L 幼い王子のうろ覚え【シエル】
L 幼い王子のうろ覚え【シエル】
――硬い。冷たい。寒い。
シエルが目を覚ますと、その顔を覗きこみながらサーラが言う。
「気が付いたか、シエル」
シエルは上体を起こし、周りをキョロキョロと見回しながら、か細い声で言う。
「サーラ。ここは、どこ。何だか、ジメジメしてて気持ち悪いよ」
サーラは、不安を和らげるようにシエルの背後に片腕を回して肩を掴み、そのまま自分の胸元に抱き寄せ、優しく囁くように言う。
「どこかは分からない。どうやら、侍女の手下に連れてこられたらしい」
シエルは、サーラの顔を下から覗き込みながら疑問を投げかける。
「あの人が頭領なの」
サーラは、思案顔で言う。
「おろらく、それで間違いないだろう。問題は、彼女が何を企んでいて、今、どこに居るのかだ」
シエルは、部屋の隅にある鉄格子が打ちつけられた換気口を指差しながら、サーラに向かって甘えるように言う。
「サーラ。もっとくっ付いても良いかな。あそこから、ひんやりした風が吹いてくるんだ」
サーラは、もう片方の腕もシエルの背中に回し、その華奢な身体をギュッと力強く抱擁し、シエルの後頭部を丁寧に撫でながら言う。
「部屋の外にいる見張りが言ってたんだ。頭領が帰ってくるまで、私たちを傷物にしちゃ駄目だから、面白くないって」
「何で、面白くないの」
シエルの疑問に、サーラは婉曲的に応じる。
「金を強請ってるのか、それとも別の要求があるのかは分からないけど。ともかく、私たちが無事でいなければ、交渉材料にならないらしい。つまり、あとしばらくは何もされないから、安心できるってことだ」
「そっか。ホッとしたよ」
シエルは、ニッコリと微笑むと、サーラのうなじ辺りに柔らかな頬を摺り寄せる。サーラは、それを擽ったそうにしながら小さく笑い声をもらすと、すぐにキリッとした凛々しい表情に戻り、キッパリとした口調で言う。
「たとえ、どんな困難が待ち構えていようとも、私はシエルの味方だ。それだけは忘れないで」
――えーっと。こういうとき、王子として言う台詞があったような。
シエルは、たどたどしく舌足らずながらも、一生懸命に言う。
「私シエル・エンリは、サーラ嬢のことを生涯守り抜くことを、知者の石と徳者の鏡と勇者の剣の三宝にかけ、ここに誓います」
得意顔でシエルが言い切ると、サーラはクスッと笑いながら言う。
「気持ちは嬉いよ、シエル王子。だが、それは婚礼の儀で言う台詞だ」
――しまった。間違えちゃった。
シエルがバツの悪い顔をしていると、サーラは穏やかに言う。
「正しくは、こうだ。――私サーラ・エンリは、シエル王子に全幅の信頼を置き、決して不逞行為をはたらかないことを、割れぬ知者の石、曇らぬ徳者の鏡、折れぬ勇者の剣の三宝にかけ、ここに誓います」
――そうそう、それだ。ちゃんと覚えなくちゃ、いざというとき言えなくて、格好悪いな。




