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ナインテイカー  作者: キミト
第三章 『極剣』
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第八話  アンマリー・ロッテ

 何処かの国、何処かの都市で。

 モーゲルラッハとの会議を終え、シスター服の女は席を立ち静かに帰路に着いていた。

 薄暗い路地裏を、一人歩いて行く。見上げた空には少し欠けたお月様。


「夜の街というのも、良いものです」


 一人ごち、女は歩く。

 予約したホテルまで、帰るだけならば一瞬だが、彼女は敢えてそうしなかった。

 もう少しで自身の悲願は成就する。そうなればきっと、こんな穏やかな夜とは暫く会えないことだろう。


「勿体無い、と思ってしまうのは。少々、図々しいでしょうか?」


 立ち止まり、女は問い掛ける。

 路地の入り口に人が立っていた。彼女の背を睨む、鋭い眼光と共に。


「……アンマリー・ロッテだな」

「私の名前を知っている、という事は。一般人では無いようですね」


 振り向いた女――アンマリーの目に映ったのは、若い男だった。

 二十代半ばといった所か。スーツに身を包んだ姿は、サラリーマンに見えなくも無い。

 ただし、その両手に短剣を握っていなければ、だが。


「対異能保安協会所属、ジム・レイカーだ。君には国際協定に基づき、討伐要請が出されている」

「討伐、ですか。酷いものです、まるで狩りでもするように」

「狩っているのは君だろう。人間を、食料のように」


 ジムがそう言えば、アンマリーが小さく笑う。

 ぴくりと不機嫌そうに、ジムは肩眉を跳ね上げた。


「何がおかしい?」

「いえ。貴方の言っている事が、おかしくて」


 もう一度小さく笑い、アンマリーは続ける。


「人間は食料でしょう? 私達、天使にとっては」


 ばさり。路地裏に、白き翼が羽ばたいた。

 微笑むアンマリーの背に、一対の翼が現れたのだ。美しく、柔らかく、微かに輝いてさえ見える。鳥のそれとは違う、神々しさを感じる翼。

 魔力で造ったものとは根本から違う。それは正に、異形の証。

 顕された本性に、ジムは短剣を握る両手に力を籠める。


「残念だが、この地上にお前達の居場所は無い。大人しく消えてもらおう」

「身勝手ですね。貴方達人間だって動物を殺し、食料にしているではありませんか。それが許されて、何故私達天使が人間を食べる事は許されないのです?」


 本心から疑問なのだろう。

 ちょこんと首を傾げ放たれた問いに、ジムは一欠けらの動揺も現さず、既定事項を告げるように答えた。


「獣が食べられる事を許容していると思うか? それが答えだ」


 ジムの身体から魔力が噴出する。同時、手の短剣――彼の魔導機――が共鳴し、キーンと微かに音を鳴らす。

 刃を超振動させる事により、切断力を上げているのだ。魔力による強化も合わさり、鋼鉄程度ならば豆腐のように切り裂くだろう。

 まともに喰らえば腕か脚か、或いは首か。どこかが飛ぶ事は避けられない。

 それでも、アンマリーに恐怖は無い。銃を持った人間が、子犬を恐れないように。


「そうですね。ならば私も人間のように、一方的に人を狩りましょう。言い分など聞かず、身勝手に」


 ふわり、アンマリーの脚が地面を離れる。

 その僅かな時間に、既にジムは駆け出していた。


「させるかっ」


 翼の存在からも分かるように、彼女ら天使は空中戦を得意としている。

 わざわざ敵の領域に戦いを移行させる事も無い。この狭い路地裏に押し込めようと、ジムは一気に加速、左右のビルの壁を蹴り素早くアンマリーの頭上を取った。


「落ちろっ」


 振るわれる短剣。向かうは翼の付け根、まずは飛行能力を奪おうという狙いである。

 しかしアンマリーも馬鹿では無い。軽く羽ばたき剣をかわすと、そのまま空に向かって飛翔する。

 ばさり。一回の羽ばたきでジムを五メートルは引き離し、彼女は飛ぶ。もうあと一飛びで、路地裏から抜け出して――


「それは甘い考えだぞ」


 落下しながら、ジムは呟いた。

 事前に準備してあった魔法を行使する。途端、ビルとビルの間を塞ぐように、無数の魔力糸が張り巡らされた。

 特に頂点部は念入りだ。小鳥一匹、抜け出す隙間は無い。


「……対策くらいはしてあるという事ですか」

「当然だ。お前程の異形を相手に何の準備も無く戦いを挑む程、私は愚かでは無い」


 アンマリーの動きが止まる。

 魔力糸には切断の効果が付与してあった。触れれば切れる。そんなものが蜘蛛の巣のように張られているのだ、自由な飛翔など出来る訳が無い。

 応答の間にも、ジムは標的を狩る為に動き出す。空中に魔力で足場を形成し跳躍、再び左右のビルを蹴り、器用に糸の間を抜けて頭上の天使へと襲い掛かる。

 幾度と無く振るわれる刃。その全てを避けるアンマリーだが、糸の結界のせいか、動きはぎこちなく限定的だ。先を予測し、追いつくことは簡単だった。


「これで、仕留めるっ!」


 魔法を調節する事で糸さえ足場とし、ジムは跳んだ。

