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ナインテイカー  作者: キミト
第三章 『極剣』
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第十三話  襲撃

 一人集団から離れたレストがやって来たのは、人の居ないビルの屋上であった。

 騒がしい眼下とは裏腹に、ひゅるりと寂しい風が吹く。陽が落ちたというのに明るい街を見下ろして、レストは僅かに目を細め、


「これから人と会う予定なんだ。用件があるなら、手短に頼むよ」

「…………」


 振り向きもせず告げる彼の背後に、剣士が一人立っていた。

 夏休みだというのに、変わらず黒い学生服に身を包んだ少年――四字練夜である。

 彼はレストの隣にやって来ると、同じように街を見下ろす。


「奴等が来るぞ」

「ああ、だろうね。何となく感じ取っているよ」

「……大丈夫なのか、お前の友人達は」

「勿論だとも、心配は要らないさ。するなら、君の可愛い弟子にしてあげると良い。彼女、大分まいっていたよ?」

「それこそ無用だ。前に進めないのならそこまで。器が無かったという事」

「厳しいなぁ。もう少し優しくしてあげないのかい?」

「意味が無い。俺に引き摺られなければ歩けないようでは、剣の極みなど生涯見えない。自ら掴み取ってこそ、道は照らされる」

「相変わらずだねぇ。まあ、分からないでもないよ。君は私より放任主義のようだが」


 レストが数歩、前に出る。

 そのままビルの淵に脚を掛けた。八階層下の地面から吹き上がる喧騒が、微かに彼の耳を叩く。

 楽しげな声に目を細める青年の背中に、四字は問い掛けた。


「……行くのか?」

「ああ。きちんと必要な時までには戻って来るよ。それでは数時間後に、また」


 ふっ、と落ちるように、彼の姿が掻き消える。

 誰も居なくなった屋上で、四字は輝き始めた月を見上げ呟いた。


「花火は、中止か」


 ~~~~~~


 明るく飾り付けられた神輿が、道路を悠々と進んでいく。

 道の両脇には大量の屋台。そしてそれらに群がる人の波。

 夜を迎え、祭りは一層の熱……いや、本番を見せていた。

 多くの道路が封鎖され、歩行者の為に解放される。この祭り最大の目玉である花火の打ち上げが近いとあって、人の数は昼間の比では無い。

 その群集から少し離れた所に、リエラ達の姿はあった。


「よっと。ん~、流石にこの辺りは人が少ないみたいね」

「そりゃそうだ。屋台も何もないこんな場所に来る物好きは、そうそう居ないだろうよ」


 遠くに見える街の明かりを見渡して、肩を竦める。

 今彼女らが居るのは、都心から二十分程歩いた場所にある小山の上だ。

 特に何がある訳でも無い。細い山道と幾らかの小屋、それから頂上に見晴台があるだけの山である。

 自然保護という名目で残されているこの場所は、祭りとは無縁だ。にも関わらず彼女等が此処へ来た理由は、偏に花火鑑賞の為であった。


「昼から歩いて、街も人混みももう十分過ぎるほど堪能したし。花火はこういう静かな場所で、ゆっくり見たいでしょ」

「……人混み、好きじゃありません」

「ふふ、そうですね。どうやら私達と同じ事を考えた人が他にも居るみたいです。ちらほら、人影が見えます」


 山道を登ってくる人々を見下ろし、綾香。

 その隣で、世羅は転落防止用の柵に腰掛ける。


「危ないですよ、そんな所に座ると」

「別に良いだろ。私が何処に座ろうと。この程度落ちたって、私なら死にやしねーよ」

「あんたは良いけど、子供が真似するかもしれないでしょー。誰が見てるかも分からないし止めときなさいって」

「ちっ……」


 正論を出され、世羅は舌打ちと共に柵から降りる。

 藤吾が携帯を取り出し時間を確認した。十九時三十七分。花火は二十時からの予定なので、少し時間が余ってしまった事になる。


「まあ良いか。レストの奴もまだ戻ってきてないし」

「てゆーかあいつ、何処行ったの? 人と会うー、とか言ってたけど」

「そこまでは……。ですが、早く戻ってきて欲しいものです。これもまだ付けていませんし……」


 ポケットから取り出したペアリングを眺め、綾香は呟く。

 手に入れたは良いが、リエラ達の介抱に意識を取られ後回しになっていたのだ。そうしている間に、肝心のレストは何処かへと行ってしまった訳である。

 帰って来たらまずまっさきに一緒に付けよう。そう決意する綾香であった。


「まーとりあえず、ゆっくり話しでもして待ちましょうか。風も気持ち良いしね~」


 ぐいー、と背中から柵に寄りかかり、リエラは上半身を大きく逸らす。

 藤吾の目が細まる。胸部を凝視するが、浴衣である程度抑えられているのか期待したような揺れは起きなかった。

 思わず悔しがる。そんな彼に気付いたニーラの瞳が、じと~と冷たくなった。


「……変態」

「は、ふっぁあ!? な、何言ってるんだニーラちゃん。そういう誤解を招く発言は……」

