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ナインテイカー  作者: キミト
第三章 『極剣』
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第二十四話  闇の中で光に散る

「く、ぁははは、はははははははははは!!」


 漆黒の世界に、肺の底から引きずり出したような笑い声が響き渡る。

 広がる青年の声は世界を揺らし、それに呼応するように彼を包んでいた障壁が消滅していく。

 身を守る檻から姿を現して、絶える事なく青年――レストは声を上げ続けた。何処までも何処までも、沸きあがる喜びに身を任せ。呆気に取られるモーゲルラッハをも無視して、堪えるように身を屈める。

 やがて笑い声が静まると、悪魔は怪訝な顔で問い掛けた。


「いやはや突然の狂笑、全く驚きました。もしや血の流しすぎて頭がおかしくなったので?」

「く、くく。いや、そんな事は無いさ。ただ……本当に、本当に、嬉しくてね」

「嬉しい? 重症を負い、障壁の中に籠もるしかない程に追い詰められておきながら、ですか? それはまた、度し難い趣味ですなぁ」

「別に趣味では無いさ。痛いのも苦しいのも、私は御免だよ。最も――目的の為に必要ならば、別だけれどね」

「ふむ。では一体何が喜ばしいのですかな? わざわざ障壁から出てくる程なのですから、もしや勝機でも見つけたのですかな」


 懐から煙管を取り出し火を灯すモーゲルラッハに、レストは見当違いだと肩を竦める。じわり、腹部の傷から漏れた血液が、珠となって滴り落ちた。


「別段、勝機を見つけてなどいないよ。いやそもそも、見つける必要など無いんだ」

「? 見つける必要が無い?」

「ああ……まぁ、そこは今は置いておこうじゃないか。さて、私が何に喜んでいるか、だったね」


 思い出したように、もう一度笑う。

 吊り上がった口端のまま、レストは答えた。


「単純だよ。私の目的が達成されたからだ。それも、予想以上の成果を上げて」

「ほう、目的。私達の撃退以外にもそんなものがあったとは、驚きですな」

「ふふ、だろうね。君達には関係のない事だ、分かりはしまい。いや、完全に無関係では無いのかな」

「んん? いまいち分かりかねますな」


 要領を得ないレストの言葉に、モーゲルラッハは首を傾げる。

 そうして煙管に口を付け、煙を吸い込んだ所で、レストが口を開いた。


「ならば簡潔に言おう。私の目的とは、私が目を掛けている者達を成長させる事。そう――君達という脅威を使ってね」

「……それはもしや、貴方の周囲でうろちょろしていたあの学生達の事ですかな?」


 見当を付け、モーゲルラッハは返す。

 事前にレストについて調査していた彼は、その周囲に良く居るリエラ達についても一応は知っていた。

 何の脅威にもならないとスルーしていたが、そもそもが疑問だったのだ。レスト・リヴェルスタ程の人間が、何故あんな凡庸な者達を周囲に置いているのか。

 確かに常人に比べれば才能はあるかもしれない。だが、ナインテイカーのような最上級のそれとは比べ物にならないほど矮小だ。所詮、常人の領域から抜け出せる人間達ではないのである。

 一言で言えば、吊り合わない。それがモーゲルラッハの正直な感想だった。

 だから、レストが頷いた事には素直に驚いた。まさか本気であんな者達に目を掛け、育てようとしているとは、と。


「いやはや、酔狂な事で。まあ強者なりの遊びと思えば、ありえなくもないですかな」

「失礼な、遊びのつもりなどないよ。私は本気だ」

「はは、そうですか、これは失礼。それで? その少年少女達は、どれほど成長したのですかな?」


 大方、私の部下の悪魔達をいくらか倒し、経験を積んだのだろう。

 そう考え気軽に問い掛けたモーゲルラッハの脳は、返された答えに数瞬事実を吞み込めず、停止する。


「彼女を倒すほどだよ」

「……彼女?」

「ああ。ほら、何と言ったっけ。先程まで君と組み、私と戦っていたあの天使の……そう、アンマリー。アンマリー・ロッテだ」

「彼女を、倒す? ……何を言っているのか、良く意味が分かりませんな」


 無意識の内に、吸おうとしていた煙管から口が離れていた。

 微かな動揺を抱く悪魔に、レストは子の学芸会を見た親のような表情で、言う。


「ああ、本当に素晴らしかったよ。あの輝き、まさかあそこまで行くとは。精々命懸けの戦いで少しばかり成長する程度、と思っていたのだけれどね。あの天使を倒すほど成長するとは、まさに望外の喜びというやつだ」

