Q 恋と呼ぶには幼い何か【ミナ】
Q 恋と呼ぶには幼い何か【ミナ】
――珍しいこともあるものだ。
「うぅん」
「どうしたの、カンナ。二桁の足し算」
プリントを前に、ペンの尻でこめかみを搔きながら悩んでいるカンナに、ミナは語尾を上げながら声を掛けた。すると、カンナは机の上にペンを置き、頬を膨らませながら言う。
「違うわ、国語よ」
ミナは、空欄になっている問題を見ながら言う。
「そこの答えは、騎士よ」
「馬鹿にしないで。綴りが思い出せないの」
カンナが拳でポコポコと机を叩きながら言うと、ミナは床に向かって転がっていくペンを手に取り、インク壺に浸してプリントに書こうとし、ハタと手を止めて言う。
――ひょっとすると、これはチャンスなのではないでしょうか。きっとチャンスに違いありません。
「ねぇ、カンナ」
「なぁに、ミナ。書くなら、早く書いてよ」
カンナは、ミナに向かって偉そうに言う。
――教わってるんだから、せめて下手に出なさい。
ミナは、口の端をヒクつかせ、無理に笑顔を取り繕いながら、猫撫で声で提案する。
「ここは、先生に訊いてみたほうが良いんじゃないかな」
「えぇーっ。面倒くさい」
カンナは、唇を尖らせながら文句を付けたが、ミナはペンを置き、サッとプリントを取り上げて言う。
「いいから、聞きに行くわよ」
「あっ。待ってよ、ミナ」
ミナがパタパタと廊下へ向かうと、慌ててカンナも追い駆ける。
*
――職員室に行くと、先生はいました。でも、先生は一人ではありませんでした。
「先生。カンナが、ここの綴りがわからないって言ってます」
ミナは、プリントの該当箇所を指差しながら見せながら言う。すると、若い男は片手を上げて隣に立つ若い女との話を切り上げ、身体を九十度回転させてミナたちのほうを向き、優しく問い掛ける。若い女は、幼い二人を微笑ましそうに見ながら立ち去る。
「続きは、またあとで。――どこが分からないのかな」
カンナが、プリントの同じ箇所を示しながら質問する。
「ここ。騎士って、どう書くの」
若い男は、二人の手からプリントを引き抜くと、インク壺に刺したままのペンを取り上げ、スラスラと書いてみせる。
「こういう綴りだよ。間違えやすいから、気を付けようね」
――ウーン。どっちの手にも、指輪は嵌ってないなぁ。
若い男はプリントを束の上に置くと、二人に向かって再度、問い掛ける。
「他に、何か先生に聞きたいことはあるかな」
そう言われると、カンナはミナのほうを向く。
――えぇい。お勉強と関係ないけど、ハッキリ聞いてしまいましょう。
ミナは、どこか緊張気味に言う。
「あのっ。さっきの綺麗な人は、誰ですか」
若い男は、一瞬、虚を突かれたように沈黙したが、すぐに微笑みながら言う。
「んっ。あぁ。彼女は、先生の奥さんだよ」
「あっ、先生って、結婚してるんだね。でも、指輪してないね」
「エヘヘ。まだまだ、徒弟の身だからね。研究に使う本とか、実験に必要な材料を揃えなくちゃいけなくて、なかなか買えないままなんだ」
「先生。それじゃあ、奥さんが可哀想よ」
カンナが朗らかに会話する横で、ミナは顔を伏せ、わなわなと震え、居ても立ってもいられないとばかりに駆け出し、職員室を飛び出す。
――聞きたくなかった。聞くんじゃなかった。




