O 青紫色に輝く瞳【サーラ】
O 青紫色に輝く瞳【サーラ】
――こうして心音を聞くだけで、自然と気持ちが安らぐのだから、人間とは不思議な生き物だ。
「ん、何だ。レンズ豆か、いや、豌豆だな。あっ」
サーラは、ドアの柵部分から、ケープを被った人物が覗いているのに気付き、シエルをそっと壁に寄りかからせてから立ち上がり、ドアの近くへ歩み寄る。そして、周囲を憚るように小声で言う。
「逃げも隠れもしない。抵抗しないから、シエルだけでも助けてやってくれないか」
「私は、王子さまたちを閉じ込めた仲間とは違うよ。ホラ」
そういうと、ケープのフード部分を脱いで顔をあらわにする。サーラは、驚きを隠しつつ、努めて冷静に言う。
「誰かと思えば、いつぞやの質屋の女か。ざまぁ見ろとでも、蔑みに来たのか」
「そこまで悪趣味ではないさ。こいつを使って、そこの釘を外して逃げな」
女は、換気口を指差しながら、柵越しに鉄梃のようなものを渡す。サーラは、それを不審そうに受け取りながら、戸惑いを隠せずに言う。
「どうして」
女は、再びフードを被ると、しみじみと語る。
「命の恩人を助けるのに、理由は要らないんじゃないかね。どうして、ここに居ると判ったかという質問については答えないけど、ヒントだけ残しておこう。その一。ここは戦前、サビク伯爵の邸宅だった。その二。私は幼少期、お転婆な跳ねっ返り娘として過ごした。その三。世が世なら、フィアは伯爵だった。あとは、その聡明な頭で考えな」
女が話している途中で、廊下に「そこの者、何をしている」という野太い声が響き渡る。
「ずらかるよ。それじゃあ、幸運を祈る」
女は、素早く廊下を駆け去り、その後ろを屈強な人物が追い駆ける。サーラは、すぐに壁際に走り寄り、鉄梃のようなもので換気口を抉じ開ける。すると、石畳に鉄格子が落ちる金属音に反応して、シエルが飛び起き、サーラに言う。
「えっ、何。どうしたの、サーラ」
「ここから逃げるよ、シエル。さぁ、先に行って」
サーラが換気口を指差しながら言うと、シエルは戸惑いを浮かべながらも、キッと口を固く引き結び、意を決して、茶室のにじり口程度の大きさの穴に潜る。その後ろを、サーラが続く。
「どっちに行ったら良いの、サーラ。真っ暗で、何も見えないよ」
「わからない。とにかく、前に進めるだけ進め」
「わかった。絶対、一緒に居てね、サーラ」
「あぁ、勿論だ。何か変わったことがあったら、すぐに知らせるんだぞ、シエル」
「はい。それじゃあ、こっちに行くね」
シエルは左に進み、サーラもあとについて行く。背後からは「逃がすか」という罵声にも似た叫びと、ドアをドンッバンッと叩く音が聞こえる。
――追い着かれてたまるか。私の眼が光を失うまで、シエルを悪の手には渡させない。




