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ナインテイカー  作者: キミト
第三章 『極剣』
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第二十六話  神薙

 近づく卑小な人間達に気付いた光の巨人が、巨大な腕を振り上げる。

 とにかく主の眠る封印を守る。それだけを考え、神兵は己が腕を振り下ろした。

 ジェット機が通過した時のような轟音と共に、叩きつけられる拳。それはしかし、空中で突然ピタリと静止する。


「軽い軽い。効かないよー、そんなの」


 菜々乃七海が差し出した左手が、自身よりも遥かに巨大な拳を塞き止めていたのだ。

 彼女は何時もの調子で薄く笑うと、ぐるんと身を捻り右脚を振るう。

 パァン、と軽快な音がして、当たった神兵の拳――どころか肩から先が、跡形もなく吹っ飛んだ。


「グォオオオオオオオ」

「……散り、消えろ」


 堪らず悲鳴を上げる巨人の首元を、一筋の影が駆け抜ける。

 四字練夜。虚空を踏み締め加速した彼は、擦れ違い様刀を一振り。それだけで空に一筋の閃光が走り、神兵の頭部と胴体があっさりと別たれる。

 絶命し、神兵が燐光となって散り消えた。仲間の死に気づいた他の神兵達が揃って振り向き、偉大な己等に挑んできたちっぽけな人間へと敵意を向ける。


「そちらにだけ視線を向けられると、寂しいな」


 清廉とした声が、月夜を貫いた。

 天に、月光とはまた違う輝きが幾多と生まれ出る。複雑にして緻密なその魔法陣は、芸術と呼んで差し支えない紋様に魔力の光を宿らせて、空間が震える程の砲撃を吐き出した。

 三十を越える極光が、驟雨の如く降り注ぐ。あっという間に頭部から足元までもを蜂の巣に変えられて、十を超える神兵が骸と化した。

 常軌を逸した奇襲に慄きながらも、神兵達は本能のままに動き出す。その巨体からは考えられない軽快な体捌きで走り、腕を、脚を振るい、全身から神力の弾丸を撃ち出していく。

 瞬く間に戦場と化していく九式記念公園。その宙空を、しかし二人のナインテイカーは楽々と駆け抜ける。


「甘い甘い! これじゃあ、遊園地のアトラクションだよ~」

「――斬る」


 あちらこちらから、巨人の悲痛な悲鳴が上がった。

 ある者は原型を留めぬほど殴り倒され。ある者は一刀で切り伏せられ。頭上からの砲撃も加わり、神兵の数が次々と減っていく。

 そして、彼等の悲劇はそれだけでは終わらない。


「よーし、バリアも張り終えたし、私も参戦するぞっ! ゴソゴソゴソ……よし、これだっ!」


 周辺への飛び火を防ぐため障壁を張っていた、物宮西加である。

 彼女は自分で効果音を口ずさみながら、次元の隙間に身体を突っ込み取り出した発明品を背中のロボットアームに装着させる。

 大きく四角い鉄の箱。それは、世間一般ではミサイルランチャーと呼ばれる類のものだった。


「では行くぞっ。コンペイトウミサイル、発射ぁぁあああ!!」


 西加の号令に従い、蓋の開いた箱から、数多の小型ミサイルが解き放たれる。

 白い帯を引きながら飛翔するミサイルが、途中でバラリと分解する。中から現れた無数のマイクロミサイルが火を噴いて飛び、神兵の密集地帯へと降り注ぐ。

 世にも珍しい、七色の爆炎が神兵を吞み込んだ。

 悲鳴すら上げられず、八体の神兵が原子分解されて塵となり消えていく。その光景を眺めながら西加は高笑い。容赦なく、次弾発射の命令をアームに下す。


「むむむ、これではまだ地味か? せっかく戦うのだし……やはり、私が一番目立ちたいっ!」


 子供らしい自尊心が、西加を更なる暴挙に駆り立てる。

 ロボットアームが展開。二つだった腕を四つに増やし、空いている腕にそれぞれ玩具のようなデザインの銃を持つ。


「ふはははははは! 古の神よ、科学の力を知るが良いっ!」


 一見すればキャノン砲か重機関銃といった様相の銃器から吐き出されたのは、天才・物宮西加謹製の重力殻円周弾だ。

 この弾は、着弾点を中心に直径一メートルの制御された異常重力場を発生させ、内部の物体を圧し潰す――要するに、『周囲に影響の無いマイクロブラックホールを作り出す』弾丸なのである。

