山羊のほうが合ってそうだけどね。多少、性格や言動に迂闊な部分がありそうだが、他人のことを言えた口ではないか。まぁ、寿命を気にせず旅を続けられる相棒が出来たのだから、御の字としよう。




