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ナインテイカー  作者: キミト
第四章 『速狂士』
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第三話  テストと交渉

「どーかな。実際に乗ってみた感想は?」

「悪く無い。少々馬力が有り過ぎるがな」


 明くる日。早速バイトに来た荘厳は、一通りの説明を受けた後、試しにバイクに乗る事になった。

 無駄に広い総学の敷地内に造られたF1レースにも使えるコース。スピードを出しても問題の無いそこで、およそ三十分。ヘルメットを脱いだ彼は、期待混じりの春日井の質問に、軽くバイクを撫でながら答える。

 彼女がにんまりと笑みを作った。


「でしょ? 自慢の我が子だからね。あと、出力の高さについてはしょうがない。博士の提供してくれたαレンド機関が凄すぎるからだし、そもそもテイカーが使うのを前提にしているから」

「それにしても、あの最高速度は異常だろう。まだ実際には出していないが、カタログスペック通りなら、地上走行時でさえ音速を超えるぞ」

「だから言ったでしょ? テイカー前提って。テイカーの中には空を飛べる者も多いし、亜音速まで出せる人も結構居る。なのに専用に作られた特注のバイクが音速も超えられないんじゃ、正に自分で飛んだ方が速い、だよ」


 一応、魔力消費を抑えられるという利点はあるが、小回りには劣るので一長一短。

 ならばわざわざバイクを使う必要はあるまい。自分で飛んだ方が、余程直感的に動けるのだから尚更だ。


「安心して、ちゃんとソニックブームを始めとした諸々の対策はしてるから。乗ってる本人に掛かる負担も軽減しているし……事故ったとしても、テイカーならそうそう死にはしないよ。多分」


 最後がちょっと不安だが、一応間違いでは無い。

 先程言った通り、テイカーの中には亜音速で飛ぶ者も多い。まして荘厳のような魔導真機の使い手ともなれば、その速度は音速を優に超える。

 そんな彼等だから、音速で何かにぶつかる衝撃にもちゃんと耐えられるのだ。今回のテストライダーの条件に『真機を使える程のテイカーである事』という条項があったのもその為である。


「それで。他に何か、気になる所はあったかい?」

「そうだな……」


 顎に手を当て考え込む荘厳。

 テストライダーである以上、問題点はきちんと見つけ報告しなければならない。勿論こんな事をした経験は彼には無いので、素人目の意見にはなるが。


「車体が軽すぎる感はあったな。今程度の速度ならば問題無いが、最高速度付近になると制動が利かず吹き飛んでしまいそうな軽さだ」

「それは仕方が無いですよ。何せ空を飛ぶ機体でもありますからねぇ。車体が重くては機動力が確保出来ない」


 スマホを弄りながらやって来た野乃敷が、言う。


「多少の重量位どうにか出来ないのか? 何トンもという話では無いんだ。それに、これだけの出力があるのだろう?」

「残念ながら。普通の飛行機ならば良いのでしょうが、これはテイカー専用機。同時に空中戦をも想定して造られています。この機体が出せる速度域での戦いでは、少しの重量の差でも大きな違いが出る。貴方もそんな領域で戦っている人間だ、分かるでしょ?」


 野乃敷の言い分に頷く。

 この機体が彼の言う通り空中戦を想定しているのなら、確かに軽量化は重要だ。

 何せ普通の戦闘機が行うドッグファイトの領域では無い。仮想敵は空中を自由に移動出来る人間、旋回範囲は恐ろしく小さい。

 そんな相手にわざわざこの機体で挑むなら、生身に優る速度と、最低限対応出来る機動力が無くては意味が無いのだ。でなければ、結局は生身で戦った方が良い、という結論になってしまう。

 最も。荘厳の場合、実は空中戦が苦手なので、他の真機使いに比べればハードルは下がるだろうが。


「何にせよ、軽量化の重要性は理解した。そこは腕で補おう。後の問題点だが……タイヤをもっと良い物に変えてくれ。それから重心はもう少し前の方が良い」

「色々組み込んでいるからね……。でも分かった、タイヤは専門の所に特注で頼もう。重心の方も、調整しておく」

「ああ、そうしてくれ」


 メモを取る春日井を見詰めながら、荘厳は更なる問題点を考える。

 だが、直ぐに思い浮かぶようなものは無かった。流石の技術力と言うべきか、彼女等の造るバイクには驚く程問題が少なかったのだ。


(良い開発者に恵まれたな)