 そんなものが音速の十三倍の速度で、かつ秒間七百二十発もばら撒かれるのだから、幾ら神とは言っても末端の神兵では抗えるはずもない。

 ミサイルと合わせ、数十の兵達が瞬く間に灰燼と化した。それでも満足せず西加は銃器――カルバリオ・ランチャーに備え付けられた、第二の砲塔へと弾を装填。やはりお手製のグレネードを三発ずつ、高速で撃ち出す。

 それ等が神兵達の間に到達した所で、西加は手元のスイッチをポチッと押した。


「喰らえっ。オカン・インパクト!」

『たかしー! 何時までも部屋に籠もってアニメなんて見てないで、ちゃんと働きなさい!』


 瞬間、グレネードが弾け、何処か懐かしい女性の声が辺りに響く。


『たかしー! 宿題はちゃんとやったの!?』

『たかしー! 服買ってきてあげたわよ!』

『たかしー! ……あら、思春期だものね。そういう事もするわよね』

「「「グオォォォォオオオオオオ!」」」


 それ等の音声を聞いた途端、爆発地点の周囲に居た神兵達が揃って悲鳴を上げたかと思うと、ボロボロと瓦礫のように崩れていった。

 この武装は、西加が造り上げた音響兵器の一種である。特殊な音波によって至近の生物を内から崩壊させる代物であり、言葉の内容自体に意味は無い。西加の趣味だ。

 威力を保持しながらただの『音』ではなく『音声』にするというのは至極難しい事であり、天才・物宮西加だからこそ成せる武装でもあった。完全に無駄な努力だが。


「ふはははははは! まだ終わらんぞっ。お次は新武装だ。行けっ、真・竹中んねる!」


 倒すそばから湧いてくる神兵に怯みもせず、むしろテンションを上げて、西加は指揮者のように腕を振るう。

 途端、月夜の暗闇から十二個もの三角錐の物体が飛んでくる。藤吾に与えた、実力に合わせてダウングレードされたものでは無い。西加の技術の粋を尽くした自律稼動式浮遊砲台である。


