R 新たな出会いと茜空【フィア】
R 新たな出会いと茜空【フィア】
――早く仕事に慣れようと張り切りすぎたせいか、もうクタクタ。明日からは、もう少しペース配分を考えよう。
「はい、今日の分の給料だよ」
「ありがとうございます」
丈の長いチュニックの上にピナフォア・エプロンを付けた恰幅の良い女が、フィアに数枚の紙幣と銀貨を渡す。フィアは、それを両手で押しいただくと、エプロンのポケットに仕舞う。そのあと、帰り支度をしようとしたフィアに向かって、女は何かを思い出したように言う。
「あっ、そうそう。たしか、フィアと言ったね」
フィアは、足を止めて言う。
「はい、フィアです」
――よかった。ちゃんと名前を覚えられてる。
気持ちの良いフィアの返事に気をよくしたのか、女は満足気に頷きながら言う。
「その歳で、初日から基準量を達成するとは思わなかったよ。しかも、縫製も丁寧だ」
「お褒めにあずかり、恐縮です」
フィアが恭しく言うと、女は更に続ける。
「こんなことを言うのは、変な話だけどさ。大した給料にならないことなんだから、もっと雑な仕事で構わないよ。明日からは、手を抜いて良いからね」
――しかも、きちんと仕事ぶりを把握してる。
フィアが感心していると、女はエプロンを両手で軽くパンパンと払いながら立ち上がり、フィアの背中を平手でドンと押しながら言う。
「きっと、高貴な血が流れてるんだろうね。何があったかは聞かないけど、困ったことがあったら、遠慮なく女工長である私に言いなさい。力になるから」
「はい。よろしくお願いします。おつかれさまです」
「はい、ご苦労さま。気をつけて帰りな」
フィアは女に一礼し、その場をあとにする。
*
――なかなか、悪くない職場だわ。肉体労働だから、当然、疲れは溜まるけど、この疲れは、存外、気分の悪いものじゃない。
中央を賑やかに人々が行き交い、両端に商店が軒を連ねる活気ある大通りを歩きながら、フィアは考え事をしている。
――セプトは、うまく学校に馴染めたかな。メイには、お風呂に入っているときに、それとなく言っておいたけど。まぁ、帰ったら分かることね。今頃、お腹を空かせて待ってるでしょう。今晩、何にしようかな。
フィアは、店頭に並ぶチーズや青果物を見歩きながら、頭の中で献立を考える。
――グレイは、瓜系が苦手。メイは、苦味の強いものが嫌いで、セプトは、酸っぱいものが駄目。メイとセプトは子供だから大目に見るとしても、グレイの好き嫌いは、速やかに直さないとね。
フィアは、南瓜をピラミッド状に積んでいる商店の前で立ち止まり、店主に声を掛けようとして、思い留まり、再び歩き出す。
――グレイも、新しい職場で苦労しているだろうから、今日だけは勘弁してあげよう。




