第一話 プロローグのプロローグ
皆さんお久しぶりです。
ストックが尽きたり、忙しかったり、プロットを練り直したり、で期間が空いてしまいました。
まだまだストックは足りていませんが、ちょこちょこ投稿していこうと思います。
では、『ナインテイカー』第四章。始まり始まり~。
――それは、新学期の始まりを控えた八月下旬。一部のぐーたらな学生達が山積みの宿題に、頭を抱える時期の話である。
「やぁ。おはよう、ソーゴン君」
「…………」
何時も通り柔和で、しかし何処か胡散臭い笑みで挨拶してきた金髪の美丈夫――レスト・リヴェルスタに、タンクトップ姿の老け顔マッチョな少年――古賀 荘厳は、つい渋い顔を作ってしまう。
共に此処、第一魔導総合学園で学ぶ同級生である彼等だが、その関係は何とも珍妙と言うか、微妙なものであった。
荘厳にとってレストはかつて自らの自信を打ち砕いた相手であり、必ず倒すと誓った目標(本人は怨敵と主張する)だが、逆にレストにとっての荘厳は目を掛け成長を望む有望株、という扱いだ。
そのせいか、荘厳の態度には若干の敵意が感じられるのに対し、レストからは友好的な余裕が溢れ出ている。それがまた一層荘厳の態度を硬化させるのだが、それはともかく。
二人は友人と呼ぶには少し遠く、知人と呼ぶには少し近い間柄を築き上げていた。故に学園寮の近くで朝のトレーニングを行っていた所をいきなり訊ねて来られた荘厳は、またこのおかしな魔法使いが何か企んでいるのでは無いか、と思い顔を強張らせる事になったのである。
(この前の夏祭りの時は迂闊に乗って、随分な目にあったが。今度は安易に乗らんぞ)
先日の、島中を巻き込んだ戦争を思い出しながら気を引き締める荘厳に、偶々レストと出会ったという考えは一切無い。
何せ怪し過ぎる。まだ朝靄の立ち込めるこんな時間に、何も無いこんな場所に来るのは、それこそ自分のように身体を動かしたい者のみ。
そしてレストは肉体派の人間では無い。彼が早朝から此処に来る理由は皆無のはずだった。
「一体、何の用だ」
「そう怖い顔をしないでくれよ。ちょっと君に、頼みごとがあって来たんだ」
瞬時に嫌な予感が荘厳の脳裏を駆け巡る。
断言しても良い。厄介事だ、と。
「何故俺がお前の頼みを聞かなければならない?」
「ははは、まぁそう邪険にせずに。話くらいは聞いてくれても良いんじゃないかい?」
「……断る」
なおも硬い態度を崩さない荘厳に、レストは肩を竦め、
「そう警戒しなくても、安心してくれ。今回の話は別に、私からの頼みでは無いんだ」
「何?」
「友人から頼まれてね。協力者が欲しい、と。そしてその条件に合っていたのが、君だっただけの話だ」
そう言われ、荘厳は口を噤む。
頭の中では様々な意見が飛び交っていたが、結局の所は『奴の持って来た依頼など胡散臭い』という結論に落ち着いた。
が、その思考の隙を突いて、レストはさっさと語り出してしまう。
「実は、博士こと物宮西加――いや、此処は物宮研究部と言うべきかな。彼女等が造った新しい発明品のテストを君にして欲しいんだ」
「物宮研究部だと? それにあの『速狂士』が絡んでいるのか」
「ああ。先日博士と会った時に、丁度良い試験者は居ないかと相談されてね。君ならピッタリだろう、と」
「何故俺に? お前には騒がしい友人共が居るだろう」
物宮西加が無邪気な少女だという事を噂程度には知っている荘厳は、少しだけ警戒を和らげ、疑問をぶつける。
レストがもう一度肩を竦めた。
「彼女達では駄目なんだよ。条件に合わない」
「条件?」
「ああ。まず第一条件として、バイクの免許が必要なんだ。発明品というのは、バイクの類らしくてね」
「待て。何で俺が免許を持っているとお前が知っている?」
すかさず突っ込む荘厳を柔らかな笑みでかわし、レストは続ける。
「この条件の時点で、藤吾以外の皆は外れてしまった。そして第二条件、健康で強靭な肉体を持つこと。これは大丈夫だったし、第三条件の『魔導真機を扱える程のテイカーである事』も無事クリアしたんだが……」
「だが?」
「最終条件の、『残りの夏休みの間、研究に付き合える事』の条件が満たせなかった。何でも既にバイトを一杯に入れてしまったらしくてね。僅かに空いた時間も、放置していた課題の消化に忙しいそうだ」
