黄昏
…ここは…、どこだ…。
すっきりしない頭でそっと辺りを見回す。
薄暗い部屋、大きめの窓からは沈みかかった西日が差し、全てが濃いオレンジと黒のシルエットにしか見えない。
窓は軽く開けてあるようで、レースのカーテンが揺れている。
とても静かだ。
自分はベッドに横になっている。
起き上がろうとしたのだが、全身が重く手さえ動かない。
頭はぼぉっとしているし、身体も動かないし、ここがどこなのかも分からない。
一度目を閉じ、記憶を辿ってみた。
朝…、朝は…、そうだ、ちゃんとシャワーに入り、トーストにイチゴジャムを塗り食べた後、スーツに着替え、バスに乗り地下鉄に乗り換え会社に向かった。
いつも通りの朝、込み合ったバスと地下鉄にウンザリしながら。
車での通勤は可能なのだが、今は運転することを辞めていた。
お昼過ぎ、ランチを食べにいつもの定食屋に向かった。
メニューが豊富で、どれもボリュームもあり、美味しくてワンコインと、安月給の俺の味方なのだ。
今日はここ数日続いている低気圧の影響で寒く、チゲ鍋定食を頼み、熱々を美味しく食べたのを覚えている。
その後、会社に戻ろうと歩いていたら、具合悪そうにうずくまっている女性を見付けた。
そうだ…、それで声をかけて、飲み物を買って飲ませ、お礼にと近くのファミレスでコーヒーでもと誘われて…。
おかしい…。 その後の事が思い出せない…。
いくら考えても思い出せない…。
ファミレスで女性と向かい合い、コーヒーを飲んでたのは確かだけれど。
その女性は俺より少し年上に見え、かなり美人な部類に入るだろう。少し疲れているように見えたが、「ありがとうございました」と笑顔を見せた。
そうだ…、綺麗な笑顔を思い出した。
怖いくらいに綺麗なその笑顔を…。
その時、ギィ…と小さなドアが開く音がした。
思い出す事に没頭していた俺は、ハッと目を開けドアがある方を顔だけ動かして見た。
そこには、黄昏に染まった、鳥肌が立つほど綺麗な笑顔を向ける女性が立っていた。