第十話 強者と凶者
開戦と同時、二人は一斉に動き出す。
ただし、その動きは真逆。殴れる距離まで近づこうとするグリウスと、近づかれまいとするレスト。
愚直に直進してくるグリウスへと、レストは後退しながら魔法陣を展開し、数多の砲撃を撃ち放つ。
その全てを単純明快な暴力で打ち壊し、グリウスは宇宙を駆けた。魔力が光となって消え、宇宙に花火を巻き散らす。
「どうした……。もっと撃って来い!」
「やれやれ。本当に獣染みているな、君は」
凶相露に拳を振るうグリウスに、レストは呆れたように呟いた。
その間も決して迎撃の手は弛めない。一つ一つが星を砕く、それ程の砲撃を万と放っても尚、彼相手にはちっぽけな牽制にしか成り得ないのだ。
間違いなく同格。分かっていた事だが、やはり厳しい。こうなると戦況は完全に千日手である。
ひたすらに砲撃を放ちながら後退するレストと、ひたすらに押し進むグリウス。互いの距離は、始めに開いたそれ以上にはほとんど動く事が無い。
最早根気の勝負だ。どちらかの体力(レストは魔力も)か集中が切れる事によって状況が崩れない限り、延々とこの戦いは続くだろう。
そしてそんな退屈な戦いを、グリウスは認めない。
「つまらない戦い方をするなっ。イライラするんだよ!」
距離を詰めようと、強引な攻めに出る。
それまでの、多少は砲撃を避けようとしていた動きを一切止め、ただ真っ直ぐに突き進む。邪魔な砲撃だけをその身で蹴散らし、傷を負う事すら厭わない。
生来の耐久力だけで星系滅びる砲撃の雨を突き破り、グリウスは駆けた。学生服がぼろぼろに成っていくが、構わず砲撃を浴び続ける。
一見すれば自身の優勢。だがレストは油断しない。
(実際のダメージはほとんど無い。精々かすり傷が良い所、か)
全く、化け物染みた耐久力だ。最もそれは、他のナインテイカーにも言えることだろうが。
彼が思考の一部を下らない些事に割いている間に、二人の距離は徐々に詰まっていた。砲撃の威力を引き上げるレストだが、それでも獣は止まらない。
遂には破壊の嵐を抜け、己の下まで辿り着く。眼前に見えた標的に、グリウスは邪悪に破顔し拳を振りかぶった。
「そら。砕けろっ」
甲高い音が宇宙に響く。展開されたレストの盾が、百単位で砕け散った。
ならばと今度は千の盾を展開し、レストは拳を受け止める。拳と盾が鬩ぎあうその間に、彼は後退を試みた。
だが逃がさない。もう片方の腕で盾を打ち砕いたグリウスは、そのままレストへと一気に攻め寄る。
再度盾が展開され、再度グリウスに砕かれる。形を変えた、新たな千日手の出来上がりだ。
(やれやれ。こうも簡単に砕かれると、自信をなくすよ)
分かっていた事だが、それでもレストは気落ちせざるを得なかった。
この盾は、自身にとっての魔導の集大成だ。長い時を掛けて研究し、創り上げた我が子のような魔法。
これを砕ける者など、そうそういないと思っていた。当たり前だ、何せこの盾は世界そのもの。加えて言えば、複数を重ねて展開した場合、共鳴効果で強度が加速度的に上がるという効果付き。
それを子供が障子に穴を開けるが如く破られては、たまったものでは無い。しかもそんな者がこの世界には、最低後八人は居る。
ああ全く、本当に――
「本当に、面白いよ。君達という存在は」
歓喜し、レストは笑った。
実を言うと。彼は元々、この世界――総学の存在する世界――の人間では無い。根の全く異なる、異世界の人間だ。
そんな彼が、どうして生まれた世界を離れたのか。それは偏に、目標たる『彼』を倒せる実力を得る為、修行の為に他ならない。