「……いやはや、冗談も程ほどにしてほしいですな。あの程度の人間達が束になった所で、どうやってアンマリーさんを倒すというのです? しかも今貴方は、ミナリーさんの造ったこの世界に閉じ込められています。此処は外界と完全に遮断された世界。外の状況など分かるはずが――」

「だから、君は甘いんだ」


 反論を遮り、レストは笑った。

 先程までの歓喜の笑みでは無い。愚か者を見下す、それはまごうことなき嘲笑だった。


「甘い? 私がですか?」

「ああ。この程度の世界で私の魔法を遮断出来ると本気で思っているその思考。それを甘いと言わず、何と言う?」

「いやはや、冗談は程ほどにして欲しいと、先程述べたはずですが。この世界の強固さは私も良く知っています。いくら貴方でも破ることは出来ませんし、まして気付かれること無く外の様子を窺うなどと――」

「出来るんだよ。君には出来なくても、私には、出来る」


 赤子に言い聞かせるように一言一句、はっきり告げる。

 言葉を失ったモーゲルラッハに、レストは更に追い討ちを掛けた。


「君はずっと勘違いしていたようだが。そもそも私の――私達ナインテイカーの力というものは、君達凡庸な存在の想像する遥か上をいくものだ。押さえ込めると思うほうがおかしいんだよ」

「貴方方の力が強大なことは知っています。しかしですな、想像の遥か上は言い過ぎではないですかな? 実際今、こうして貴方は私に追い詰められている。重症を負っているとはいえ、これが想像の遥か上の力とは、私の想像力はどれほど貧困だと思われているのか」

「くく、本気で言っているのかい。追い詰めた、なんて」


 くすりと、挑発するレストにモーゲルラッハの眉が上がる。

 レストが、右腕を軽く掲げた。


「では、証明しよう。君の想像力がいかに貧困なのかを、ね」

「むっ。仕掛けてきますか――」


 右腕の先に浮かんだ魔法陣に、モーゲルラッハが煙管を懐に仕舞い、戦闘体勢を取った瞬間。

 認識よりも早く。飛来した極光が、彼の片腕を消し飛ばしていた。


「はい? ……――!」

「どうかな。これで、少しは分かってくれたかな?」


 人間とは違う、ドス黒い血を噴出させる左腕を押さえ、モーゲルラッハは声にならない悲鳴を上げる。

 そこで漸く理解した。あまりに速く、あまりに強烈な砲撃が、我が身を撃ち砕いたのだ、と。

 だが同時に、理性が馬鹿なと否定する。


(私が認識も出来ない速度ですとっ? そんなものこの世に有るはずが)

「有り得ない、と考えているのなら。やはり、君は甘いよ」


 思考を、透き通る声音が遮った。

 顔を上げれば何時の間にか、周囲に無数の魔法陣を浮かばせたレストが此方を見下ろしている。その魔法陣一つ一つから感じる力が……あまりに、大きい。


「何です、この力は。一つ一つがまるで、世界そのもののような――」

「君はなにやら勘違いしていたようだが。私の行う世界の創造とは、比喩的な表現では無い」


 両腕を広げ、レストは悠然と構えを取る。


「恐らくはこう思っていたのだろう。事前に手間隙を掛け用意しておいた世界を呼び出しているだけだ、と。大量の準備や協力者を以って造った世界を使っているだけなのだ、と」