 ピット内に佇む大型バイクへと目を向ける。

 『ホワイトウィング』の名称通り、白を基調とした美しい流線型の車体だ。外装がやけに多いのは、恐らく飛行形態に変形した際に必要となるからだろう。

 後部には二本の大型マフラーが付いているが、排気を目的としたものでは無いらしい。何せこの機体に搭載されている『αレンド機関』は通常のエンジンとはまるで違う力で動いており、排気の必要が無いからだ。

 では何故マフラーが付いているのかと訊けば、あれは『地上走行時の高速化・及び飛行形態時の推進力』であるリージェネレイト・エネルギーを使う為のものだと教えられた。あそこからエネルギーを吐き出して加速するそうだ。


(一体どんな力なのか……いや、それは俺の考える事では無いか)


 浮かんだ疑問を切り捨てる。

 技術的な事には詳しくないし、強い興味がある訳でも無い。余計な首を突っ込んでも頭が混乱するだけだという判断だった。

 実際この判断は当たりである。何せαレンド機関は『あの』物宮西加謹製の機関、部員にだって完全に把握している者は居ないのだ。荘厳では十年掛けても理解は絶対不可能である。


「それじゃあもう一度走ってくれるかな荘厳君。今度はもっと速度を出してみよー」

「ああ、分かった。飛行形態は試さなくて良いのか?」


 自分としても飛んでみたい、という思いを籠めて荘厳が問えば、春日井は軽く考え込み、


「ううん、それは午後にしよう。いきなり色々試しても手が回らなくなるだけだし。午前中は地上走行に専念しよう」

「そうか……。では、行ってくる」


 少々残念に思いながらも、フルフェイスのメットを着けてバイクに跨る。

 新たな問題点がないか探しながら、荘厳はひたすらコースを走り続けた。


 ~~~~~~


 一方その頃。

 レストは昼間から一人で、学園長室を尋ねていた。

 と言っても彼には用事など無い。学園長の方から、呼び出されたのだ。

 当初は色々と忙しく、断ろうとしたレストだが、通信越しに必死に頭を下げてくる学園長の姿が余りに憐れだったので仕方なく了承した。短く話が終わるなら、という条件付ではあるが。


「それで。一体何の用だい、学園長」

「あー、来てくれてありがとうレスト君~」


 無駄に大きな机に上半身を投げ出しながら、眼鏡越しの視線を向けてくる学園長。

 ぼさぼさの茶髪に着崩されたスーツ、という相変わらずだらしない格好の彼女だが、それが単なる性格のせいだけでは無いと、レストは直ぐに理解した。

 何せ机には、彼女を挟むように巨大な書類の渓谷が出来ていたからだ。普段優秀な部下に仕事の大半を任せている彼女にしては、有り得ない仕事量である。


「君も夏休みの宿題を溜めでもしたのかい? 悪いが、そんなものの解消には付き合っていられないよ」

「違う違う。いや、手伝ってくれるならそれに越した事は無いんだけどね。今日話したいのは、これ」


 疲労に震える腕で一枚の紙を指し出してくる。

 レストが魔法で手元に引き寄せ目を通せば、成る程、と納得。


「例の転入生の件か。確かにこれは、下手な人間には任せられないな」

「うん。超VIPだからね~。こっちも相応の対応をしないと……」

「だが、私の出番は無いと思うが。既に話は纏まっているんだろう? 今更何の問題があるんだい」


 そう訊けば、学園長は痛そうに頭を押さえ、


「それがさぁ。新学期の転入前に、一度この学園と島を見て回りたい、っていうんだよ。しかも本人が」

「へぇ。別に良いじゃないかそれ位、護衛はあっちで用意してくれるんだろう?」

「そうなんだけど。……お父上まで来る、って言うんだよ~」


 机に顔を伏せた学園長に、レストは可笑しそうに笑う。


「成る程、それは確かに大変だ。君がそこまで疲弊するのも分かる」

「うん。それでさぁ……最悪なのは、お二人の来訪日に、出張が入っちゃってるって事なんだよね」