『輝く心の持ち主』を育てているのも、それが理由だ。その心の持ち主と戦えたのなら、自分にも得るものがある。成長出来る。そう考えているからこそ、彼はリエラ達に試練を与える。
だから、彼は歓喜するのだ。自分と同格の相手。それと戦うこともまた、確実に自身の成長に繋がるのだから。
「暢気に考えごとか? 随分と余裕だな」
グリウスの放った前蹴りが、レストの盾を打ち砕く。
それは念の為に、と多めに展開していた盾のほとんどを貫いた。いけないな、とレストは自身を戒める。
まだ、互いに全力では無い。どころか本気ですら無い。だが、だからといって油断して負けました、では笑い話にもならないのだ。
嬉々とした表情で盾を破り続けるグリウスを冷静に捌きながら、レストはちくちくと砲撃を入れていく。
本来ちくちく、では済まないはずの大威力砲撃がそれで済まされてしまう辺りに、彼等の異常さが窺えた。
そんな膠着状態のまま、戦闘開始からおよそ十分。盾の数が万を超え、銀河が一つ原型を留めなくなったあたりで、漸くグリウスは停止する。
ただしそれは、彼が力尽きたからでは無い。むしろ気力はますます充実し、調子は上がってきている。
不審に想い、ばら撒いていた砲撃を止め、レストは問い掛けた。
「どうしたんだい? まさかもう疲れた、何て事は無いだろう?」
「はぁ~……。腹が減った」
ぱちくり。レストの目が二度、瞬いた。
直後、気だるげに首を回すグリウスの腹から、ぐぅーと小さな音が鳴る。
「そういえば、此処最近は碌な物を喰ってなかったな。道理で力が入らない訳だ」
思い出したように言うグリウスに、レストはどう反応していいか分からなかった。
戦場で空腹を訴える愚を説くべきか、或いは食生活の乱れに突っ込むべきか。はたまた、無視して戦闘を継続するべきか。
どうしたものか、と考えていると、グリウスが再度気だるげに首を回す。
「飽きたな。もう終わりにするか」
「それは、負けを認めるという事かい? ……冗談だよ。だからそう睨まないでくれ」
不機嫌そうに鋭い目を向けられ、レストはふむ、と考え込む。
(終わりに、か。そうだな、このまま続けても無駄に長引くだけ。なら、いっその事――)
「一撃で勝負を決める、というのはどうだい?」
「一撃……?」
レストの提案に、グリウスは怪訝そうな顔になる。
そう、と呟き、彼は続けた。
「互いに一撃。本気で打ち合って、その結果で勝敗を決めようじゃないか。私が勝てば、先述の願いを聞いてもらう。君が勝ったら……そうだな、美味しい食事でも奢ろうか」
「面白い。乗ったぞ、その勝負」
僅かの逡巡さえなく、同意するグリウス。
面白い、その言葉が彼の心の全てだった。愉快そうに邪悪な笑みを浮かべ、彼は下唇に舌を這わせる。
呼応するように、レストは魔力を高ぶらせた。互いに戦闘体勢が整った事を確認し、それぞれの力、本気を行使する。
「レ イ ジ ン グ」
グリウスが唱える。途端、爆発的なエネルギーが彼の身体を包み込む。
これこそが、彼の持つ力。『真昇華』の本気。
その力の本質は、超能力とでも呼ぶべき力だ。だが彼のそれは一般的な超能力のイメージからはかけ離れており、しかし実にシンプルでもある。
グリウスの持つ力、レイジング。それは言ってしまえば、ただの身体強化なのである。
魔法使い、いやテイカーならば、似たような事は誰にでも出来るだろう。
だが侮る無かれ。彼がただそれだけの力でナインテイカーとして認められている理由、それはその常軌を逸した出力にこそある。
あらゆる理論・理屈、小難しい技の全てを、拳一つで黙らせる。それだけの力が、彼の能力にはあるのだ。