「ふっふっふ。私にも敵が見えそうな気がするー!」


 三角錐の先に一門、根元の四方に四門。一機に付き五門、十二機合わせて計六十門の砲門から吐き出される高出力レーザーが、神兵の群れを容赦なく撃ち抜いた。

 先程までの三つの武装も合わせ、西加の周りはまるでパレードのような賑やかさである。あまりのはしゃぎように、上空のレストでさえ口元を引きつらせる程だ。


「張り切っているねぇ、博士は。まあ、彼女は今回の戦いでほとんど何もしていないし。仕方が無いか」

「敵さんと穏便な交渉が成立しちゃったらしいからねー。ここぞとばかりに活躍したいんでしょ」


 砲撃を続けながら地上を見下ろすレストの隣に、高く跳び上がった七海が並ぶ。

 レストがちらりと横顔を窺えば、彼女は無邪気な獣のような、獲物を狙う目をしていて。


「ふふ、私も負けてらんないかなっ。このままじゃあ供給速度に追いつけないし、ちょっと大きく行くよー!」


 ふらり、直滑降。七海の身体が地上に向かって降下する。

 同時に集束した巨大な力を感じ、落下予想地点の周囲に居る神兵達が、揃って空を見上げ一斉に光線を撃ち放った。

 それ等は途中で合流すると、一本の巨大な砲撃となって七海に迫る。末端とはいえ数十の神が力を合わせた砲撃だ。当たれば、月の一つや二つは軽く消し飛ぶだろう。

 だが、七海は恐れない。怯まない。避けもしなければ退きもしない。落下しながら、無傷の左腕を引き絞る。


「それじゃあ行っくよ。ゼロ・ドライバー!」


 そうして、己が力を解き放つ。

 振り下ろされた左腕と、集束された砲撃がぶつかり合い――まるで初めから存在しなかったかのように、砲撃が掻き消えた。

 彼女の持つ力、ゼロ・ドライバーだ。その力は正にゼロ。山も、海も、星も、概念も、存在も。あらゆるモノをゼロに帰す。


「まっだまだー!」


 そのまま落下した七海の拳が、神兵の頭を打ち据えた。

 ゼロ・ドライバーの効果によって、神兵の存在が消え去っていく。同時に広がった力の波紋が、周囲の神兵をも纏めてこの世から消滅させた。


「…………」


 その光景を眺めながら、四字。刀を振るい、近場の神兵を片っ端から膾斬り。

 鋭すぎる斬撃は神にさえ防御も回避も許す事無く、確実に死を齎した。光の森の中を跳び回り、彼は更に死を齎す。

 あっという間に、屍の山河。と言っても神兵は神力となって散ってしまうので、死体は直ぐに消えるのだが。

 斬りながら、四字は思う。別段この程度の相手に全力も、本気も出す必要は無い。が――


「弟子が世話になった。少し強くいくのも一興、か」


 要するに、八つ当たりである。

 弟子を痛めつけたアンマリーは既に死に、この神兵達にはほとんど関係ない。だが、弟子をボロボロにされて何も感じない程、四字は彼女に無頓着な訳ではないのだ。

 矛先を定め、一度地上に降り立つ。多数の神兵が彼目掛けて迫ってくるが――四字はただ静かに、刀を下段に構えた。


「極みの、六」


 ゆっくりと歩き出す。殺到する拳。光弾。光線。

 全てを見切り、四字は跳んだ。


「――『ながれ』」


 ひゅうるり、柳のような軽やかさと、風の如き疾さで。身を捻った四字が、攻撃の合間を縫って神兵達の隙間を駆け抜ける。

 するとどうだろう。まるで初めからそうであったかのように、すらりはらりと神兵達の身体に線が走り、瞬き一つの間にバラバラ死体の出来上がり。

 これぞ、四字が生み出した剣の極みの一つ。あらゆる攻撃を流し、相手を切り裂く業――『流』である。


「博士だけではなく、二人も中々本気のようだ。そろそろ決着を着けなければ流石に博士お手製の結界でも持たないだろうし――私も、本気で行こうか」


 彼等彼女等の活躍に触発されて、レストも動く。

 一旦、砲撃を撃ち止め。チャンスと見た神兵達の放ってくる攻撃を世界を圧縮した『盾』で以って受け止めながら、悠々と天上に手を伸ばす。


「今回は少しばかり、アレンジを加えようか。そうだな、参考は……鞭」


 同居人の少女が使う魔法を思い浮かべ、魔力を練り上げる。

 上げられた右腕の先に集う無数の『盾』。それ等はあっという間に槍の形を成し、更に芯を通すように中央を一本の世界が貫き通す。


「三人は……まあ、勝手に避けるだろう。では」


 まるで朝、散歩に行くかのような気軽さで、レストは右腕を振り下ろす。

 応じて槍が動き――伸びた。


「さようなら、神兵の皆さん」


 鞭というよりは、蛇腹剣と言うべきか。

 華麗にターンを決めたレストに従い、槍もまた一回転。圧倒的な破壊力を以って、ただでさえ崩壊寸前だった公園の、九割をなぎ払う。

 後に残るのは両手で数えられる程に減った神兵と、批難の目を向けてくる三つの人影。


「さて。それじゃあ、封印を施そうか」


 全てを無視して、レストは悠々と飛行した。

 三人が残党を処理している間に、素早く魔法を練り上げる。

 辿り着いた封印中央部を包み込むように両腕を広げ、魔法陣を展開。より高次元へと昇華させながら魔力を流し込み、再封印の魔法を完成させる。


「おや、少々面倒なものが出てきたな。残念ながらもう時間切れなんだ。君は、沈んでおいてくれ」


 抵抗するように封印から顔を出した、一際大きな光の巨人。

 その頭を、上空に展開した巨大な魔法陣から撃ち降ろした極光で押さえつけ、レストは封印魔法を行使する。


「閉じて、塞げ。クレセント・オブ・ローレンド」


 六芒星に似た陣が封印を中心に展開され、輝きを放つ。

 レストの膨大な魔力が惜しげもなく注ぎこまれ、陣は一層強く発光。次第に中心部へと集束し……最後に、目が焼けそうなほど強い光を放ち、完成を向かえた。


「ふぅ。これでやっと終わり、か」


 マントの裾をはためかせながら、満足げに呟き。

 再封印の完了と、残党の掃討と、公園の完全崩壊を以って。長く続いた月夜の戦いは、やっと終わりの時を向かえたのであった。

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