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ナインテイカー  作者: キミト
第三章 『極剣』
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第二十七話  後始末

「きゃきゃきゃきゃ、いーねぇド派手な見世物だ。これだよ、俺の求めていたものはっ!」

「……うるさいですふゆかいですきらいです。しんでください」

「だから俺は死なねぇって言ってんだろおちびちゃん、きゃきゃきゃきゃきゃ!」


 遠く夜空に立ち昇る再封印の光を眺めながら、ギギールとミナリーは会話を交わす。

 二人共に、もうこれ以上島を荒らすつもりは微塵もなかった。ギギールは元より観戦が目的であり、ミナリーは主体性はなく、ただ頼まれたから協力していただけの身だ。纏め役であるモーゲルラッハ、そして主のためにと特に張り切っていたアンマリーの両名が亡くなった今、無駄に事を構える気はないのである。

 故に、ふらふらと歩きながら目指すのはこの島からの脱出。最も、島の現状を鑑みればそう難しい事ではない。適当に外周部から飛び立てば、それで事足りるだろう。


「きゃきゃきゃ、しかしチビはこれからどうすんだ? 俺はまた、新たな祭りを起こす為の準備をするけどよ」

「べつに、なにも。ただながれていくだけです」

「そりゃまた、つまらない人生で。じゃあどうだ、俺と来るってのは?」

「ぜったいにおことわりします。わたし、あなたきらいです」

「こりゃ手厳しい。きゃきゃきゃきゃきゃ!」


 だから二人は暢気に話し。

 だから、彼に捉まった。


「んじゃあ、此処でお別れとするかぁ。精々元気でやれよ、きゃきゃきゃきゃ「こんにちは~」きゃきゃ、きゃ……?」


 のんびりと間延びした声。

 眠たげな響きは、今の時間帯を考えればおかしくは無いのかもしれない。だがギギール達からしてみればその存在が、彼が此処に居るという事自体が、既におかしな事だった。


「おいおい。俺は目がいかれちまったのか? 何で此処にあんたが居て、俺達に話し掛けて来てんだよ」

「あれ、間違っちゃった。今はこんばんは、だね~。じゃあ改めて、こんばんは~」

「おーい、俺の言う事は無視ですか~。流石は最強っ。ナインテイカー第一位――『永天』八之瀬久遠さまだぜ、きゃきゃ!」


 軽快な言葉とは裏腹に、全身に冷や汗を滲ませて。ギギール・エンは、細い路地の正面に立つ少年に口角をつり上げる。

 もう、笑うしかない状況だった。よりにもよって一番出会いたくない、出会ってはならない相手が目の前に居て、自分達に話し掛けてきているのだ。幾ら心臓に毛が生えたような彼でも、混乱し焦燥するのは仕方が無い事である。

 隣のミナリーもまた表情の変化に乏しい彼女にしては珍しく、目を一杯に開いて驚きを露にしている。動きは完全に止まっており、呼吸で微かに動く胸部が無ければ時が止まったと勘違いする所だ。

 そんな冷凍保存寸前、みたいな様相の二人を眺め、絶対強者は相変わらずのんびりと。


「そんなに褒めても何も出ないよ~。でも照れちゃうな~」

「きゃきゃ、余裕だなぁおい。一応俺達は敵だぜ? 分かってるんですかー?」

「え? だって君達じゃ、僕に傷一つ付けられないでしょ?」


 何を当たり前の事を、というような口調だった。

 別段、煽っている訳では無い。挑発している訳でも無い。意図せず、何処までも自然に滲み出た言葉だからこそ、ギギール達は彼我の差を絶対的に理解する。

 こいつは本物だ。勝ち目は一分たりとも存在しない、と。


「あーあー、そうですかい。まあ、あんたの言う通りでしょうねぇ。で? そんな天上におわすあんた様が、卑小な俺達に一体何の御用でしょうかぁ?」

「むぅぅ、酷い言い方だな~。そんな風に言われると……怒っちゃうよ?」


 死んだ、とギギールは思った。

 常々俺は死なない、と公言している彼をして、自分の死は避けられない未来だと予知にも等しい明瞭さで確信した。

 目の前の少年はただ少し、唇を尖らせただけなのに。相変わらず穏やかで、間延びした空気を保っているのに。今すぐ漏らしてしまいそうなほどの恐怖が、ギギールの背筋を凍らせたのだ。

