第十二話 合流
「へー、此処がイベント会場かー。結構良い場所じゃない」
大量のテーブルが並べられた野外会場を見回し、リエラは僅かに目を細める。
ついで頭上の看板を見上げた。そこにはファンシーな字体で、『カップル限定大食い大会!』と描かれている。
「てか、何で大食い大会? カップルでやるもんじゃなくない?」
「さあ。主催者の趣味じゃねーの?」
その内容に隣の藤吾と首を傾げた。お祭りらしいといえばらしいのだが、カップルでする内容ではあるまい。もっと甘いイベントは無かったのだろうか。
「まあ、楽しければ良いんじゃねーの。お祭りだし」
「それもそっか。お祭りだしね」
適当に頷いて、二人は疑念を押し流した。
せっかくの祭りの場だ。細かい事に拘るのは無粋というものである。このイベントにだって、きっと深い意味は無いだろう。
ぐるり、改めて会場を見回す。白いクロスの掛けられた組み立て式のテーブルが整然と並べられ、距離を取って半円状に囲むように簡素なロープの敷居が置かれている。
それより此方側が観客席という事だ。もっとも、席などなく全員立ち見が実情ではあるが。
人混みの最前線に陣取る、リエラ、藤吾、ニーラの三人。残る二人は絶賛参加登録中だ。大食いには絶対に向かない二人だが、果たして大丈夫なのだろうか?
「別に優勝は狙ってないし良いのかな。ペアリングは参加賞で貰えるらしいし」
「だな。二人共少食だし、どうにもなんねぇだろ。てか優勝すると何が貰えるんだ?」
「……これです」
ニーラが差し出してきたチラシを受け取る。
でかでかと赤字で書かれた優勝商品を見た瞬間。リエラと藤吾の目色が、変わった。
「しょ、商店街で使える商品券……」
「ひゃ、百万円分だとぉぉおお!?」
まじまじとチラシを確認するも、見間違いは無い。
間違いなく百万円だ。それもこの島のほとんどの商店で使える商品券である。
慄く二人。しかし直ぐに顔を見合わせると、示し合わせたように。
「藤吾。あんた、腹は空いてる?」
「ばっちりだ。そう言うリっちゃんこそ、どうよ?」
「勿論ばっちり。今なら何だって食べられる気がするわ」
もう一度顔を見合わせた。視線が重なる。心も重なる。
がしり、二人の右手が一つになった。
「「行くぞっ。参加登録へ!」」
意気揚々と人混みを抜ける二人を、ニーラが無表情で見送っていた。
「……頑張って下さい」
~~~~~~
席の場所は自分達で選んで良い、という係員の案内に従い、レスト達参加者四名は隣り合う席へと腰を下ろしていた。
他にも続々と、百を超える席が埋まっていく。大半は純粋なカップルのようだが、中にはリエラ達のような商品目当てと思しき二人組みの姿も窺えた。
分かるのだ。現在進行形で目をぎらつかせているリエラと藤吾のように、明らかに野獣の眼光をしているものだから。中にはどう見てもイベントの為に連れて来ました、と言わんばかりの巨漢までおり、どうもほんわかとした会場の空気には合っていない。
それ等を見渡し、綾香はくすりと苦笑を漏らす。
「狙ってはいませんでしたが、優勝は難しそうですね」
「そうだね。この後もあるし、ほどほどにしておこうか。……君達は大丈夫かい? リエラ、藤吾」
「任せろ。百万円は俺のものだ」
「違うわ藤吾。私達、よ」
そういう事ではないのだが、とレストは背もたれに身を預ける。
まあ、もしもの時は魔法で浮かべて運べば良いだろう。恥ずかしがるかもしれないが、ある種のお仕置きみたいなものだ。
暢気に考え、ペットボトルの水に手を伸ばす。と、偶然隣の席を引き座ろうとした人影と目が合った。
「ん?」「な……っ!」
レストが意外そうに声を上げ、相手が驚愕と気まずさに動きを止める。
続いて気付いた他三人もまた、意外そうに目を丸くした。
「あれ? 荘厳、あんた何やってんの?」
「お前等……! どうしてこんな所にっ」
苦虫を噛み潰した表情で呻いたのは、老け顔の巨漢。古賀荘厳である。
リエラが訊いた通り、全く以ってこの会場に似つかわしくない人物だった。もしかして恋人が居たのだろうか? それとも商品目当て?
