S 今日だけは馬が合う【ニッシ】
S 今日だけは馬が合う【ニッシ】
――チャンスは、一度だ。
「オリャーッ」
ニッシは両手を握り、力任せにダイニングテーブルを叩くと、素早く両手でテーブルクロスを引き抜き、それを女に向かって覆い被せるように投げる。女は、フライングディスクの要領で数枚の皿を投げ、宙に舞うテーブルクロスを床に落とす。
「ハッ」
「どこを見ている」
女がテーブルクロスを払い除けた頃には、ニッシは女の背後に回っていた。ニッシは、女が自分の気配に勘付く直前に腕をねじ上げ、ナイフを手放させる。床に乾いた金属音を立ててナイフが落ちると、ニッシはそれをブーツの先で蹴飛ばして部屋の隅に追いやる。女は、苦悶の表情を浮かべながら、忌々しげに言う。
「クッ。こんな猫騙しに遭うとは」
「残念だったな。無駄な怪我はさせたくないが、あいにく俺は気が短い男なんだ。さっさとサーラたちの居場所を吐いてもらおうか」
ニッシが冷酷に言うと、女はギリッと歯軋りをしたあと、吐き捨てるように告げた。
*
――ご丁寧に、街外れの屋敷まで連れ去ってくれたものだよ。まったく。
ニッシが悪態を吐きながら駆けていると、厩舎のほうから木材を抉るような物音と、苦しそうな馬の嘶きが聞こえてくる。
――この声は、ひょっとして。
ニッシは急いで厩舎に向かい、木の柵から閂を外して中に入る。すると、ヨハナが引き千切れた綱を引き摺りながら、ニッシに向かってくる。ニッシは体当たりしてくるヨハナを間一髪で避けながら言う。
「うおっ、危ないな。また噛み付く気か、ヨハナ」
ヨハナは立ち止まり、顔をニッシに向け、耳を立てながら前足で地面を掻いてみせる。
――いつもと様子が違うな。眼は吊り上がってないし、耳を後ろに伏せてもいない。警戒は、していないみたいだな。
「どこかへ行きたいのか、ヨハナ」
ニッシが優しく問い掛けると、ヨハナは、短く嘶きを返しながら、首を上下に振って頷く。
「サーラに会いたいのか」
ニッシが再び問い掛けると、ヨハナは尻尾を高く振り上げ、ブルッと柔らかで低い調子で嘶き、再び前足で地面を掻いてみせる。
「わかった。ここは、ヨハナを信じよう」
そう言いながら、ニッシはヨハナが切った綱を持って背中に跨り、踵でヨハナの横腹を軽く蹴りながら言う。
「進め、ヨハナ」
ヨハナは、ヒヒーンと大きく高い調子で嘶き、駆け出していく。
――いつも世話をしてくれる人間が、いつまで経っても現れないから、何かあったと悟った、というところなのだろう。本当にヨハナは、サーラのことが気に入ってるんだな。




