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ナインテイカー  作者: キミト
第三章 『極剣』
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第十一話  夏祭り

 ゆっくりと、何時もと変わらない日の出と共に、その日はやってきた。

 八月十一日。モーゲルラッハ達が襲撃を仕掛けると、そう決めた決戦日だ。

 奇しくもと言うべきか。或いは、狙ったのか。この日は、九天島南の商区で夏のお祭りが行われる日で、もあった。

 街中が飾り付けられ、朝早くから出店が立ち並ぶ。本番は日が暮れてきてからだが、昼間からも神輿が出たりイベントを行ったりする為に人の出は多い。

 そんな騒がしい街中を、不機嫌そうに歩く少女が一人。


「ちっ。どいつもこいつも、楽しそうに……」


 動きやすい軽装に身を包んだ、黒銀のオッドアイが特徴的な少女。世羅・ヴォルミット・クーリエである。

 愛用の刀の入ったケースを背負う彼女は、街の喧騒に顔を顰め、ビルの谷間から空を見上げる。

 暑苦しい太陽が天辺に浮かんでいた。祭りをするのにこれ以上ない晴天だ。

 だからこそ、彼女の気は晴れない。


「いっそ台風でも来て、中止になれば良かったのに……」


 彼女が此処まで悪態を吐くのには、ある理由があった。

 全ては昨日夕方、剣の鍛練を終えた時にまで遡る。


 ~~~~~~


『……これで今日の鍛練は終了だ。よく身体を休めておけ、世羅』


 汗まみれの姿で芝生に横たわりながら、世羅は師匠の言葉に辛うじて頷いた。

 何度か深呼吸。少しだけ体力を取り戻すと、身を起こして胡坐を掻く。

 しっとりと湿った薄茶色の髪が頬に張り付いた。それを鬱陶しそうに払いながら、彼女は剣を仕舞う師匠へと声を掛ける。


『……なあ、シショー』

『何だ?』

『いや、その……明日の鍛練について何だけどさ』


 若干口ごもる世羅。どうにも、煮え切らない態度であった。

 何時もの勢いの無い彼女に眉を顰めながら、シショーこと四字練夜は問い掛ける。


『どうした。何か案でもあるのか』

『あー、いや。ほら、明日ってさ、祭りがあるだろ?』

『祭り? ……そういえば島が騒がしいな』


 今気付いた、といった様子の四字に、世羅は若干唇を噛む。

 やはり、師は祭りになど興味は無い。分かっていた事だが、これからする提案を考えると心は重くなるばかりだ。

 それでも一抹の可能性に賭け、彼女は意を決して切り出した。


『な、なあ。その祭りにさ、その……私と――』

『なる程。祭りに行きたいから鍛練を休みたい、と?』

『え? あ、ま、まあそうなんだけど』

『構わない。その代わり朝でも夜でも良い、自分で鍛練しろ。少しでも剣は振るっておけ』


 忠告し、四字は踵を返す。

 まるで話は終わった、と言わんばかりの態度だ。いや実際、彼の中ではそうなのだろう。

 しかし世羅にとってはそうでは無い。慌てて手を伸ばし、遠ざかる背を引き止める。


『ちょ、ちょっと待った! シ、シショーはさ! 祭りに興味とか、ないのか!?』


 何処か必死な世羅の様相に疑問を抱きながらも、四字は返す。


『ない。祭りを否定する訳ではないが、俺にとっては鍛練の方が大切だ』


 即答だった。僅かに振り返ったその目にも、迷いの色は無い。

 彼にとっては剣こそが第一なのだ。まっとうな倫理観はある。他人を思いやる心もある。だが何よりも、『剣』が心の奥に突き立っている。


 そういう人間なのだ、四字練夜という青年は。


 弟子である世羅は、その事を痛い程知っている。だから、これ以上言葉を紡ぐ事が出来なかった。


『……楽しんでこい』


 短く告げて、四字は世羅から離れていく。

 手は、もう伸ばせない。伸ばした所で無駄だと、理解出来てしまったから。


『……一人じゃ意味ないんだよ……シショー』


 寂しそうに呟いて。世羅は、また芝生に身を倒したのであった――。