そう彼女達が問い掛けるよりも早く、横合いから元気な声が飛び込んでくる。
「ふっふっふ~。楽しみだな~、大食い。一杯食べるぜいー!」
ガッターン、と大きな音を立てて荘厳の隣の席に座り込んだ女性。その正体に、然しものレストも口に含んだ水を噴きかけた。
落ち着いてペットボトルを置いてから、話し掛ける。
「……まさか君と荘厳くんが恋人同士だったとは。驚いたよ」
「いやだなーレスっち。彼とはさっきそこで会ったばっかりだよ~」
あははー、と調子よく、学内ランキング第四位――菜々乃七海はテーブルを叩く。
一拍遅れて気付いたリエラ達が一斉に硬直した。頬だけがひくひくと痙攣している。
しかし直ぐに再起動すると荘厳を引っ掴み、
「「どーーいうことー!」」
「俺が知るかっ。『一緒に大食い大会に出てよ。君は座ってるだけで良いからさ!』と言われて、無理矢理参加させられたんだ。くそっ、馬鹿力め……!」
尋問に、忌々しげに答える荘厳。
なる程、どうやら彼はナインテイカーの横暴の犠牲になったらしい。藤吾と綾香は納得した様子で頷き、リエラに至っては共感する部分があったのか、妙に優しい目で彼を見ている。
視線が雄弁に語っていた。抵抗しても多分無駄だぞ、と。
「くぅぅ、何で俺がこんなイベントに参加しなければならないんだ。俺はただ、新しいペンタブを買いに来ただけだというのにっ」
「ペンタブ……? 荘厳、もしかしてお前って絵とか書くのか?」
「っ、悪いか! 俺の趣味が絵を描くことじゃ!」
「いや、悪かないけど……(正直意外だわー)」
顔を赤くしてそっぽを向く荘厳だが、老け顔の彼がやるとちょっときつい。
リエラ達は二重の意味で似合わんなー、と思いながらも、まあ趣味は人それぞれか、とこの話を打ち切った。特に今重要な事でもなかったし。
そんなやりとりの間にも、輪に参加しなかった二人の会話は続いていた。レストの方は苦笑混じりではあったが。
「君とこんな所で出会うとはね。一体何がお目当てだい?」
「決まってるじゃん。食べて食べて、食べまくるっ。これ以外に無し!」
「幸せそうだね、随分と」
「当ったり前! ただで美味しいものが食べられて、優勝すれば賞金まで貰える。こんなにお得な事が果たしてあるか? いや、ない!」
「ふむ。そういえば、今回のイベントでは何を食べるのか。チェックするのを忘れていたな」
魔法を使いチラシを手元に引き寄せようとするレストだが、それより先に会場に置かれたスピーカーが音を吐き出す。
どうやらイベント開始らしい。慌てて席に戻るリエラ達を余所に、司会が朗らかにイベント概要を説明していく。
「なる程、食べるのはから揚げか。また重いものを。しかし本当に、カップルには合わないイベントを企画したものだ」
「っていうか、優勝商品の金額がおかしいし。主催者の趣味、とか?」
『えー、ちなみに本イベントは、第一魔導総合学園学園長様の提供により行われております』
((あいつかっ))
などと突っ込んでいる間に、司会は話を終えた。
気の抜けたメロディーが流れ、司会の号令に従い大食いが始まる。皆が一斉に、運ばれてきたから揚げに手を伸ばした。
ただ、大半の者達は非常にゆっくりとしたペースだ。当然だろう、カップルでの記念参加が主なのだ、本気で大食いに挑む者など限られている。
そんな数少ない本気で優勝を狙う二人組み――リエラと藤吾は、まるでハムスターのように口一杯にから揚げを詰め込んでは無理矢理噛み水で流し込む、という作業をひたすらに繰り返していた。
あっという間にから揚げが消えていく。その驚異的なペースと気迫は、観客に『金の亡者』という言葉を思い起こさせた。
「ああ、これはやっぱり動けなくなりそうかな……」
呟き、レストはから揚げをひょいと摘まむ。
勿論魔法でだ。ふよふよと浮いた鶏肉は彼が手を一振りすると三つに断たれ、程よい大きさとなって口に飛び込んでいく。
隣の綾香も含め、全く数は進んでいなかった。優勝レースからは完全に脱落しているが、まるで気にする様子は無い。
「流石に両隣のこれを見て、食欲は湧かないなぁ……」
