T 夕日に並ぶ二つの影【セプト】
T 夕日に並ぶ二つの影【セプト】
「また明日な、セプト」
「バイバイ、メイちゃん」
丁字路を右に曲がりながら、ブンブンと手を振っている二人の児童。セプトとメイは、左に曲がりながら、同じように大きく腕を左右に動かしながら、どんどん姿が小さくなる二人に向かって叫ぶように言う。
「またね」
「バイバーイ」
しばらく、二人ずつ向き合いながら小走りで駆けていたが、やがてどちらも進行方向に向き直って歩き出す。それから、メイはフンフンと鼻歌を交えながら大股でずんずんと一歩先を歩き、セプトは、それを少し早足で追い駆け、セプトがメイを追い抜かして振り返り、勝ち誇ったかのような得意気な顔をすると、メイは鼻歌をやめて追い越す。そのまま、二人は次第に足を速めて競争していたが、十字路に差し掛かったところで一旦停止すると、荷馬車や驢馬引きが通るのをやり過ごし、二人並んで歩き出す。
「昨日はつまらなそうにしてたけど、今日は楽しかったんじゃない、セプト」
メイは、セプトの顔を見ながら、明るく言った。セプトは、照れくさそうにはにかみながら言う。
「まぁね。こんなことなら、変な意地を張らずに、さっさと声を掛ければ良かったよ」
――認めるのは癪だけど、昨日の晩にグレイが言ってた通りだったからな。
「そうよ。妙な気遣いをして、しなくて良い我慢をすることないわ」
そう言うとメイは、セプトに向けて片手を差し出した。セプトは、周囲を軽く見渡しつつ、躊躇いがちにその手を握る。
――メイの手って、細くて柔らかくて、ギュッと握ったら折れそうなんだよね。……って、何を変態じみたことを考えてるんだ、僕は。
セプトは、メイの視線を振り切るようにソッポを向くと、キリッと表情を引き締め、緩んで伸ばしかけた鼻の下を戻してから、もう一度メイのほうを向いて言う。
「メイ。僕としては、こうして手を繋ぐのは恥ずかしいんだけど」
少し頬を赤らめながらセプトが言うと、メイは少しムッと不機嫌そうな表情をしながら言う。
「これでも、メイだって我慢してるのよ。本当は、学校でもお家でも、気が向いたときに好きなだけ手を繋ぎたいのに」
――そんなことされたら、とてもじゃないけど、僕の気が持たないし、第一、他の子やグレイに冷やかされるに決まってる。
「だって、こういうことは、僕は慣れてな、いっ」
セプトが自己弁護を託っている途中で、メイは歩くのをやめ、空いているほうの手の人差し指でセプトの唇を押さえつけ、悪戯っぽく微笑みながら言う。
「はい、言い訳しない。良い。よく聞いてね、セプト」
セプトは、つられて足を止めると、メイに小さく頷きを返す。
――何を言う気かしらないけど、早く指を離して欲しい。じゃないと、話せない。
セプトの気持ちを考慮することなく、そのままメイはマイペースに話を続ける。
「セプトは、失敗を恐がりすぎよ。何でも完璧にこなそうとして、ちょっとでも出来そうに無いことはしようとしないでしょう。それじゃあ、面白くないし、もったいないわ。駄目だったら駄目だったで、出来ませんでしたって言っちゃえば良いのよ。そしたら、必ず、誰か出来る子が助けてくれるわ。メイだって、助けられるなら助けてあげる。だけど、初めからセプトがやらなかったら、メイもみんなも、セプトが出来るのか出来ないのかわからかないから、お手伝いしたほうが良いか悪いかわかんないでしょう。ねっ。だから、一歩踏み出しましょうよ。メイの言いたいこと、わかるでしょう」
気遣わしげで、どこか心配そうな目をしながらメイが言うと、セプトは再び小さく頷いてから、口の上に置かれた指をそっと外して、短く言う。
「わかったよ。努力する。――オッと」
メイは満面の笑みを浮かべ、グイッとセプトの手を引っ張り、スキップをし始める。セプトは、つんのめりそうにながらも、ぎこちなく急ぎ足で歩く。
――そうだよね。もう僕は、一人で悩まなくて良いんだ。