 ~~~~~~


「あ~、くそっ。何であそこでもう一歩、踏み込めなかったかなぁ」


 後悔と共に、当て所なく街を彷徨う。

 世羅にとって、シショーは単なる剣の師というだけでは無い。恋し、愛する、一人の男性でもあるのだ。


 かつて、世羅がまだ中学生だった頃。彼女は所謂、不良と呼ばれる人間だった。

 煙草を吸った。酒を飲んだ。似たような仲間と集まって、喧嘩も散々した。

 学校にも録に行かず、仲間内で馬鹿笑いしながら過ごす日々。そんなある日だ。シショーこと、四字練夜と出会ったのは。

 仲間とたむろっていた時に見かけた彼に、かつあげしようと迫って。問答無用で斬り捨てられた。

 峰打ちではあったが、それは正に斬り捨てるという表現がピッタリ合った。微かに見えた剣は、それ程までに鋭く、そして何より美しかったのだ。

 以来、世羅は剣を握り始めた。魅了されたのだ、彼の剣に。

 仲間とつるむ暇など無くなった。煙草も、酒もやめた。己の優れた才に感謝し、より高みを目指そうと総学を受験した。


 そうして入った学園で、彼と再会した事は――正に運命だったのだろう。


 土下座して、必死に弟子入りを頼み込み。どうにかこうにか、今の関係になったのである。

 そんな彼女にとって四字練夜は、始めは憧れであり、目標でもあった。だが共に過ごし長く接するうちに、彼女は気付いたのだ。自分の心の中で大きくなっていく彼の存在に。

 それが恋だと気付いたのは、学年が上がる頃の話である。

 以降、何とかシショーの気を引こうとしている世羅だが……その試みは、どうにも上手くいっていないのが現状だ。

 四字の剣一本な性格と、世羅の肝心な所で足踏みしてしまう性格が相まって、関係が全く進展しないのである。特に四字は先述の通り、デートの誘いにも気付かない鈍感っぷりだ。これでは進展のしようがない。


(私以外の女にも興味が無いのが、唯一の救いか……)


 自虐を籠めながら、世羅はコンクリートの地面を踏み締める。

 師に言った手前一応祭りには来たのだが、全く楽しくなど無い。当たり前だ、こんな気持ちで一人祭りの中を彷徨っていた所で、気分が上がる訳が無い。

 せめて誰か誘うべきだったか。そう思う世羅だがもう遅い。四字と二人で祭りを楽しむ為、周囲からの誘いを全て断った彼女には、もう誘える友人など残ってはいなかったのだ。


(今更やっぱ入れてくれ、とは言い辛いしなぁ)


 妙な所でプライドを持っている世羅である。

 せめて断る理由をデートだからと言っていなければ、どうとでも出来ただろうに。断られる事を恐れ、誘うのを後に後に回していた彼女の自業自得ではあるのだが。


「畜生、もう寮に帰るか……? でもな。それでもし、シショーと出会ったりしたら……」


 一体、何と言い訳すればいいのか。そんな事態に成る位なら、街を彷徨っていた方がまだましだろう。

 仕方が無く、当ての無い散策を続ける世羅。足取りは重く、何だか世界が灰色がかって見える。

 そんな灰色の視界の中。見知った少女が向こうからやって来る事に、彼女は気付いた。

 目を凝らす。向こうも直ぐに此方に気付いたようで、意外そうな顔をした。


「あれ、クーリエ? どうしたの、こんな所に一人で」

「うっせーなぁ。別にいいだろ、私が何してようと」


 痛い所を突かれ、世羅は少女――リエラへと吐き捨てるように返す。

 真っ赤な長髪を後ろで結い上げ、同色の浴衣を着た彼女は、ピッタリ祭り色に染まっていた。

 続けてぞろぞろと後ろからやって来た四人――レスト、ニーラ、綾香、藤吾――もまた、それぞれ色の違う浴衣を身に付けており、祭りを存分に謳歌しようという気概に溢れている。