 極限まで魔力の凝縮された短剣がアンマリーに迫る。

 絶対の危機。だがそれでも、アンマリーの余裕は崩れない。


「大人しくしていれば、直ぐに付け上がる」

「っ!」

「だから、人間は嫌いなんだ。愚かで、身の程知らず」


 ジムの短剣が、止まった。アンマリーが右手に出現させた棍棒型の武器――メイスによってだ。

 成人男性程もあるそのメイスを、アンマリーは一振り。周囲の魔力糸ごと、ジムをなぎ払い吹き飛ばす。

 辛うじて空中で体制を立て直し着地したジムは、驚愕を露にした。メイスの大きさや破壊力にではない。変わっていたのだ。

 アンマリーの、容姿が。


「誰だ、お前は……」


 先程、メイスを出すまでの彼女とはまるで違う。

 薄茶色だった髪は真っ白に染まり、穏やかそうな目も今は鋭くつり上がっている。

 他にも口元や鼻、耳の形に至るまで、全てが違う。頭部がまるまる別人に挿げ替えられた、と言われても信じてしまいそうな程の変貌だった。

 唯一同じなのは、その体型位か。これでシスター服を着ていなければ、アンマリーとの共通点など誰にも見つけられないだろう。

 その、アンマリーかも定かではない女性が、口を開く。


「誰? これはおかしな事を言う。お前自身が呼んだのだろう? 我を、アンマリー・ロッテだと」

「……私が知っているのは、先程までのお前だ。今のお前を、私は知らない」

「だろうな。何せこの姿を見た敵は、全て死んでいるのだから」


 だから情報など残らない。言外にそう告げ、アンマリーは笑った。

 容姿どころか、口調も性格もまるで違う。その様子を見て、ジムは一つの予想を立てる。


(二重人格、という奴か? 彼女にとっては、此方の人格、此方の形態が戦闘用。本気の形)


 だとすれば、更に戦いは厳しくなるか――。

 そう予測し、ジムは口元を引き結んだ。事前に手に入れた情報から自分一人でも仕留められると思っていたが、少々修正する必要があるのかもしれない。

 援軍を呼ぶか、最悪退くか。ジムは思考する。

 その考えが、全くの無駄だとも知らずに。


「一つ教えておこう。貴様の考えは、間違いだ」

「……分かった風な事を。人の心でも読めるのか?」


 尊大な態度のアンマリーに、ジムは言い返す。

 その間も警戒は解かない。何時でも襲いかかれるよう体に力を入れながら、隙を探る。

 そんな彼を嘲笑うように、天使は続けた。


「読めなくとも分かるさ。貴様が此処で選べる正解はただ一つ。地べたに頭を擦りつけ、必死に許しを請う事だ」

「傲慢だな。少し虚を突いた程度で、自身が強者だと勘違いしたかっ」


 言うと同時、ジムは魔法を発動させた。

 左右の壁に、幾十もの魔法陣が浮かび上がる。それはまるで獲物を狙う銃口のよう。


「言った筈だぞ。準備はしてある、と!」


 魔法が解放される。輝く陣からアンマリー目掛けて、一斉に魔法弾が放たれた。

 唯の弾丸では無い。杭のように尖った弾丸は、容赦なく標的に突き刺さり、その命を奪うだろう。

 だが。迫る死を前にして尚、アンマリーの余裕は崩れない。


「それが愚かだというんだ。脆弱な人間が」


 ブオン、と激しい風切音を鳴らして、アンマリーがメイスを振った。

 生まれる激しい暴風。それは物理的な障害となって、殺到する魔法弾を打ち砕く。

 魔法弾と共に突っ込もうとしていたジムも、これには流石に脚を止めた。慌てて引き、壁に短剣を突き刺し風に耐えると、そのまま吹き荒れる小さな台風をじっと窺う。

 やがて台風が消えた時。そこに、アンマリーの姿は無かった。


「逃げられたか……? ――っ、いや、違う!」


 一瞬、安堵しかけた。

 ジムとて真っ当な人間だ。あれ程の人外と相対し生き残ったとなれば、逃げられた事への口惜しさよりも先に、緩みが出る。

 だが同時に、彼は優秀なテイカーだった。だから直ぐに気付いた、出口を塞ぐように張り巡らせた糸が、まだ切れていない事に。


(奴はまだ、此処に居る――)

「良い反応だ」


 声は、彼の後ろから。それも耳に息が掛かるほど、近く。

 咄嗟に振り向く。否、振り向こうとした。


「だが遅い。所詮人間、雑念が多い!」


 その瞬間には、ジムの首から上は跡形も無く吹っ飛んでいた。

 司令塔を失った身体がぐらりと傾き、鮮血を吐き出しながらゆっくりと倒れていく。

 冷たいコンクリートの地面に流れる赤を見ながら、メイスを一振るい。血を払ったアンマリーは、つまらなそうに吐き捨てる。


「喰う気にもならん。質の悪い人間は、鼠の餌にでも成っていろ」


 術者を失った事で消えていく、魔法糸の結界。

 その様を眺めながら、アンマリーは手のメイスを何処かへと消す。同時、彼女の容姿が元に戻った。

 変わらないのは体型と、服装と、頬に跳ねた真っ赤な血液だけ。


「ふう、無駄な力を使ってしまいました。早くホテルに帰ってゆっくりと休みましょう」


 優しく、優しく微笑んで。

 翼を仕舞った天使は、何事も無かったように路地裏から出て行った。

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