「……それが、何かおかしいことで?」

「ああ、おかしいとも。私はそんな面倒な真似などしていない。純粋に、その場で、一から新たな世界を創造しているというのにね」


 残酷な現実を、それでも躊躇わず、彼は語り続けた。


「君は有り得ないと考えるだろう。そんな事は出来るはずが無いと。だが、出来るんだよ。私にはそれが出来る。君達とは力の領域が、根本的に違うんだ」

「……不可能です、そんな事は。或いはもし、もしそれが本当だと言うのなら。貴方は私を……いえ、私達を一蹴できたはず。なのに、何故そうしないのです?」

「答えはもう言っただろう? 島にピンチを齎すことで、あの子達の成長を促す為だよ。その為にわざわざ七海君に声を掛けて、裏切りの真似事をしてくれるよう頼んだんだからね」

「裏切りの、真似事?」

「そうだ。まさか本気で、彼女が君達に付いたとでも? 冗談は程ほどにしてくれないか。失笑が漏れてしまうよ」


 口元を抑えるレストに、辛うじて平静を保ち、モーゲルラッハは言い返す。


「私とて、あの程度の対価で彼女が本当に此方に付いてくれるとは思っていませんでしたとも。裏切ったふりをしている可能性も、当然考慮していました。そして、それでも良いとも」

「ほう。それで?」

「事実はどうあれ、少しでも此方が有利になればそれで良かったのですよ。実際、彼女は貴方に重症を負わせてくれた。その傷は演技では無いでしょう? 彼女の思惑は分かりませんが、本当に貴方に頼まれ裏切ったふりをしていたというのなら、幾らなんでも腹に穴を開ける必要は無い。やり過ぎにも程があるはずです」

「そうだね、その点には同意する。加減は彼女に任せていたのだが……まさか此処までされるとは。私も、ちょっぴり本気で驚いてしまったよ」


 困った顔で、レストは苦笑した。

 そこに嘘の色は無い。驚いたことも、そして七海に任せていたというのも、全て本気の色だった。


「まあ、彼女は中々に単純な性格だから。死なない程度なら良いだろう、とでも思ったんだろうね」

「まさか。それで、味方の腹に穴を開けるのですか? 治癒阻害まで掛けて?」

「やったのさ、実際に。まあ私としても驚いただけで、別に構わないけどね。おかげで君達が勘違いしてくれて、真実味が出たことだし」

「真実味?」

「そう、それが私が君達に求めたものだ。こんな傷を負わずとも、君達と適当に戦って、追い詰められたふりをするのは簡単だった。けれど、それでは君達は疑いを持つだろう? 果たしてこんなに上手く行くものだろうか、と」

「…………」

「そしてその疑念は、必ず表層にも出てくる。今と同じ様にアンマリー・ロッテが封印の解除に向かい、リエラ達とぶつかった時。彼女達にもその疑念はきっと伝わってしまうだろう。『もしかしてレストの奴、何か企んでいるんじゃあ?』と」


 確信にも近い推測だった。

 これまで自身に接してきたリエラ達なら、その些細な違和感にもきっと気付く。そう、レストは考えたのだ。

 もしそんな事態になれば計画は台無しだ。きっと彼女達は心の何処かで『いざとなったらレストが何とかしてくれる』と考え、真剣さを失ってしまうだろうから。

 それはほんの僅かなものかもしれない。だが、極限の成長を望むレストにとっては、決して見逃せない甘えだった。だからこうして傷を負い、島を危険に晒してまで、真実味を求めたのだ。自分達はナインテイカーを追い詰め優位に立ったのだ、という本心からの勘違いを。

 その勘違いがリエラ達の甘さを断ち切り、ひいては成長へと繋がってくれるのだから。


「一応言っておくと、博士も同様だよ。七海君と違い裏切ったりはしないが、余計な手出しをしないよう事前に頼んでおいた。最初は難色を示されたけどね、彼女はとっても良い子だから」

「その良い子が、島やその住民を危険に晒すことを了承したと?」

「説得したのさ。そもそもこの世界の外から来た私達ナインテイカーが、全てを解決するのもどうなのか、と。被害は出るかもしれないが……それでも、この島の者達にも戦ってもらおうじゃないか、とね」