 青春真っ盛りな高校生としての、真っ直ぐど真ん中な姿がそこにはあった。


(ちっ。今の私とは、まるで真逆だな)


 彼女達が悪い訳ではないのだが、今の世羅には穏やかな対応が出来る程、心に余裕が無い。

 自然口調は鋭く、何処か険が感じられるものになってしまう。


「お前等は……聞くまでもねーか。いいな、楽しそうでよ」

「……本当にどうしたの? 随分不機嫌みたいだけど」

「関係ないだろ。お前等は精々、仲良しこよしで祭りを楽しんでろよ」

「あ、ちょっとクーリエ!?」


 ふん、と鼻を鳴らして、皆の横をすり抜けていく世羅。

 慌てて振り返るリエラだが、その頃には既に彼女の姿は人混みに紛れて見えなくなっていた。

 思わず立ち尽くし、頭を掻く。


「どうせなら一緒に回らない、って誘おうと思ったんだけど……」

「止めといてやれよリっちゃん。そりゃ多分、彼女の為にならないぜ」

「どうしてそう思うのよ?」


 肩に手を置かれ、リエラは怪訝な顔で背後の藤吾へと振り返った。

 すると彼は、自分達五人の身体をぐるりと指差す。


「俺達は今、どんな格好をしてる?」

「……綾香の用意してくれた浴衣を着てるだけでしょ? それがどうかしたの?」

「そう。浴衣を着て、祭りを楽しむ準備ばっちりだ。そんな中に普段着一人ってのは、ちょっと居辛いだろうさ」

「でも……」

「これで世羅が俺達と親しかったら別だったんだろうけどな。一緒に海に行ったとはいえ、そんなに付き合いも深くない。無理に誘ってもしょうがないだろ? 彼女、何か不機嫌だったしな」


