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ナインテイカー  作者: キミト
第三章 『極剣』
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第二十話  極みの剣

「お前の狙いは、一体何だ?」


 九天島某所。辺りに人気の無い山間の一角で、四字は目の前の少女へと問い掛ける。

 切っ先を向けられているというのに、彼女――七海に焦る様子は無い。平素と変わらぬ軽い調子で、トントンと地を爪先で叩いているだけだ。

 当然、答える口調もまた軽く。


「ん~? 言ったじゃん、ご飯を奢ってもらったからだって。レスっちと違って私はお金持ちじゃないからさー、あれだけお腹一杯、美味しいものを食べられるってのは貴重なんだよ?」

「だとしても。それだけが理由か?」


 虚偽は許さぬ、という意思を籠めた瞳が七海を射抜く。

 彼女がわざとらしく口笛を吹いた。誤魔化すような態度に、四字は重ねて問い掛ける。


「今回の裏切り、軽い行為では無い。冗談では、済まされないぞ」

「こっわいな~。良いじゃん、そうカリカリしなくても。ちょ~っとレスっちのお腹に穴を開けて、練くんを足止めしてるだけでしょー?」

「それが許されないと言っている。お前の行為は、テロリストに加担し島を崩壊へと導くものだ。その重さ、斬刑に値する」


 ナインテイカーは何も、学園やこの島に従属している訳では無い。

 むしろ強大な力を持つ彼等であるから、その行動には多大な自由が約束されていた。縛る事が出来ない、とも言えるだろう。

 だがそれでも、最低ラインというのはあるものだ。踏み越えてはならない線。行ってはならない領域。

 そんな場所に、今の七海は踏み込んでいる。明らかに悪辣な相手に加担し、島を滅ぼす事に協力しているのだ。到底、見過ごせる問題ではない。

 当然こんな真似をしていれば、相応の酬いがあるだろう。他のナインテイカーはおろか、最悪『永天』が動いて存在ごと抹消されかねない。

 七海とてそれ位は理解しているはず。にも関わらず、豪勢な食事につられて島を裏切るような真似をするだろうか?


(……有り得ん。そもそも、奴の気質は『真昇華』と違って至極まっとうな『善』だ。マイペースな所はあれど、島を滅ぼす者達に加担する訳が無い)


 何か、もっと別の理由がある。四字は内心でそう結論付けた。

 迷いは無い。彼女とは決して深い付き合いでは無いが、それでも悪人では無いという事ぐらいは感じ取れていたからだ。

 なればこそ裏切りの理由が分からず、四字はもう一度問い掛ける。


「もう一度訊く。お前の狙いは、何だ? ……いや。裏切った本当の理由は、何だ?」

「あーららー? 私の言い分は、全然信用されてないみたいだね」

「言うに及ばず。そもそも、戦い方が、異常だ」

「んん? 何の事かな?」


 そらとぼける七海だが、効果は無い。

 四字の頭の中で、少しずつ答えが形を成してきていた。


「お前は俺と戦う中で、わざと戦場を悪魔の大群の中へと移した。それも何度もだ。偶然では、済まされない」

「それはほら。二人きりってのも、寂しいじゃん?」

「下らんな。そんな理由で、仲間であるはずの悪魔を、自分達の戦いに巻き込むのか? 余波だけでも、簡単に消滅すると知っていて」

「いやー、確かに彼等には悪いことをしたねー。でもさ、仲間と言っても別に私は彼等の事を知らないし。消滅したからって、悲しくも無いしさ」

「ならば巻き込むのは、警官隊でも良かったはずだ。敵であるはずの人間を避け、仲間であるはずの悪魔だけを巻き込む。これを異常と呼ばず、何と呼ぶ?」

「気まぐれとでも呼べば良いんじゃない? もしくは天邪鬼とか」


 どうやら、まだとぼけるつもりらしい。

 大根役者も目を剥く棒演技で応答する七海の顔には、薄っすらと冷や汗が滲んでいる。彼女自身、無理を言っている自覚はあるようだ。

 追求の目が、更に鋭さを増していく。


「加えて言えば。何か企んでいるのは、お前一人ではないな?」

「そりゃあそうでしょ。モーゲルラッハさん達と協力して、封印の解除を企んでいるんだから――」

「違う。『速狂士』――物宮西加の事だ」


 ギクリ。七海の瞬きの回数が、露骨に増加した。


「別れてからずっと、彼女が戦う気配を感じ取れていない。まだ島内に居るというのにだ」

「あー、一瞬で終わっちゃったんじゃない? 敵が弱くってさ」

「だとしても、その一瞬を感じ取れるはずだ。或いはお前の言う通り、戦いが終わっているのなら、何故彼女は何も行動しようとしない? レストを助けるか、此処に加勢に来るか、悪魔達を迎撃するか。彼女の性格ならば、何かしら行動するはずだろう」