だからレストは慢心しない。彼もまた、己の本気で以って彼に応える。
「――右手に武器を」
すっ、と横に伸ばされたレストの右腕。その先に、魔力が集う。
集った魔力は薄い円盤のような『盾』となり、そして幾重にも重なっていく。
「槍よ、来たれ」
そうして重なった盾は、一本の槍の形を取った。
レストの腕を柄に見立てた、円錐型の突撃槍だ。先に行くほど細く、盾そのものも凝縮されている。
使われた盾の数、二億三千。当然共鳴効果によって力は累乗で増している。
本来防御に使うべき力を結集させ、攻めの力に転換した、レスト最強の武器だった。穂先に触れるだけで、あらゆるものが跡形も無く蒸発するだろう。
「はぁぁ……。今更逃げるなよ?」
「逃げないよ。勝つのは、私だからね」
二人、武器を構える。レストは槍を、グリウスは拳を。
ただ立っているだけにも関わらず、その余波が流れる星星を容赦なく砕いた。
空間が歪み、宇宙そのものが激しく揺れる。
(これは持たないかな。正真正銘、決着の一撃になりそうだ)
自身の創り出した世界の末路を予見しながら、レストは高速で飛び出した。
応じ、グリウスもまた跳び出す。虚空を蹴って加速し、速度はあっという間に光を超えた。
接触。二人が、互いの武器をぶつけ合う。
パリン、と硝子を割ったような甲高い音が響いた。
~~~~~~
有り触れた平凡な路地裏、その一角が急速に膨らみ歪んだ。
空間が捻じ曲がり、砕ける。甲高い音を鳴らし、衝撃がコンクリートを叩いた。
その衝撃に紛れ現れた人間が、二人。
「がっ……」
「……っ!」
レストと、グリウスだ。
二人は真逆の方向に吹っ飛ぶと、薄汚い地面を滑り、止まる。
静寂が場を満たした。破裂した空間もいつの間にか直り、場には倒れ伏す青年達だけが残っている。
からん、と転がった空き缶が音を立てた。
「……引き分けか。まあ、妥当な所かな」
魔法を使い、ゆっくりと浮遊するように立ち上がるレスト。
視線の先で、グリウスもまた、朝ベッドから起き上がるような気軽さで身を起こす。
「あぁ……それにしても、腹が減ったな」
その身からは、先程まであったはずの獣気がほとんど消え去っている。
どうやら、本気でぶつかった事で少しは苛立ちが消えたらしい。
最も、一番の理由は彼自身が言った通り、腹が減っているからなのだろうが。
「そうかい。なら、この後食事でもどうかな。私が奢るよ。その代わり……」
「頼みを聞け、か? ……はっ、良いだろう。不味かったらぶち殺すぞ?」
引き分けという結果に、彼も納得していたのだろう。レストの提案に存外素直に乗ると、案内しろと顎で示す。
此方もまた素直に従い、レストは路地裏から身を出した。少し高くなった太陽が、埃だらけの身体を照らす。
「ふむ。流石にこのままではまずいか」
魔法を使い、レストは汚れを払った。
最後の激突でボロボロになっていた衣服も、新品のように修復される。
「ついでだ。君にも掛けてあげよう」
「ふん。余計な事を」
身奇麗にされ、僅かに負っていたかすり傷までもを治療されたグリウスは、不満そうに悪態を吐く。
だが今更突っ掛かるほどでもなかったのか、結局は受け入れた。先導するレストの横に並ぶと、気だるげに首を回して催促する。
「早くしろ。俺は腹が減ってるんだ」
「分かった分かった。焦らなくてもいい、此処からなら五分もあれば着くさ。少しの辛抱だよ」
子供をあやすような態度に、ちっと舌打ち。
不機嫌な獣の姿に、道行く通行人が怯えた声を上げたのは……完全な余談である。