「あはは……」
レストの漏らした言葉に、綾香も苦笑い。
右では、金の亡者がから揚げを貪り食っている。対して左では、
「うーん、美味しいっ。このチープな味が堪らないっ!」
菜々乃七海が嬉々として、そして驚異的なペースでから揚げを胃袋に落としていた。
決してリエラ達のように派手なものではない。しかし次々と消えてくから揚げの姿は、人々に漆黒のブラックホールを連想させる。
隣の荘厳も例外ではないようで、明らかに引いた顔をしていた。一応は喰い進めていたはずの手も、完全に止まってしまっている。
「勝つのはどちらか。まあ、結果は見えているけれど」
徐々に苦しげにペースを落としてきているリエラ達とは裏腹に、加速していく七海の食事風景を眺めながら、レストはから揚げを口に放りこんだのであった。
~~~~~~
カラスが暢気に鳴く夕暮れ。
ふらふらと街を彷徨い続けた世羅は、休憩所の一角にてその光景を目にしていた。
「……どうしてこいつ等は倒れてるんだ?」
「やあクーリエ。まあ、金に目が眩んだ、というのが一番しっくりくるんじゃないかな」
腹を膨らませ、ベンチに横になるリエラと藤吾。
そして彼女らを介抱するニーラと綾香、ついでにレストである。
――結局、大食い大会は七海(と荘厳)の優勝で終わりを告げた。
リエラ達も善戦したのだが、底の見えない七海の胃袋に次第に押され、ダブルスコアをつけられて敗北。レストの危惧した通り頑張り過ぎた彼女等は、揃って身動き一つ取れなくなり、呻きながら魔法で運ばれるはめになったのである。
今は、腹が落ち着くまで休みながら今後の計画を建てている所であった。といっても直ぐには動けない以上、このまま夜の花火まで過ごすことになりそうだったが。
流石にその頃には、リエラ達も動けるようになっているだろう。此処からでも花火は見えるだろうが、出来ればもっと雰囲気のある場所が良い。
せっかくの年に一度の夏祭り。中途半端はご遠慮願いたいのが総意であった。
「馬鹿だな。その年で自己管理もまともに出来ないのか?」
「む、無茶をしてでも……うっぷ」「手に入れたいものがあったんだ……うえっ」
事情を聞き呆れる世羅に、えずきながらも答える二人。
夕陽に照らされているのに、顔は嫌というほど青ざめていた。そんなになるまで食べるのだから金の魔力は恐ろしい。
一つ教訓を心に刻み、世羅は空いているベンチに腰掛ける。一日中歩いて疲弊した脚が、久しぶりの休息に歓喜していた。
「ったく、こんな調子で良いのかよ。何時悪魔共が攻めてくるかも分からないってのに」
「おや。もしかして師匠から聞いたのかな?」
わざわざ隣にやって来たレストに、世羅が頷く。
正確に言えば聞きだしたのだがそれはともかく。気の抜けた空気が、此処だけ少し張り詰めた。
「もしかしたら今日にでも、モーゲルラッハの野郎が攻めて来るかもしれないんだぞ。間抜けな格好晒して遊び呆けてる場合かよ」
「これは耳が痛いな。しかしそれを言うのなら、君の方こそどうなんだい?」
「ぐっ……わ、私のことはいいだろっ」
痛いところを突かれ、世羅は誤魔化しそっぽを向く。
思い返してみれば自分とて、碌な一日を過ごしていない。朝、憂鬱な気持ちで目覚め幾らかの鍛練を終えた後は、ずっとふらふらと祭りの中を彷徨っていただけなのだ。
間抜けさという点では、そこの亡者共とどっこいどっこいだった。むしろ自分の方が無様かもしれない。一応彼等は、祭りを楽しんでいるのだから。
逸らした視線の先で、飾り付けられた街灯に明かりが灯る。楽しそうな人々の姿が鮮明に目に映った。
「まあ、真面目な話をすると。何時来るか分からないからこそ、遊んでもいるんだよ」
「? どういう意味だよ?」
「そのままだよ。確かにモーゲルラッハ達がこの島に襲撃を掛けようとしている、という情報はある。だがそれは今日かもしれないし明日かもしれない、もしかしたら一年後かもしれない。そんな状況で常に気を張っていたら、とてもじゃないが持たないさ」
「それは、そうかもしれねぇけど……。島の皆が避難しないのも、それが理由か?」