 唇が震えかけ……血が出るほど強く噛み、辛うじて押し留める。避けられない死が目の前にあるからこそ、最後くらいは格好付けていたい。ギギール・エンという男の、最後に残った意地だった。


「おお、怖い怖い。それであんたは俺達をどうしようってんだい、きゃきゃきゃきゃきゃきゃ!」


 わざと注目を集めるように、一際派手に大笑する。

 同時に隣の少女に、心を通じて直接語り掛けた。


(とっとと逃げな、おちびちゃん)


 深い付き合いがあった訳では無い。それどころか嫌われてばかりだった。

 だが、仮にも仲間であったのだ。どうせ自分の死は決まっているのだし、これ位はしても良いだろう。

 全身に汗を滲ませながら、ギギールは不敵に笑う。心を通じて、少女が息を呑む音が聞こえて来た。


「ん~、どうするの、か~……」


 顎に人差し指を当て、考え込む姿勢を見せる久遠。

 じり、とギギールが僅かに前に体重を掛け、反対にミナリーの身体が後ろに揺らぐ。

 二人が動こうとして――ミナリーが、後ろから誰かに抱きしめられた。


「――ッ!?」

「とりあえず、戦う気はないかな~?」


 八之瀬久遠だった。


(おいおいどうなってる、モーゲルラッハのじいさんみたいな瞬間転移か、それとも速く移動しただけかぁ!? どっちにしろ、事前準備も兆候もまるで感じ取れなかったぞ、畜生がっ!)


 内心、悪態を吐くギギール。

 分かっていたはずだった。しかし格の差は、思っていたよりも遥かに途方も無いものだった。

 例えるならば人間と砂粒。そもそも此方は動く事すら許されない。きっと遥か高き彼から見れば、自分達は無生物も同じなのだ。

 あまりの衝撃に動けないギギールを置いて、ミナリーが代わりに口を開く。


「……なら、はなしてください。わたしたちはもう、しまをでていくので」


 声は震えていた。息は絶え絶えで、言葉も途切れ途切れだ。

 その恐怖たるや、猛獣の口の中などと生温いものではない。残虐な処刑台の上に括られ、衆目から罵声を浴びせられた方がまだマシであろう。

 自然、下半身を生温かい液体が濡らす。瞳孔は開き、意識は喪失と覚醒の間を行ったり来たり。とうに身体は崩れ落ちているはずで、なのに抱きしめる腕がそれをさせない。

 ミナリーの自我は、はっきり言って崩壊寸前であった。

 震える彼女を、久遠が少しだけ強く抱きしめ直す。


「そんなに怯えなくても良いよ~。君に危害を加える気はないからさー」

「…………」

「少し落ち着いて。ね?」


 そこでミナリーは、奇妙な安堵を感じた。

 まるで、母の胎内に居るかのような温かさと安心感。目を閉じ、身を任せ、縋りつきたくなるような――絶対的強者の庇護。

 地獄から天国へと急浮上したかのような感覚に、もうミナリーの思考は完全に麻痺していた。

 考える事を手放す。だらりと身体を弛緩させ、背後の少年に全てを任せる。

 少女が、赤ん坊にも等しい被保護者となった瞬間であった。


「ん~、良い子良い子~」

(おいおいおいおい。これもう助けるの無理だな、きゃきゃきゃ)


 優しく髪を撫でる少年と、されるがままの少女を見て、ギギールは彼女の救出を光の早さで諦める。

 そうして、自分だけでも逃げる算段を立て始めた。もう自分を犠牲にミナリーを逃がそうとした、あの決意は微塵も無い。彼は気分屋なのだ。


「それじゃあ俺は、この辺で――」

「駄目だよ、それは~」


 が、駄目。そろりそろりと立ち去ろうとしたギギールの動きは、久遠に視線を向けられた、ただそれだけで完全に停止してしまう。

 特別な力を使われた訳ではない。蛇に睨まれた蛙が硬直してしまうような、本能的な停止である。

 振り向く事すら出来ず、ギギールは辛うじて口だけを動かした。


「お、俺なんかにこれ以上、何の御用でしょうかねぇ、えぇ」

「これ以上って言うか、僕まだ何もしてないよ?」

(まだ? って事は何かする気なんですかい、ちくしょー!)