「変態」

「発言は……」

「変態」

「……御免なさい」


 身を戻した時、リエラの目に映ったのは何故か満足気に頷くニーラの姿であったそうな。

 何やってんだか、と疑問に思う。が、それを話の種にするより早く、異常は背後よりやって来た。


「ん? 何?」


 ドーン、と腹の底に響くような低音。次いで微かに、空気を叩く衝撃。

 まだ花火の時間じゃないはずだけど、と思いながらリエラが振り向けば、街の向こうからもうもうと煙が上がっているではないか。

 瞬時に視力を強化し凝視する。だが距離がある事と障害物が多いせいで、何が起きているのかまでは分からなかった。


「火事? いや、さっきの衝撃からすると……爆発?」

「屋台で事故でも起こったんでしょうか。それにしては規模が大き過ぎる気がしますが……」

「はっ、大方祭りで浮かれたどっかの馬鹿が、周りも考えず魔法でも使ったんじゃねぇの。酒の入ってる奴も多いだろうしよ」


 悪態を吐く世羅だが、彼女も薄々感じ取っていた。この島に蔓延し始めた、不穏な空気というものを。

 頭に思い浮かぶのは夕刻の会話。


(まさか本当に、モーゲルラッハ共が――)


 危惧する彼女を余所に、新たに三箇所から煙が立ち昇る。

 同時にまた響く低音。それ等が離れた場所で起きている事から、漸く彼女達はそれが事故ではない事を理解した。


「普通じゃない。これって――」


 言葉を続けようとしたリエラを、響く高音が容赦なく遮る。

 聞きなれている訳では無い。しかし良く知っている音だった。


「これ、緊急警報!? ってことはやっぱりっ……!」

「ああ。多分、来たんだ。例の悪魔共が!」


 鳴り続けるサイレンの音に、一同の顔が驚愕に染まる。

 直後街の各所に存在するスピーカーから、焦った女性の声で避難命令が繰り返された。

 それ等と島の沿岸部から薄っすらと感じ取れる邪悪な魔力の波動は、予測を確信に変えるさせるには充分過ぎる材料だ。

 瞬時に顔から困惑が消え、戦闘体勢へと移行する。事前にレストから話を聞き覚悟していたおかげだろう。

 少ない人影が急いで山を降りて避難所へと向かうのを横目で見ながら、五人顔を突き合わせて状況確認。


「どうする。どうやら悪魔共は海から来てるみたいだが……」

「戦う? でもいきなり参戦したって、逆に場を混乱させるだけじゃない? それにあくまで私達は一般人。積極的に戦場に出て行くのもどうなの」

「師匠はどうしているのでしょうか。もしかしてもう、敵の首魁の所に?」

「……まずは避難、もありかと」

「私はちびすけの意見に賛成だ。戦い、それも殺し合いなんて警察だの軍隊だのに任せとけば良いだろ」


 ちびすけ、と呼ばれたニーラが世羅にじっと冷たい目を向ける。

 だが直ぐに視線を外した。今はそんな事を気にしている場合ではないのだ。


「でもさ、それじゃあせっかく襲撃に備えてきたってのに意味無いじゃない。多分今この島で一番冷静なのは、事前に覚悟してた私達よ。あ、レストとか一部は除く」

「だからって行ってどうする。そもそも敵が来ているのが南区だけとも限らないんだぞ。他はどうするんだ」

「それは……」


 世羅の指摘に、リエラは言葉を詰まらせた。

 結局、一学生であり一個人である自分たちに出来る事など高が知れているのだ。それこそレストのようなぶっ飛んだ力でも持っていない限りは。

 皆、無言で考え込む。その間にも幾度が起こった爆発が、遠く夜空に響いていた。

 やがて口を開いたのは、常と違い真剣な表情の藤吾。


「提案なんだが。島の中央に向かう、ってのはどうだ?」

「中央? それって……」

「そう。レストが言ってた、奴等の狙い。島の中央にあるっていう封印だ。どんな封印かは知らないがそれが解き放たれれば島は終わりだってんだろ? ならそれを守るのが一番なんじゃないか」

「一理あるわね。レストや学園長達を信じていないのなら、警察も封印に大した警備は割いていないだろうし……そこで突破してきた悪魔共を迎撃する位なら、私達でも出来るかも」

「おい、本気か? 試合じゃないんだ。命懸けの戦いなんだぞ!」


 叫ぶ世羅に、リエラは冷静に。


「でもさ、どの道封印が解かれたら終わりなんでしょ? だったら戦わずに避難所に居て死ぬより、戦って抗って死んだ方がマシじゃない?」

「それは……そうかもしれねぇけど」

「別に、強制するつもりはないから安心して。行きたい人だけ、行けばいい。でしょ?」


 確認するように皆に目を向ける。

 誰もが、落ち着いた様子で頷いた。それを見た世羅の顔が苦渋に染まり、


(こいつ等どいつもこいつも……っ。ああ、糞っ)


 ブンブンと頭を振って、背負っていたケースから刀を取り出す。


「分かったよ! 私だって黙って殺されるなんてのは勘弁だ。戦えば良いんだろっ!」

「そうこなくっちゃ。それじゃ行きましょ。目標は島の中央――九式記念公園!」


 各々魔導機や武装を取り出し。少年少女五人は、柵を踏み台に空へと飛び立って行ったのであった。