「君が?」

「僕が」


 あああ、と学園長が頭を振った。

 書類の山が崩れるが気にする様子も無い。それ程までに、重大な問題なのだ。


「まさかあの方が来るのに、この学園の最高責任者である僕が出迎えられないなんてさぁ。ちょっと不味いでしょ?」

「別に構わないと思うけれどね。君達は形式を重視しすぎだよ」

「そう言われても。世の中ってそういうものだから。むしろ君のような存在が異常なんだよ?」

「異常とは失礼な。しかしそうか……出張の方を取りやめる事は出来ないのかい?」

「無理無理。そっちも大きな話だもん。急に無理ですー、とは言えないよ」


 うあうあ、と駄々っ子の様に騒ぐ学園長に、レストは溜息。


「困っているのは分かったよ。それで? 私に何を頼みたいんだい?」

「うん、実はね。僕の代わりにお出迎えを担当してほしいんだ」

「断る。面倒だ」


 即答だった。

 即座に椅子を蹴飛ばして立ち上がった学園長が、飛びつき縋りつく。


「そう言わないでくれよレスト君~! ナインテイカーである君が出迎えてくれれば、あちらも満足してくれると思うんだっ」

「そこまで気にしなくても良いだろう。第一、私は下手に出て相手を煽てる、何て真似は出来ないよ」

「うん、それは知ってる」


 此方もまた即答である。

 元より学園長とて、レストの奔放さは理解している。だが今頼めるナインテイカーの中では彼が一番まともに対応出来るのも、また事実なのだ。

 彼女なりに悩みぬいた上での、最後の決断なのである。だから必死に縋りつき……レストは厄介そうに顔を歪めた。


「通信の時も言ったが、私は今忙しいんだ。ちょっと……どころでは無い厄介事を抱えていてね。勿論出迎え程度ならば可能だが、どうせその後の対応までしなければならないんだろう?」

「うっ、それは……。む、娘さんだけだから。お父上の方は島の有力者達との会合に行くらしくて、娘さんの案内だけしてくれれば良いからっ」

「何故私がそんな事を。赤の他人のエスコートなど御免こうむる」

「そんな事言わないでさ。ねっ」


 諦めない学園長に、訊く。


「ちなみに時間は?」

「……多分昼頃から夕方まで。プラス、彼女が滞在する五日間」

「さよなら。頑張ってくれ、学園長」

「わー! 待って、お願い待ってレスト君!」


 自分より年下(に、見える)青年の腰に縋りつき、半ば泣き喚くように懇願する姿は悲しくなるほど情けない。

 それでも退出しようとするレストだが、流石に学園長を引き摺ったまま歩く訳にもいかず、仕方なく立ち止まる。

 チャンスと見た彼女が素早く前に回りこんだ。


「じゃあ、せめて出迎えだけでもっ! 案内はまた別の人で良いから!」

「良いからって。その選定まで私に任せるつもりかい?」

「う、いや、そういう訳じゃないけど……。そんなに手が回らないし……」


 ちらちらと散らばる書類に目を向ける学園長に、いい加減レストも悟った。

 これ以上言い合った所で無駄だと。むしろある程度は此方でやった方が確実で楽だ、と。

 そう思った瞬間、彼の脳が素早く稼動。今自分が把握している情報と、未来予測。そして自分に出来る『調整』を鑑みて、筋道を立てる。


「――良いよ。分かった、私が彼女等を出迎えよう。案内人も、此方で用意しておく」

「本当かい!?」

「ああ。ただし、責任者はあくまで君だ。私は責任を持たないからね」

「うん、うん。それでも良いともっ」


 すっかり上機嫌になった学園長が頷く横で、レストは考える。

 これもまた、良い機会として使える、と。その為に自分の案件を多少後回しするのもやぶさかでは無い、と。

 あくまでも『上手く行ったら良いな』程度に考えながら、レストは散乱する書類を魔法で集めてあげたのであった。

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