「いや、そちらは単純に政府や警察が情報を信用せず、皆に報せていないからだよ。私達は主犯格と直接会っているし、学園長の手に入れた情報を信用しているが、実際確たる証拠は無い訳だしね。『怪しい連中が島を狙っているんです』なんて情報だけでは、組織は動いてくれないものさ」
加えて言えば、警察は学園長やレスト達――ナインテイカーを快く思っていない、というのもあるだろう。
何時もだらけあまり良い評判を聞かない若い学園長と、個人にも関わらず驚異的な力を持つ自分勝手な連中。お堅い上層部が嫌悪感を抱くのは当然の事だった。
「はっ、面倒なもんだな。それで敵に隙を突かれたらどうするつもりなんだか」
「後手に回って全力を尽くす。それしかないだろうさ。言っても私達だって、明確な対策が取れている訳ではないのだから」
「本当か? 裏で何か、企んでるんじゃないのか?」
「どうしてそうなるんだい? それにその言い方では、まるで私が悪事を企てているようじゃないか」
肩を竦めるレストに、世羅は渋い顔。
実際彼が何か企んでいる証拠も疑う理由も無いのだが、どうにも全身から溢れ出す怪しいオーラが自然と疑念を抱かせる。
そんな不審者すれすれの男が、悩む世羅に小さく笑う。
「今君が心配するべきは、君自身のことじゃあないかい?」
「……何が言いたい?」
ギラリ、鋭い瞳。
「いや、私は剣のことなど良く分からないのだが。知り合いの剣士が言っていたよ。『心の状態は、剣に素直に反映される』とね」
「私の剣が、曇っているとでも言いたいのか? 数日前に一度見たきりだろうに」
「そうだね。そしてその時の君の剣は、中々に澄んでいた。が、今はどうだろうね」
「だから、何が言いたいっ」
自然、語気が強まる。
苛立つ世羅に、レストは諭すように。
「語らずとも分かっているだろう? 君自身、自覚があるから言ったんじゃないのかい。『私の剣が曇っている』と」
「っ!」
図星を突かれ、世羅の顔が歪む。
正にその通りだった。自覚もあるし、鍛練の際に師にも指摘されている。剣が鈍り、刃が曇っていると。
だがこの問題を解決する事は中々に難しいのだ。圧倒的強者に対する恐怖。それは生物ならば誰でも抱く、拭い難い本能なのだから。
「ふふ、まあ良いさ。私は君の師では無い。お節介も程ほどにしないと、彼に怒られてしまうしね」
「……シショーはそんな事じゃ、怒らねぇよ」
「だろうね。本音を言えば、これから人に会う予定があるから君に構っていられないだけなんだ」
あっけらかんと言い放ち立ち上がるレスト。
その横顔を睨む世羅だが、彼はもう目もくれない。後ろ手にひらひらと別れを告げて、呻く亡者達の元へと歩み寄る。
「ニーラ、綾香」
「レスト様?」「師匠?」
「リエラも藤吾もまだ動けそうにない事だし、私は少し此処を離れるよ。行きたい場所があるんでね」
「……付いて行きます」
「いや、いいよ。私一人で行きたいんだ」
断りを入れる主に、ニーラは不服そうに頷いた。
苦笑し、レストは背を向ける。
「花火の時間までには戻って来る。移動しても構わないよ、きちんと見つけて合流するから。それじゃあ、夜にまた」
ゆったりとした足取りで、レストは休憩所を離れて行った。
呻く亡者と介抱する少女達を余所に、取り残された世羅はどうしようかと思案する。
と、首だけ起こしたリエラが彼女に声を掛けた。
「ク、クーリエ」
「……何だ。苦しいなら大人しく寝とけよ」
「いや、そうなんだけど。この後予定無いようならさ、私達と行動しない?」
「お前等と?」
世羅が、訝しげな顔をする。
余計なお世話かもしれないが、やはりリエラは気になっていたのだ。一人浮かない顔をしている世羅の事が。
藤吾に色々言われたが、一緒に花火を見るくらいなら良いだろう。そう考えての提案に、世羅は幾らか無言で悩んだ後。
「……分かった。良いぜ、一緒に行動してやる」
「おー、ありがと。あー、早く消化しないと……うっぷ」
投げやりな感謝と共に吐きかける少女に、早まったかなと顔を顰める世羅であった。