 心の中で涙を流す。

 が、そんなギギールの悲哀など知ったことでは無い。久遠は幸せそうな表情で涎を垂らすミナリーを幼子にそうするように抱え上げると、抱きしめながら優しく微笑み。


「君には罰を受けてもらうよ~。島をこんなにしちゃった、その罰をね」

「……拒否権は?」

「ある訳無いよ、そんなの~」


 あははー、と無邪気に笑う久遠の姿が容易に想像出来て。

 ギギールは背を向けたまま、諦めたようにがっくりと肩を落としたのであった。


 ~~~~~~


 ――戦争の決着から、一晩。

 漸く昇り始めた朝日を眺めながら、レストは従者の出した紅茶に口を付ける。

 即席の野外テラスが設置されているのは、総学の敷地内の一角にある小高い丘の上だ。遠目に見える学園寮では、昨夜の騒動で疲れきったリエラ達六人が今もぐっすり眠っている事だろう。

 朝の静かな空気を感じながら、空になったカップをテーブルに戻す。すぐさま飛び跳ねるように反応した従者――リッカが、新たな紅茶をカップに注いだ。


「はいどうぞっ、レスト様!」

「ああ、ありがとう」

「えへへ、まだまだ一杯あるので、どんどん飲んで下さいね!」


 わーい、と何が楽しいのかくるくると回りながら下がるリッカに、レストは口元を綻ばせた。

 同時に、背もたれに深く身を預ける。目を閉じ、清廉な空気を一度肺に取り込んでから、そっと唇を動かす。


「貴女にも感謝しているよ。此方の無理を聞いてくれて、本当にありがとう」

「……なんか、癪に障るわ。いまいち心が入っているようには思えないし」

「そう言わないでくれ、間違いなく本心だよ。――エミリア女史」


 苦笑するレストに、やって来たジャージ姿の女性――『暴君』エミリア・エトランジェは、その真紅の長髪を不満気に揺らしながら、乱暴に適当な椅子へと腰掛ける。

 男らしい仕草でどっかりと座り込むと、テーブルに肘を着き頬に拳を当て、態度で不機嫌さを表した。またも、レストが苦笑する。


「そう怒らないでくれ。悪かったと思っているよ、合宿の付き添いで出ていた君を、無理言って引き戻した事は」

「全く、行き成り訊ねてきたかと思えば、『島の人々に余計な被害が出ないよう、影ながら助けてあげてくれ』とか。しかも四字にばれないように? ほんと、ぶん殴ってやろうかと思ったけど」

「けど、必要だと思ったから来てくれたんだろう?」

「……ま、私としても、無闇矢鱈に人が死ぬのは好きじゃないしね。あんたが余りにも必死に頼み込んでくるもんだから、借りを作れる貴重な機会でもあったし、引き受けたけど。全く、無駄に苦労した」

「だがそのおかげで、民間人の被害者はゼロだ。警官には死者も幾らか出たようだが……これは仕方がないだろう。此処は彼等の島であり、それが彼等の職務なのだから、私達だけに任せず彼等も身体を張るべきだ」

「それは同意するけど。はぁ、同じ合宿所に偶々来てた別の部活の顧問に、無理言ってこっちの部も頼んできたんだから。夜の見回りだけとはいえ、相当困惑させちゃったし。この借り、ちゃんとでっかく返しなさいよ」

「勿論だとも。君ほどの人物が、私の力を当てにする時が来るかは分からないが」

「安心しなさい。何も無くても使ってやるから。適当に便所掃除でもさせてね」


 勿論、魔法は抜きで。

 そう付け加えてから、エミリアは出された紅茶を一気に飲み干すと、勢い良く立ち上がる。


「もう行くのかい?」

「もうすぐ合宿所の皆も起きる頃だしね。それまでには戻らないと。あー眠い……ふぁぁぁあ」


 大きな欠伸を零すと、一瞬だけ両足に力を入れて、エミリアの姿は即座にこの場から消え失せた。

 ぶわりと吹き荒れる風。収まった頃にはもう、彼女の気配がこの学園どころかこの島に無い事を、レストは当たり前のように感知する。


「さて。では、私もそろそろ戻ろうか。片付けは頼むよ、リッカ」

「はいはーい! お任せ下さい、レスト様ー!」


 リッカが相変わらずテンション高く、ティーセットやテーブルを片付けていく。

 それを尻目に、レストはゆっくりと学園寮へと帰っていったのであった。

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