第十七話 月夜のお茶会
冷たい風が、見詰め合う二人の間を駆け抜ける。
突然の乱入者にも気を害する事無く、アンマリーは男――古賀荘厳へと口を開いた。
「この子達の友人、でしょうか。魔導真機を使える辺り、実力はあるようですね」
「友人、か。そこまで深い関係では無いと思うが」
戦斧を肩に担ぎ、荘厳が答える。
ちょくちょくと関わりはあるものの、彼自身は特にリエラ達と友好を深めた試しはない。友人と呼べるかといえば、微妙な所であった。
あらそうですか、と漏らし、アンマリーはメイスを持ち上げる。
「ですが何にせよ、貴方もまた美味しそうな魂をお持ちのようです。悲願成就を彩るご馳走が増えたと思えば、悪くは無い乱入ですね」
「ふん。お前が誰かは分からんが、どうやら叩きのめしても問題の無い人間のようだ。いや、そもそも人間では無い、か」
背の翼を見詰め、両手で真機を握り締める。
魔力を昂ぶらせた荘厳は、ゆったりとした歩調で近づいて来る天使へと、掲げた真機を振り下ろした。
解き放たれる青紫色の奔流。地を砕き迫る重力波に、アンマリーが迎撃のメイスを振り下ろす。
暴力と暴力の激突が、月夜を揺らした。
砕かれた重力波が辺りに暴風を巻き起こす。
「パワーはあるようですね。私程では、ないようですけれど」
「……何時まで寝ている。とっとと立ち上がれ」
掛けられる言葉を無視して、荘厳はリエラ達へと視線を巡らせる。
はっとした様子で、皆が立ち上がった。まだ身体は痛んだが戦えない程ではない。荘厳が時間を作ってくれたおかげで、一呼吸の休憩は取れていた。
前衛の三人が、彼の隣へと並ぶ。
「ありがと。理由は知らないけど来てくれて、助かったわ」
「……他に行く当てもなかったからな。それと感謝なら後にしろ。奴を倒してからにな」
「簡単に言ってくれるわね。相当強いみたいよ? あいつ」
「ならば逃げるか?」
「まさか。それだけは無いでしょ」
言い切り、リエラは真機を構える。
同じように藤吾もまた真機を構え。世羅が、一拍遅れて刀を構えた。
その動きの鈍さに気付き、リエラが心配そうな目を向ける。だが世羅は何も話さず、ただじっと揺れる瞳で前を見るだけだった。
(大丈夫なの、クーリエ……?)
彼女が胸の内に不安を抱えている事は、薄々気付いていた。
原因も察しがつく。だから心配だった。明らかに格上の敵であるアンマリーとの戦いを、これ以上続けられるのか、と。
けれど問答する暇は無い。近づくアンマリーの足音に、リエラは戦いへと意識を戻す。
「とりあえず、今は全力で戦うしかない。頼りにさせてもらうわよ、荘厳」
「勝手にしろ。それなりには、合わせてやる」
彼女の周囲を、真っ赤な炎弾が埋め尽くす。
背後で、ニーラと綾香が援護の体勢に入ったのを感じた。両隣では風が渦巻き、重力が軋む。
最後に、黙ったままの世羅へともう一度目を向けて。リエラは炎弾を撃ち放つと、アンマリーへと飛び出して行った。
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騒乱の真っ只中にある九天島。その一角に存在する喫茶店は、静かな平穏に包まれていた。
営業も止まり、従業員は全て避難しているのだから当然だろう。緊急事態だったにも関わらず戸締りはしっかりとされており、電気も消され薄暗い。
そんな店舗の二階にあるバルコニー。誰も居ないはずのその場所に今、二つの人影が存在していた。
白衣を着た幼女とラフな格好をした派手な頭髪の青年、という奇妙な組み合わせの彼等は、クリーム色のテーブルに揃って着き、お茶とお菓子を楽しんでいる。