「ちっ、使えない奴め……」
特に意味も無く悪態を吐く荘厳。
レストの友人である少年、芦名藤吾さえ暇ならばこんな話を持ちかけられる事も無かったのだ。このくらいは許して欲しいものである。
「それで、どうかな? 勿論相応のバイト代は出る。一般的なそれと比べればかなり高額な、ね」
「……いまいち信用出来んな」
「そう警戒しないでくれよ。君が私を信用していないのは分かっているが、さっきも言った通り今回の件に私は関わっていない。あくまでも、物宮研究部の問題だ。内容も無茶なものではなく、普通にテストライダーをして欲しいだけらしいしね」
「…………」
暫く、黙って考え込む。
普通ならば、何で俺が協力しなければならない、と切り捨てる所だ。だが荘厳には悩まなければならない理由があった。
それを読み取り、レストは最後の一押しを叩き込む。
「良いのかい? 高いペンタブを勝って、懐が貧しいんだろう?」
「なっ……! だから何故知っている!」
「祭りの時に君自身が言っていたじゃないか。ペンタブを買いに来た、と」
「値段も懐事情も俺は言っていないはずだぞっ」
「そこはほら。私だから」
妙な説得力を前に、敢え無く撃沈。
レスト・リヴェルスタという男に常識は通じない。その事実を、改めて実感した荘厳である。
「それで? どうかな、受けてくれるかな?」
いけしゃあしゃあとのたまるレストに数秒、考え込み。
結局荘厳の背中を押したのは、自身の財布の中身であった。
「……直接研究部で話を聞く。実際に受けるか決めるのは、それからだ」
「そうかい、ありがとう。君ならそう言ってくれると思っていたよ」
「ちっ……」
「そう不機嫌にならないでくれ。完遂した暁には、私の方からも何か謝礼を出してあげても良いよ?」
受けると確信している口調のレストに、そっぽを向き鼻を鳴らす。
反発しながらも、まだまだ手の平の上で踊らされている荘厳であった。
~~~~~~
そして昼。物宮研究部を訪れた荘厳の前には、ずらっと並ぶ部のメンバー達が。
その中央で胸を張る小さな幼女こそ、この部の部長にしてナインテイカーが一人――『速狂士』物宮西加である。
見た目は白衣を着た子供であり、腰まで伸びる薄紫色の長髪が特徴的な、元気一杯な女の子だ。だが侮るなかれ、彼女はこの世界有数、どころか間違いなく一番の技術者なのである。
何せ彼女自身はただの人間でありながら、その卓越した発明品によって他のナインテイカーと渡り合える程なのだから、異常に過ぎるというものだろう。見た目だけで判断してはいけないのだ。
さて、そんな彼女は待望の来訪者にニッと笑うと、腰に手を当て前に出る。
「良く来てくれたな! お主がレストの言っていた協力者か!」
「いや……まだ、協力するかは……」
西加の勢いに押される荘厳だが、それだけは断っておかねばなるまい。
まだ協力すると決めたのでは無いのだ。あくまで此処には、話を聞きに来ただけである。
彼の言いたい事を察し、西加がうんうんと頷く。
「分かっている、ではまず研究の内容を――話す前に、紹介だけしておこうっ」
彼女の促しに従い、同じく白衣を纏った男女が一組、前に出てきた。
「ふ、ふふ、初めまして。僕はですね、野乃敷 琢磨といいます。いやぁ、良い実験……いえ、試験体になりそうです」
「どーもよろしく。あたしは春日井 雛理。一応こっちの琢磨と一緒に、今回の研究の責任者なんだ」
「あ、ああ……。古賀、荘厳だ」
目が隠れる程に前髪を伸ばし常にスマホを弄っている少年と、眼鏡を掛けて何処かさっぱりとした雰囲気を持つ少女、二人の自己紹介に荘厳もまた名乗り返す。
少年の方は一度薄く笑って、少女の方は握手をしてから後ろに下がった。そうして再び西加が前に出て、会話の舵を取る。
「今回の研究はこの二人と、それから此処に並ぶ七人の計九名で行っている。最も、責任者の二人以外は他の部員と別の研究を行ったりもしていて、掛かりっきりという訳ではないがな」
「物宮……いや、博士は?」
レストから『彼女は博士と呼ばないと怒る』と事前に聞かされていた荘厳は、咄嗟に軌道修正。
それに満足そうに頷き、西加は答える。
「私は監督役だ。今回の研究には、私から提供した技術が使われているからなっ。それをいかに活かすか、というのが研究の主題なんだ」