 ~~~~~~


「いやはや、どうやら奇襲には成功したようで。しかし流石テイカーの総本山、警察の対応も早いものですな」

「おーおーわらわらと。悪魔と人間の大戦争ってかぁ!? きゃきゃきゃきゃきゃきゃ!」

「……うるさいです。ふゆかいです。きえてください」

「悪いなちびっ子、そりゃ出来ないんだわ。やっと来た祭りなんでな! きゃきゃきゃ!」

「相変わらず元気なのですね。羨ましいです」


 九天島上空。雲より高きその場所に、四つの人影があった。

 いや、正確に言えばそれは人では無い。四人全てが人外だ。

 その一人――大悪魔モーゲルラッハが、茶色の帽子を片手で押さえる。


「いやはや。一先ず第一段階は順調のようですが……此処からが本番ですよ、皆さん。お客様も、来たようですし」


 くい、と帽子を上げ正面に目を向ける。

 同じ様に向き直ったアンマリー・ロッテ以下三名の目に映ったのは、自分たちと同じく夜空に浮かび立つ四つの人影。


 一人は、黒く長いコートともマントともつかぬ上着を身に付けた金髪の美丈夫だった。

 一人は、腰に無骨な刀を携えた黒髪の剣士であった。

 一人は、サイドポニーの髪をゆらりと揺らす活発的な少女であった。

 一人は、白衣と共に自信満々の顔で腕を組む幼女であった。


「いやはや、中々気合が入っているようで。これは苦労しそう、ですな」


 呟き。九天島へと襲撃を掛けた四人は、その最高戦力と静かに対峙した――。

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