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ナインテイカー  作者: キミト
第三章 『極剣』
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第九話  交渉

 その日。レストは、島の南にある商区――その一角を歩いていた。

 まだ陽も低い時間帯だ。当然人もまばらで、そんな時間にたった一人で歩く彼の姿は少々奇妙なものにも見えるだろう。

 愛用の裾長いコートを翻し、彼は歩き続ける。

 そうして十分ほど経った頃だろうか。平凡なコンクリートビル、その間の路地へと、彼は曲がり入って行った。

 薄暗い裏路地だ。エアコンの室外機と、煙草の吸殻と、幾らかの空き缶やゴミが落ちているだけの、何の変哲もない路地。

 そんな人気の無い場所に。青年が一人、壁に寄りかかるようにして倒れていた。

 見た目の年齢はレストと同じ位。だらりと脚を放りだし、静かに目を閉じている。

 赤茶色の髪の隙間から覗く顔は、まるで獰猛な獣のようだ。総学の制服に身を包んでおり、その身体はしなやかな豹のように研ぎ澄まされていた。

 知らない人が見れば喧嘩でもして倒れたか、と思うだろう。けれどレストはそんな彼に、当たり前のように話し掛ける。


「やあ。相変わらずこんな所で眠っているのかい、グリウス君」

「…………」


 青年は何も返さない。

 変わらずずっと、微かな寝息を立てている。良く見れば多少汚れてはいるものの特に怪我も無い。本当に、ただ寝ているだけのようだ。

 それでも構わず、レストは言葉を重ねた。


「無視は酷いな。せっかくこうして訊ねてきたんだ、起きてくれても良いんじゃないかい?」

「…………」


 やはり、青年は無言。レストの言葉に反応一つ返さない。

 溜息を零し、仕方なく彼はゆっくりと距離を詰める。


「ほら、起きてくれ。もしこのまま寝ているようなら、そうだな。ちょっとした悪戯でも――」


 一メートルほどの距離まで、互いの間が詰まった時だった。

 路地裏に硝子を割ったような甲高い音が響く。それも一度では無い、刹那の間に起こったその数、計七回。

 それは、レストの張った『盾』が破られた音だった。以前リエラの攻撃を完全にシャットアウトした、世界を丸々一つ凝縮して造り上げた至高の盾。

 それを一瞬で八つ展開し、その内の七つが破られた。常人には到底不可能な偉業。成し遂げたのは当然、


「いきなり殴りかかってくるとは、酷い挨拶だ。危うく頭が弾け飛ぶ所だったよ」

「あ~……?」


 先程まで倒れていたはずの、青年に他ならない。

 青年、グリウスが気だるげに声を漏らす。突き出された右の拳はレストの眼前に展開されている半透明の青い障壁と鬩ぎあい、ギリギリと音を鳴らしている。

 盾に皹が入った。徐々に亀裂は広がり、もう少しで砕ける……という所で、グリウスは乱暴に拳を離す。

 そうして眠たげに息を吐きながら、ほぐすように首を回した。


「人が寝ている所を邪魔する。……イラつくな……そういうのは」

「気を害したのなら謝るよ。けれど、此方も大事な用件でね。話を聞いてくれないかい?」


 盾を消しながらレストがそう言えば、グリウスは目を細める。

 そうしてゆっくりと、脚を踏み出し――

 また、甲高い音が響いた。

 困ったように、レストが肩を竦める。


「とりあえず殴るのは止めてもらえないかな。心臓が持たないよ」

「あ……? はっ、下らない冗談だ。もう死ねよ」


 グリウスが拳を振りかぶり、放つ。光の速度で放たれた殴打。

 その脅威に、レストは三十の盾を展開する事で対抗してみせた。甲高い音が響き、盾の大半が壊されるが、かろうじて拳はレストまで届かない。

 グリウスが、片眉をぴくりと上げる。


「イラつくな、お前。やっぱり」

「心外だな、私は君と話がしたいだけだよ。後、ちょっとしたお願いをね」

「願い……?」


 怪訝そうに呟き、グリウスは一歩引いた。

 ひとまずの安全を確保し、レストは内心ほっと安堵の息を吐く。実際彼からしてもこのグリウスという青年、油断できる相手では無いのだ。

 何故なら彼はナインテイカーの一人であり、学内ランキング第六位。通称『真昇華』――グリウス・ジベルターなのだから。

 彼はナインテイカーの中でも、殊更気性の荒い人間だった。だから学園長や他のナインテイカー達も、彼に積極的に関わろうとはしない。ある意味、爆弾のような青年なのだ。

 そんなグリウスは、レストの顔を数秒見詰めた後、あっさりと踵を返す。

 そのままゆっくりと遠ざかっていく背中に、立ち止まったままレストは声を投げ掛けた。


「連れないな。少し位、聞いてくれても良いんじゃないかい?」

「俺は眠いんだ。話なら出直せ。百年後にな」


 どうせ百年後も聞く気はないだろうに。そう、レストは内心呆れを呈す。

