U 坊主憎ければ何とやら【カンナ】
U 坊主憎ければ何とやら【カンナ】
――昨日、食べなかった分が、今日、倍になって返って来たみたい。
「あぁ、もう。思い出すだけで腹が立つ」
そう苛立たしげに言うと、ミナは、ダイニングテーブルの中央に置いているバスケットから焦げ茶色の丸パンをむんずと鷲掴みし、そのまま口の中に押し込むように食いつく。
「どうしたのよ、ミナ。そんなに乱暴に食べるのは、お行儀が悪いし、身体にも毒よ。――カンナ。何でミナが怒ってるか、知らない」
女はミナのグラスに水差しの水を注ぎつつ、カンナに向かって問い掛ける。
――たぶん、あのことを怒ってるんだろうな。
「帰る前に、職員室に行ったの。そしたらね。新しい先生が、奥さんと仲良さそうにしてたの。――あっ、ミナ。それ、私のお芋」
スプーンを止めてカンナが女に話していると、ミナがカンナの器のスプーンを伸ばし、ひと掬い失敬していった。女は、空になったミナの器を取り上げ、鍋に残っているシチューをよそいながら言う。
「なるほどね。思いを告げる前にふられたて、自棄を起こしてるのか。――熱いから、ゆっくり食べなさい」
女がミナの前に器を置くと、ミナは噛み付くように言う。
「そんなんじゃない。悪いのは、先生だもの。既婚者の癖に指輪をしないなんて、ずるい。卑怯よ」
――耳の上をかきあげる、白くて細長いしなやかな指が素敵だとか言ってたくせに。
カンナは、心の中でツッコミを入れながら、芋の無くなったシチューを黙々と食べ進める。そんなこととは、つゆ知らず。ミナは、グラスの水をゴクゴクと飲むと、なおも憤懣を吐き出す。
「キンキンした耳障りな声だし、叩いたら折れそうなくらい女々しくて頼りない身体だし、詐欺師のような強かな目付きをしてるし、貴族特有の、鼻持ちならないもったい付けた偉そうな振る舞いをするし。あぁ、もう。鬱陶しいあの長髪を、刈り上げてしまいたい」
女は椅子に腰を下ろすと、バスケットから丸パンを取り、一口大に千切りながら言う。
「小鳥の囀りのように耳心地の良い声、舞台俳優のようにスラリと細長い手足、大人っぽい落ち着いた優雅な所作、吸い込まれそうなほど透き通った碧い眼、絹糸のように細くて艶のある亜麻色のストレートヘアーは、どこへ行ったのよ」
「全部、幻よ。騙されてたのっ」
テーブルに叩きつけるように、カンとグラスを置くと、ミナはスプーンを持ち、憎々しそうに肉団子を頬張る。
――私の分のおかわりは、残ってるかな。
カンナは、器を持って立ち上がり、玉杓子を持って鍋を覗き込む。鍋の中は、底近くに人参と玉葱が僅かに残るばかり。
――うわっ。まだ私、一回もおかわりしてなかったのに。くぅ。これも先生のせいだ。