 そこまで言われれば、リエラも諦めざるを得なかった。

 もう一度世羅が去って行った方向へ目を向ける。

 そこにはやはり、彼女の姿は見えなかった。


 ~~~~~~


 世羅との邂逅から暫く。気を取り直したリエラ達一行は、改めて祭りに湧く街を見回しながら、のんびりと散策に勤しんでいた。


「朝から快晴でもっと暑くなるかと思ったけど。何だかんだ、結構過ごしやすいわね」

「そうですね。予報だと、この辺りは三十度を軽く超えるという話だったのですが……」

「ああ。それは博士のおかげだよ」


 当然のように放たれたレストの言葉に、リエラと綾香と藤吾の三人は首を傾げた。

 揃って、屋台で買ったクレープをニーラに餌付けしている彼へと目を向ける。綾香だけは、お預けをされたワンコのような顔だったが。


「博士って、もしかして物宮博士のことか?」

「そうだが、良く分かったね。藤吾はあの人と知り合いだったかな?」

「まあ、最近ちょっとな。で? その博士が何で今日の気温に関係してくるんだ?」

「決まっている。博士の発明品で、南区の気候を操作しているんだ」

「あー、なる程。そういう事か」「確かに、それなら納得ですね」

「いや、ちょっと待って」


 納得する一同の中、リエラだけが待ったを掛ける。

 頭を痛そうに抑えていた。纏う雰囲気は、諦めにも近かったが。


「その物宮博士がナインテイカーの一人だってのは知ってるし、ナインテイカー相手に常識を求めちゃいけないってのはレストを通じて知ってるけどさ」

「失礼な。私にだって常識位あるよ」

「黙らっしゃい! とにかくさ、とりあえずその『ナインテイカーなら何でも有り』みたいな風潮、やめない?」

「そう言われてもね。私達だって何でも有りな訳ではない。ただ、出来る事は出来る。それだけだよ」


 あっけらかんと放たれた言葉に、リエラは何も返せなかった。

 頬を引くつかせ、ぎこちなく一歩を踏み出す。どうやら言い争う事を諦めたようだ。


「さーて、次は何処に行く? ほら藤吾、案内はあんたの仕事でしょ?」

「分かってるって。ええと……次の『金田・竹中スタンプラリー』のチェックポイントは、この先の十字路を曲がって直ぐだな」


 ふらふらと歩き回る彼等の目下の目的は、藤吾のスタンプラリー制覇である。

 祭りに合わせ開催されたこのスタンプラリーを達成するついでに、祭りを楽しみ夜の花火を待とうというのだ。

 藤吾は当然『竹中の里』のスタンプコンプリートが目的だが、地味にリエラも『金田の山』のスタンプを集めていたりする。忘れているかもしれないが、彼女は金田派の人間なのだ。

 別に積極的にグッズを集める程のファンでは無いが、ついでなら良いか。そう思う程度には、金田が好きなリエラであった。


「後何箇所だっけ?」

「十一箇所だな。結構固まってるし、そんなに時間は掛かんないだろ。終わったらどうする?」

「あ、それなら私、行ってみたい所があるんです。ここのイベントにカップルで参加すると、ペアリングが貰えるらしいんですけど……」


 パンフレットの地図を指差し、綾香はちらちらと隣の青年を窺う。


「ん? ああ、構わないよ。一緒に参加しようか」

「ありがとう御座います。師匠!」


 花が開いたように満開の笑みを見せ、綾香はレストの腕に飛びついた。

 彼の前ではおしとやかな態度を意識している彼女も、祭りで少々羽目が外れているらしい。

 一方、先程まで上機嫌だったニーラは一転、起伏の少ない表情を僅かに曇らせる。その様子を見とめた藤吾は、大仰な手振りと共に彼女の前に身を乗り出した。


「三人じゃ参加出来ないだろうし、どう? ニーラちゃん。俺と参加すれば、景品だけは貰えるぜ!」

「すみませんが。藤吾さんとカップルだと、思われたくないです」

「酷いっ。俺とは遊びだったのね!」

「……はい。友人ですから、遊びです」

「正直!」


 ガガーン、とわざとらしくショックを受けたふりをする藤吾に、ニーラはくすりと笑みを浮かべる。

 その様子を見たレストは頬を緩ませると、従者へと後ろからしな垂れかかるようにハグをした。ご丁寧に魔法を使って自分の重さを軽減してだ。


「いやあ、私達は良い友人を持ったねぇ。早く彼に、恋人が出来ると良いんだが」

「……暫くは無理じゃないでしょうか。多分」

「何でそんな辛辣ぅ!? 俺だって頑張れば彼女の一人くらい……くらい……」


 作れる、と断言するには今までの経歴が酷すぎた。

 十七年間彼女無し。告白事態は十回以上もしてきているのだが、一度も付き合えた試しが無い。

 理由を聞けば、皆言った。『良い友達だと思うけれど、それ以上には思えない』と。

 気の良い奴だが、それ故に恋愛対象になれない。そんな悲しみを背負った男、それが芦名藤吾なのであった。

 なおニーラが無理だ、と言ったのはそれが理由では無い。先日の高天試験の件を鑑みて、暫くは恋愛は無理だろうという意見である。


「く、くそう……。おかしいな、目から竹中の里が零れてきたぜ……」

「いや、幾らなんでもありえないでしょ。そんな事出来たらもう人間じゃないし」

「うるせー! 愛があれば、目から竹中だって生み出せるんだい!」

「はいはい、あまり騒いでも周りに迷惑だよ。ほら、そろそろ行こうか」

「それは良いけど、飛んで移動するのは止めて。こっちまで変な目で見られるから」

「駄目かい?」

「駄目」

「そうか……駄目か……」


 しょぼーん、と落ち込むレストに、リエラは当然とばかりに胸を張る。

 仕方が無く、レストは自分の脚で歩き始めた。カランカランと、この日の為に用意された下駄が音を鳴らす。

 迫る暗雲とは裏腹に。島はまだ、平穏だった。

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