「疲れちゃったんだよ、きっと。もしくは……ほら、あの子まだ子供だしっ! お寝むになっちゃったのかも!」

「モーゲルラッハ達と相対する前。合流した時、彼女は言っていた。『この戦いの為に、ばっちり睡眠を取って備えてきた』とな」

「あー……そういえばそんな事、言ってたような、言ってなかったような?」

「加えて、幾ら幼いとはいえ、この状況で睡魔に負ける程愚かとは思えん。そもそもよく気配を探れば、感じ取れる。倒すべき敵と共に居る、彼女の気配がな」

「それは大変だー! もしかしたら捕まって、身動きが取れないのかもしれないなー」


 清々しい程の棒読みだった。

 明白な苦し紛れを、四字はバッサリと否定する。


「有り得んな。あの程度の敵に、彼女が捕らえられるなど。恐らくはお前と同じ。相手と何らかの交渉を持ち、互いに動きを止めている。そんな所だろう」

「いやぁ、まさか。彼女がそんな、ねぇ?」

「もう一つ。最も重要な、問いがある」


 スッ、と刃先が鈍い光を放った。


「レスト・リヴェルスタ。あの男は、何をしている?」

「んん? 嫌だなー練くん、君だって感じ取れてるでしょ? 彼がモーゲルラッハさん達の造った異空間に捕らえられてしまった事くらい。私が重症を負わせたしさ、多分凌ぐので一杯一杯なんじゃないかな?」

「無いな。それもまた、有り得ない」


 即断即答。


「あの男が、あの程度の傷で、あの程度の相手に敗北するものか。いやそもそも、追い詰められる事すら有り得ない。それは、同格の力を持つ俺達こそが、最も良く知る所だろう」

「それはちょっと言い過ぎじゃないかなー? モーゲルラッハさん達は強いよ? しかも数でも勝ってるんだから、誰が見たって有利なのは――」

「レストだ。間違いなく」


 やはり即答し、四字は目を細める。

 どれだけ問答を繰り返しても揺るがないであろう強固な意志が、双眸に籠もっていた。これには七海も返す言葉が出てこない。

 黙ってしまった彼女に、四字は続ける。


「それだけの実力差が、ある。にも関わらず、まだ異空間から出てこない。戦いを継続しているというのなら。答えは一つだけだ」


 僅かな怒気が、刃先に滲む。


「奴もまた、何かを企んでいる。いや、お前達三人が協力し、何かをしようとしている。違うか?」

「…………」


 七海は何も答えない。

 それは果たして答えないだけなのか、それとも答えられないのか。

 沈黙が流れる。しかし十秒と経たない内に、四字が刀を払い、構えを解く。


「――下らない事を訊いたな」

「あれ? 良いっの練くん? 確信がある! って態度だったのにさ」

「構わん。気になるから訊きはしたが、実際、真実は重要な事でもない」


 戦闘体勢の解除。……否。

 むしろ、戦意は更に増していた。構えを解いたのは戦いを止める為ではなく、逆。


「敵は、斬る。それだけだ」


 本気で戦う為。構えを変える為だった。


「――。……やっばいかな、これ」


 ひしひしと肌で感じる押し込められた剣気に、七海は頬をひくつかせる。

 腰溜めに、後ろに引くように剣を構えた四字は、間違いなく本気であった。本気で此方を斬ろうとしている。本気で、斬り殺そうとしている。


「そーこまで殺気立たなくても良いんじゃないかな~。ねっ、ねっ?」


 可愛らしくおねだりしてみる七海だが、既に腰を落とした四字に効果は無い。

 見誤った、と彼女は内心焦りを顕にした。

 元よりおかしな裏切りだったのだ。リスクとリターンがまるで吊り合っていない。誰だって、その奇妙さには即座に気付く。

 四字もまた当然で、だからこそ本気で戦わないだろうと。様子を見つつ、真実に勘付き、そのまま戦いを止めるだろうと。七海はそう考えていたのだ。

 しかし違った。大筋は当たっていたが、最後の最後。詰めの部分が想定とはかけ離れていた。


(此処最近、平和な所しか見てなかったから忘れてたけど。彼は、そうだ。こういう人間だったっけ)


 常人ならば、手を止め話し合おうとする場面。

 どういう事なのか、と更に詳しい話を聞こうとする場面。

 だが四字にそれは当て嵌まらない。事情を話そうとしないのならば、無理に聞き出す事も無い。そう判断するのだ、彼は。


 何故なら。斬れば全ては終わるのだから。


「ちょちょちょちょちょ~っと待った! 分かった、全部話すから、その刀を納めようよ! ねっ! ほら下手すると、私と博士とレスっちと、三人を敵に回す事になるかもしれないぞ~? それは練くんも困るでしょ? ねっ!?」

「構わん」

「嘘ぉ。だってほら、幾ら君が強くってもさ、三人相手じゃ……」

「敵が、どれだけの強さであろうとも。どれだけの数であろうとも。どんな事情があろうとも。立ちはだかるのならば、斬る。それで充分」

「聞く気ないねー、君!」


 涙目になって『わぁーん!』と両手を上げる七海。

 常人ならばやはり冷めた目で見るような行動だが、やっぱり彼には通じない。

 無駄な行動で出来た隙に、四字の疾風の踏み込みがかちりと嵌る。


「――極みの、一」


 体勢低く懐に飛び込んできた彼に、七海の全身がざわめく。

 真っ二つになった己を幻視した。即座に意識が切り替わり、渾身の能力ちからを右手に籠める。

 刀と拳。二つが振るわれたのは、全く同時。


「――『斬』」


 解放された本気の剣気が、島に激震を齎した。

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