 仕方が無く、そのまま無理矢理話を切り出した。


「近い内に、この島に大規模な襲撃が掛けられる。悪魔の大群による侵略戦だ」

「…………」

「敵の主犯格の狙いはこの島の中央にある封印。もし解かれれば、島は壊滅する事になるだろう」

「それがどうした……? 俺には何の関係も無い話だ」


 しつこい彼に、グリウスは脚を止め振り返る。

 露骨に不機嫌さのゲージが上がっていた。また何時、殴りかかってもおかしくない。

 それでも怯まず、レストは話し続ける。


「君への願い、頼みは、それに関した事なんだよ。別に難しい事じゃない、至極簡単で単純な頼みだ」

「はっ、何だ。俺に手助けでもして欲しいのか?」


 心底おかしそうに、彼は薄ら笑った。

 くつくつと、掠れた笑い声が路地裏に染みる。その様子を見れば、誰もが彼は協力しないと思うだろう。

 だがそれで構わない。むしろそれこそが、レストの望みなのだから。

 飢えた獣のような瞳を真っ直ぐ見詰め、レストは告げる。


「いいや、むしろ真逆だよ。君には今度の戦い、手出ししないで欲しいんだ」

「何……?」


 どういうことだ、と目で問い掛けるグリウス。

 彼が話に乗ってきた事を確認し、レストは饒舌に語り出す。定石外の己の頼み、その理由を。


「実は今、相手の戦力と此方の戦力はそれなりに拮抗していてね。主犯格四人を私を含むナインテイカー四人で押さえ込み、残る悪魔を皆に任せる。そういう方向で事態が推移している。だから、君に参戦されると拮抗が崩れてしまうんだよ」

「その方が、お前らには好都合じゃないのか?」

「この島に住む大半の人間には、そうだろうね。けれど私にとって、という点では少し違う」


 種明かしをするように、彼は語った。


「私はこの戦いを経て、目を掛けている少年少女達を成長させよう、と考えている。その為には出来る限り拮抗している方が良いんだよ。自分達が戦わなければ島が滅ぶ、それ位ギリギリな方が良い」

「はっ。まるで悪役だな」

「自覚はしているよ。最も、私自身はこの行為を悪だとは思っていないけれどね」


 愉快そうに、肩を竦める。そんなレストの様子に、グリウスはつまらなそうに鼻を鳴らした。


「だから俺に戦うな、と? ――イラつくな。他者に戦いの有無を強要されるのは」


 三度、拳が唸りを上げた。また甲高い音が連続して響く。

 幾度に渡る攻撃に、流石のレストも眉を顰めた。対するグリウスは障壁に張り付きそうな程顔をぐいっと近づけて、囁くように言う。


「俺は戦いたい時に戦う。戦いたい相手とな。その悪魔共が俺をイラつかせるのなら、殴り殺すだけだ。お前の願いなんて知ったことじゃない」

「ふむ。それは困るね。しかしそうなるとどうしたものか、君に願いを聞いてもらうには」


 あくまで諦める様子の無いレスト。そんな彼にグリウスは微かに唇を吊り上げ、獰猛な笑みを形作る。


「なら戦うか? 俺と。お前で。勝てたのなら、願いを聞いてやっても良い」

「おや。君は戦いたい時にしか戦わないんじゃなかったのかい?」

「退屈なんだ。お前と戦えば、少しは紛れる。だから戦え」


 気分が乗ってきたのだろう、誘いではなく強要するように言い、グリウスは唇を湿らせる。

 ボロボロの制服を身に纏いゆらりと立つその姿は、まるで野生の獣のようだ。これで本能に従い暴れるだけの獣なら、対処も簡単だったのだが。


(彼はそれだけでは無いから性質が悪い。下手に暴れれば他のナインテイカー総出で討伐される、そう分かっているからこそ大人しくこの島に留まっている。最も、他にも思惑はあるようだが……)


 高速で思案しながら、レストは簡潔に答えを返した。


「分かった、受けよう」

「はっ。そうでなくちゃな。これで少しは、イライラが解消出来そうだ」


 元よりこの展開も、レストにとっては想定内。

 彼の気性を考えれば、はいそうですかと願いを聞き入れてもらえるとは始めから思っていない。そして此方の頼みを通したいのなら、結局は力技以外には無いのだとも。

 とはいえ、戦わずに済むのならその方が良かった。そう、背負ってしまった多大なリスクに内心苦渋を呈しながら、レストは己が魔力を高ぶらせる。


「このまま戦ったのでは、余計な被害が出る。だから――場所を、変えようか」


 レストを中心に、闇が拡がった。

 世界に新たな世界が重なる。瞬く間に景色は漆黒の宇宙へと変貌し、近づいた太陽が二人を激しく照らし出す。

 無限に広がる宇宙の中で向かい合い、二人は開戦の合図をあげた。


「あぁ……。直ぐには、死んでくれるなよ?」

「残念だが、私は死なないよ。少なくとも、こんな所ではね」


 踏み込むグリウス。距離を取るレスト。

 超越者二人の激突が、無窮の宇宙を揺るがした。

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