J 人は見た目が全てか【ラサル】
J 人は見た目が全てか【ラサル】
――いやはや。これも運命の悪戯だろうか。人生は数奇な巡り合わせとはいえ、再会が早すぎる嫌いがあるんじゃないかね、神託よ。
ラサルが山高帽と二重回しを脱いで壁のフックに掛けたり、年季の入ったトランクから、ワイシャツやらタオルやらを取り出したりしている横で、ボストンバッグから石鹸や着替えなどを取り出して手に持っているヤヨイと、リュックサックに中身が詰まった大小いつくかの紙袋を仕舞っているキサラギが話し合っている。
「買い物も終わったから、先にお風呂を済ませてくる」
「あぁ。早く代わってくれよ。レディーファーストで譲ってくれたんだからな」
そう言うと、キサラギはチラッとラサルのほうを窺う。ヤヨイも、それにつられる形で同じように視線を走らせると、ガラリ戸を開けて脱衣所に足を踏み入れ、扉を閉めながら、拳一つ分だけ隙間を空けて言う。
「決して覗かないでください」
「誰が覗くか。しょうもない小芝居を打つな」
そう言いながら、キサラギは乱暴に扉を閉める。そして、大きく溜め息をついて目の前を見る。すると、すでにラサルは荷物の整理を終えており、ソファーに腰掛けながら、キサラギに向かって手招きして言う。
「お互いの警戒心を解くためにも、男同士で話そうではないか。今なら、何でも答えるぞ。さぁ、遠慮なく掛けたまえ」
キサラギは、さも胡散臭そうにラサルを見ながらも、空いているスペースに腰を下ろし、慇懃に頭を下げながら言う。
「宿代を出していただき、ありがとうございます」
「ハハッ。第一声は、謝礼と来たか。その件は、一向に構わないんだ。他に空き部屋も空き宿もなく、こうして相部屋になってしまったのだからね。迷惑料代わりさ」
そう言うと、ラサルはクツクツと腹を抱えて笑う。その様子を見たキサラギが、どう対処していいか困惑し、愛想笑いと仏頂面が入り交じった複雑な顔をしていると、ラサルは、ニヤリと嫌らしくない程度に口角を上げ、立て板に水とばかりに爽やかな弁舌を揮う。
「十全に聞こえた訳では無いが、汽車の中で、僕が居眠りしている隙に、僕の声が中性的だとか精神病ではないかとか、何だかんだ見た目や言動に関してヒソヒソ囁きあっていたように思うから、ひとまず、その点を明かしていこう」
キサラギが真偽を見破らんとばかりに、ラサルの振る舞いの一挙手一頭足に注目して傾聴しているのを肌で感じながら、ラサルは、まず壁を指差し、次いで色眼鏡を外しながら言う。
「あそこにある帽子と外套は趣味だが、この色眼鏡は、虹彩異色症を隠すために拵えたものだ」
「うわぁ。オッドアイの人間って、本当に居るんだ」
キサラギは、顔を近付けて確認させようとするラサルに対し、口を真一文字に引き結びながら顎を引いて距離を取るが、その視線は、琥珀色と青紫色の瞳に釘付けになっている。ラサルは、キサラギが新鮮な反応を見せるのを愉快そうに微笑みつつ、再び顔を離して話を続ける。
「実際に、こうして間近で見るのは初めてかね。良いね、若い子は興味の対象が広くて。その感動を忘れないようにしてくれたまえ。さて。歳を取ると脱線しやすくてかなわないよ。話を戻そう。今度は、外見上の若さと、それに反する内面下の老いについて説明しよう。今の時代、とても信じられないかもしれないが、僕は占者であり呪者なんだ。戦後、科学に追放された魔術使いとでも言おうか。ここまでで、何か疑問はあるかね」
ラサルが質問を促すと、キサラギは慎重に言葉を選びながら言う。
「何かを占ったり、誰かを呪ったりしてるんですか」
真剣な顔で素朴な疑問を訊くキサラギに対し、ラサルは待ってましたとばかりに調子付いて滑らかに言う。
「水晶玉を利用して過去や未来を占ったり、物や人に呪いをかけたりしているよ。と、ここまで話したところで、先程の話に繋がるのだが、あまり大きな声では言えないことでね」
そこまで言うと、ラサルは伏し目になり、声のボリュームを落とす。キサラギは、生唾をゴクリと飲み込むと、耳をラサルに近付ける。
「実は晩年、黒魔術として秘匿されていた禁断の果実に手を出してしまってね。その魔術の効果というのが、不死身になることだったのだが、代償として、第二次性徴前の姿に戻ってしまったんだ。まったく。息子も居れば孫娘だって居るというのに、我ながら馬鹿な真似をしたものだよ」
ラサルが自嘲気味にハッと乾いた笑い声をもらすと、キサラギは顔色を窺いながら質問する。
「そうなってしまうことは、事前に分からなかったんですか」
「いいや、警告文は、魔導書の欄外に針の先ほどの字で記載されていたよ。でも、老眼には天眼鏡でもなければ読めない代物でね。少年の姿に成り下がってから、初めて気付いたんだ。時既に遅しさ。あぁ、下世話な話をするようだが、髭は生えず、声も高いまま、男でなくなったとはいえ、女に変わるわけではないから、胸や尻が膨らむことはない。感覚としては、性器を削がれたようなものだね」
嗜虐的な眼つきで嫌らしい視線を向けるラサルに、キサラギはゾクッと背筋を強張らせ、咄嗟に片手で股間を押さえながら言う。
「何か、悪徳商法みたいですね」
――悪徳商法、か。言い得て妙だね。フッフッフ。