遠くで、魔力の弾ける爆音が響いた。
「きゃきゃきゃきゃきゃきゃ。良いねぇ、派手にやってるねぇ! やっぱり戦争ってのは、こうじゃなきゃな!」
「むう、それには賛同しかねるな。戦争など起こらないのが一番だ。もし起こっても、出来る限り静かに終わる方が良い」
「そうかぁ? そんなの、何の面白味もねぇと思うがな。きゃきゃきゃきゃ!」
本来、戦っていなければならない二人。物宮西加とギギール・エンの間に、不思議と敵意は無い。
かと言って友好的とは少し違う。独特の生温い空気感が、彼等の間には流れていた。
「いやしかし、あんたが俺の提案を受け入れてくれて助かったぜ。『戦うつもりは無い、戦争を眺めたいだけだ。だからあんたも戦わないでくれ』なんて、無茶な提案をな。モーゲルラッハのじいさん達にゃあ悪いけどよ、あんたらナインテイカーとの正面衝突なんて、俺様は御免だからなぁ!」
「仕方が無いだろう。いきなり土下座までして頼まれては、話も聞かずに断るのも忍びないからな。私は懐が深いのだ、ふははははは!」
豪快に笑い、西加はお菓子に手を伸ばす。
さくさくのクッキーで頬が膨らんだ。リスのようなその姿は大変に愛らしいものだったが、目の前の男には響かない。
彼にとっては、眼下で起きている戦争こそが興味の全てなのだ。
「きゃきゃきゃ。国と国との戦争程じゃあないが、今回の闘争も良い音色じゃねぇか。無力な市民の泣き叫ぶ声が聞けないのは残念だがな」
「むしろ感謝するべきだと思うぞ。もしお前等が――あの悪魔達が誰彼構わず虐殺するようだったら、私とてこうして落ち着いては居られなかったからなっ」
「なんだ。とっとと俺をぶち殺して、悪魔の殲滅にでも乗り出したかぁ?」
「大当たりだ。私の技術の粋を尽くして、皆を助けに行っていただろう」
「きゃきゃ、言ってくれるねぇ。でもそりゃ無理だぜ、俺は死なんからよ!」
げらげらと、腹を抱えて嘲笑するギギール。
だが続く西加の言葉に、笑みはすぐさま消え去った。
「それは、お前が不死の存在……所謂ゾンビだからか? だとすれば滑稽だな。私相手にそんなもの、意味を成さんぞっ」
「お? 気付いてたのかい。でもよ、他のナインテイカーならまだしも、発明品頼りのあんたじゃあ俺の不死を破る事は――」
「出来ないと思うか?」
子供とは思えない、聡明で、落ち着いた声だった。
同時に、何処か冷たさを含んでいる。まるで思い上がった子供を傍から眺めた時のような、悟った声。
一瞬、言い返そうとして……ギギールは直ぐに口を噤んだ。自分が勘違いをしていた事に気付いたから。
「しまったな、こりゃ。俺はあんたを見くびっていたらしい。モーゲルラッハのじいさん達とは、違うと思ってたんだがなぁ」
「はっはっは、分かれば良いぞ。私のような天才ではないのだ、間違いも犯すさ!」
快活に言って、西加はまたお菓子を貪る。
小さな天才。稀代の発明家。馬鹿と天才は紙一重。速狂士。
彼女を形容する言葉は数あるが、ギギールはそのどれでもない、一つの言葉を思い出していた。
「幻想超越。科学で幻想を超えたってのは、伊達じゃないってか」
「んん? 何か言ったか」
「何でもねぇよ、きゃきゃきゃきゃきゃきゃ! しかしこの辺りは寂しいな、いっそ花火でも打ち上げてみるかぁ!?」
「むぐ、中々悪く無いかもしれんな。打ち上げ予定だった花火がそのまま残っているようだし。戦いが終わったら、いっそ派手に打ち上げてみるか!」
ふははははは。きゃきゃきゃきゃきゃ。
対照的な笑い声が、人気の無い市街地に響き渡る。
それを遮ったのは、遠く離れた場所で起きた、爆発的な力の噴出だった――。