「ならばっ、四字練夜はっ」

「彼だけは別だ。何も話していない。あんな性格だからね、多分了承してはくれないから。それに彼は演技が下手そうだしねぇ、大根役者のせいで仕掛けがばれたら目も当てられないよ」


 そのせいで後で怒られそうだけど。

 そう言って、レストは首筋を搔く。頭の中ではどうしたら許してもらえるかなー、と暢気な事を考えていた。

 一方、真実を告げられたモーゲルラッハは平静では居られない。全てが彼の手の平の上だったのだから当然だ。


「……貴方の言い分は理解しました。いやはやしかし、それが本当に真実だとは……」

「分かっているだろう? 君はもう、分かっているはずだ。私の言っていることが嘘などではない、全て真実なのだ、と」

「…………」


 モーゲルラッハは、何も言い返せない。

 正に言う通りであったから。レストの言葉から、声音から、それが真実だと感じてしまっている。心の奥が、真実だと叫んでいる。

 そして何より、外界のミナリーと繋がっているラインから送られてくる情報――アンマリーの力が消えた――が、揺るぎない証拠としてその感覚を支えてしまっていた。

 否定出来ず、ただ押し黙るモーゲルラッハ。俯く彼に、レストは小さく嘆息する。


「さて、それじゃあ真実も分かったところで。いい加減、決着をつけようか。これ以上茶番を演じる意味は無い、早々に片付けて、彼女等の下へ向かうとしよう」

「……いやはや。仕方の無いことですな」


 悪魔の口から諦観が漏れた。

 けれど即座に暗色は消え、何時もの調子で彼は言う。


「――致死三法トリプルレッド

「おや。魔界の帝王が持つ、死の力か。今回の戦いの為に借りてきたのかい?」

「ええ、切り札として授かってきたのです。使えるのは一度のみですがね」


 全身から異常な死臭を撒き散らし、モーゲルラッハは苦笑する。

 漆黒の世界に、死が満ちて行った。だが、レストは纏う魔力だけでその全てを跳ね返す。


「聞かないよ、借り物の致死三法など。それは無機物有機物関係なく、あらゆる存在に死を齎す驚異的な力だが、魔帝が使ってこそ本領を発揮するものだ。君が使っても、私になんら影響を与えることは無い」

「でしょうな。ですがもしかしたら、少しくらいは動きを鈍らせることが出来るかもしれません」

「諦めないのかい? 力の差は、痛い程に感じているはずだが」

「ええ、それはもう。何せ片腕が吹き飛んでいますからなぁ。瞬間転移も、反応出来なければ役立たずですし。私に勝ち目は無いでしょう」

「理解して尚、戦うのかい?」

「ええ、勿論ですとも。魔帝様から力をお借りしておいて、おめおめ逃げ出す事など出来ません。そんな事をすれば、あの方の力で殺されてしまう」


 ならば。そうなるくらいなら。


「最後まで、全力で足掻き続けて見せましょう。もしかしたら貴方が目を掛けている少年少女のように、私も成長するかもしれませんしね」

「くく。それはそれで面白いし、私は歓迎だよ。どちらにせよ、君の未来は同じだけれどね」

「でしょうなぁ。全く、私も馬鹿な相手に勝負を挑んだものです」


 黒い魔力が集束し、形を成し、失った左腕の代わりとなる。

 腰を落として拳打の構えを取る悪魔に、レストは魔法陣を輝かせながら、最後に尋ねた。


「ところで。君は何故、この島の封印を解こうとしたんだい? アンマリー・ロッテは封印された主の為。あの少女、ミナリーは君達に協力を頼まれた為。そしてあのゾンビ、ギギール・エンは多分、派手な騒ぎを起こしたいからだろうが。肝心の君の理由は何なのかな?」

「ほほ。そんなもの、決まっていますとも」


 虚空を踏み締め、黒い魔力を漲らせ。


「人間に少しでも多く苦痛を与えたい。それが、我等悪魔の生きる理由です」


 禍々しく唇を吊り上げて、悪魔は人間に挑んで行った。


 ――それから一分と十三秒後。視界を埋め尽くす輝かしい極光が、モーゲルラッハの最後に見た光景だった――

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