要するに、部員の成長が目的なのである。
だから西加はほとんど手を出さない。監督役として見守るに留めるのだ。
彼女がちら、と横を見る。応じて、先程自己紹介した少女が口を開く。
「それじゃあ、後の説明はあたしから。今あたし達が開発しているのは、博士から提供された『αレンド機関』をエンジンに据えた空陸両用バイク。君にはそのテストライダーを務めてもらいたいんだ」
「αレンド機関? それに空陸両用だと?」
「うん。えーと、どう説明したものかな。とりあえずαレンド機関は、『リージェネレイト・エネルギー』という特殊なエネルギーを生み出す、全く新しい機関――とだけ覚えてもらえれば充分かな。それで空陸両用だけど……こっちに関しては、ぶっちゃけ文字通り」
「地を走るだけでなく、空も飛べるという事か?」
「そうっ。通常時は地面を走る大型バイクなんだけど、操作一つで変形して空も飛べるようになる……っていうのが、あたし達のバイク――『TL-99・ホワイトウィング』。通称・白翼」
どや? と少女、春日井がにやつく。
顎に手を当て、荘厳は頭の中で話を整理した。成る程、元よりテイカーという空を飛んでもおかしくない人種が跋扈しているこの島の中で、他の追随を許さない技術力を持つ物宮西加が関わっている研究だというのなら、この程度の内容は当然だろう。
(正直、惹かれる所はあるな)
金欠といった理由を抜きにしても、彼女等の研究には興味がある。
地を走り空を飛ぶバイク。そのロマンには、老けた顔とは裏腹に少年の心を持った荘厳も心が思わずぐらついた。
とはいえ何処か素直ではない彼らしく、即座に賛同はせず、まず契約内容について問い質す。
「それで? 仮に協力する場合、俺はどの程度関われば良い。それから報酬についても説明してくれ」
「お、前向きに考えてくれているのかな? ん~と、具体的には……」
一瞬間を空けたのは、改めて頭の中で確認している為だろう。
幾ら研究一筋な春日井でも、契約内容を整えないままにこの場に出てくる程愚かでは無い。特に相棒である琢磨が割りと抜けた人間なので、彼女は結構しっかりしているのだ。
「期間は、これから夏休みが終わるまでの十日間。毎日午前十時から午後四時までの六時間、研究に付き合って欲しい。あ、勿論休憩はあるし、お昼はこっちで用意しとくよ」
「それだと、実際に働くのは五時間程度か? 思ったより短いな」
「そりゃね。君のテストデータを基にして調整したり改良したり、何て作業はあたし達だけでもある程度は出来るから。それに実際にバイクに乗ってもらって色々試してもらうんだから、あんまり長時間してると事故に繋がりかねないし」
「報酬は?」
「部費から出すよ。一日二万円。どう? 中々に破格でしょ?」
提示された金額に、荘厳の表情が一瞬で変わった。
一日二万円。詰まり、十日で二十万円。確かに学生のバイト、それも一日五時間の労働で得られる対価としては破格の額と言って良い。
思わず「本当か?」と訊けば、春日井は「当たり前でしょ?」と逆に疑問系で返して来る。どうやら彼女(達)にとっては、この額を払う事は破格ではあっても異常ではないらしい。
げに恐るべきは物宮研究部の資金力、という事だろうか。まあ世界一の研究者にして発明家である西加が自ら資金提供しているのだから、下手な研究機関よりも潤沢であるのは間違い無いだろう。
「で、どうかな? 協力してくれる?」
春日井に問われ、荘厳は僅かに肩を揺らし意識を戻す。
念の為もう一度考えるが、正直そんな事をするまでもなく答えは決まっていた。
ロマンも勿論だが、何より人間、お金が無ければ生きていけないのだ。
「……ああ。受けよう、テストライダーの仕事」
「おお、本当!? いやーありがとー!」
やったーやったー、と手を握り上下させてくる春日井。
後ろの部員達もバンザーイと諸手を挙げて喜んでいた。部長の影響を受けているのか、どうもテンションが高いのがこの部活の特徴らしい。
(……無性に不安だな)
あまり騒がしいのが得意では無い荘厳が冷や汗を浮かべるのを、一人腕を組んだ西加が面白そうに見詰めていた。
――これが、今回のお話の多分始まり。『事件』の始まりとは関係無いが……しかし無視する訳にはいかない、小さく大切なプロローグである――




