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ナインテイカー  作者: キミト
第三章 『極剣』
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第七話  それぞれの過ごし方

 レスト達が会議を行った、次の日。

 やはりもしもの時は君達に任せるしかない、と聞いたリエラは今、学内にある剣道場の一つに来ていた。

 部員が強化合宿に出ている為空いたその場所を、ぐるりと見渡す。静かで、不思議と気が引き締まるような、厳かな雰囲気が身を包む。


「――よしっ」


 パン、と音を立てて、自らの頬を叩き。

 気合を入れたリエラは、早速行動を開始した。


「まずは……掃除っ」


 隅にある掃除用具入れから取り出した雑巾を濡らし、何度も床を往復する。

 一路一路に心を籠めて、集中し、しっかりと床を磨き上げていく。

 少しだけ汗を掻き――五分も経つ頃には、広い剣道場全ての雑巾掛けが終わっていた。


「ふぅ。そうしたら、次は……」


 掃除用具を片付けたリエラは、今度は剣道場の中央に正座し、無言で目を閉じる。

 膝の上に手を添え、じっと動かない。ゆっくりとした呼吸の音だけが、無音の剣道場の中に微かに響いていた。


「ふー……」


 ――リエラがこの場所に来て、わざわざこのような行動をしている理由。それは、修行の為である。

 レストは、リエラ達が戦う可能性について『もしもの時』と言っていたが、そう言われて彼女等がじっとしていられる訳がない。

 当然のように四人が四人とも、少しでも強くなっておこう、という結論を出した。

 そして、リエラが選んだ修行方法がこれ。精神を磨く事である。


(……私にとって、一番目指しやすく、分かりやすい強化。それは、あの『力』を使いこなす事)


 リエラ・リヒテンファールには、他のテイカーとは一線を隔する特殊な力がある。

 レスト曰く『心の強さに呼応する』その力は、発揮できればあのレストとさえ戦える程に強力な力だ。

 だが同時に、初めて発動したその時以来、この力をリエラがまともに扱えた事は一度も無かった。何度模擬戦を重ねても、発動の兆候さえも欠片も見えはしなかったのだ。

 その無反応さといったら、一度は使ったはずのリエラ自身が本当に自分にそんな力があるのか? もう無くなってしまったのではないか? と疑問に思ってしまう程である。


(でも、確かにある。この間の高天試験で、それを確信出来た)


 七月に行われた高天試験。その終盤で、リエラは友人の為一人、大量の生徒達に立ち向かった。

 その時、ほんの少しだけ発動したのだ。あの、心の力――『心力』とでも呼ぶべきものが。

 だからこそ彼女は、自分に匹敵する程の実力者の大群を最後まで足止め出来たと言って良い。一応、途中からはライバル(と勝手に思っている)古賀荘厳という少年も、加勢してくれたのだが。

 ともかく、その力を自由に引き出せるようになる事。それが、リエラが第一に考えた己の強化法だったのだ。

 そしてその為に必要なのは、


(心――つまり精神の、成長)


 だから今、こうして剣道場で正座し、集中している。

 自分の内面を見詰めなおし、より高みへと至る為に。

 最も――


「全部、本やネットで知った方法だけど」


 思わず、リエラは呟いていた。

 そう、この修行方法はリエラがこの島に来る前、日本について調べていた時に知った方法なのだ。

 この島は一応日本所属なので勉強したのだが……それがまさか、こんな所で役に立つとは。


(いや、まだ役に立つかどうかは分からないけど)


 緩んでいた気を引き締めなおす。

 こんな風に雑念に囚われているから、自分はあの力を使えないんだ。

 再び無言で、リエラはじっと集中した。心を可能な限り無にし、深く深く奥底へと落ちて行く。


「ふー……」


 残り僅かな期間で、彼女が力を扱えるようになるのか。

 それはまだ分からない。


 ~~~~~~


 ――同日。芦名藤吾の場合――


「お邪魔しまーす」


 恐る恐る、といった様子で、藤吾は硬く重い鉄の扉を押し開ける。

 そ~っと中を窺えば、予想と反し明るく清潔で、広々としたホールのような空間が広がっていた。


「おー……此処が、物宮研究部の部室かー。部室っていうか、完全に研究所だな、こりゃ」


 きょろきょろと、おのぼりさんのように周囲を窺う藤吾。

 すると彼に気付いたのだろう、ホールを歩いていた白衣姿の男子生徒が首を傾げ、近寄ってくる。


「んん? 君は誰かな。この研究部に、何か用?」

「あ、はい。二年A組所属の、芦名藤吾っていいます。実はちょっと、相談があって……」

「あー、芦名藤吾! この間の高天試験見たよ。凄かったねー!」


 ばしばしと、藤吾は背中を叩かれた。

 どうやら随分とフランクな人物であるらしい。あはは、と愛想笑いを浮かべながらも、これは好都合かと考える。


(絶対無理だと思ってたけど……これなら、少しは目的達成に希望も見えるか?)


 藤吾が此処に来たのは、決して遊び目的では無い。

 彼は、強くなりに来たのだ。それも、短時間で劇的に。


「あ、あの、そろそろ離してもらっても……」

「ああー、悪いね。最近徹夜続きでさ、ちょっとテンションおかしくてねー」


 あはは、と笑う男子生徒の目元には、隈が見えた。

 良く観察すると髪もぼさぼさで、服もうっすら汚れている。眠らず着替えず風呂にも入らず、ひたすら研究に没頭していたのだろうか。


(まあ、無理もないか。何せ研究狂いが集まるって噂の、『物宮研究部』だからなぁ)


 此処は、ナインテイカーの一人である『速狂士』、物宮西加が部長を務める研究部である。

 昔は別の名称だったらしいのだが、物宮西加がやって来てから名前が代わったらしいのだ。げに恐ろしきはナインテイカーの影響力、という事だろう。

 とにかく、そんなちょっとイカレタ場所であるからこそ、藤吾は尋ねた。自分勝手な己の願いなど、こんな場所でもなければまともに聞いてすらくれないだろうから。


「それで君、どうして此処に来たんだい? 誰かに用かな?」


 来たっ。そう、藤吾は心を引き締める。

 此処からが肝心だ――大きく息を吸い、覚悟を決めて、彼は切り出した。


「あのっ。実は……俺の魔導機を改造するのを、手伝って欲しいんですっ」


 予想外の答えに、男子生徒の目が見開いた。


 ~~~~~~


 ――同日。二条綾香とニーラの場合――


 リエラが心を鍛え、藤吾が魔導機改造の交渉をしている頃。

 綾香とニーラの二人は、揃って学内に存在する模擬戦場の一つへとやって来ていた。

 だだっ広い空間と、幾つかの機材があるだけの、殺風景な模擬戦場だ。けれど魔法の練習をするには、これでも十分。


「それじゃあ、始めましょうか。ニーラさん」

「はい。始めましょう」


 共に頷きあい、二人は魔法の練習に取り掛かる。

 戦うのではなく、純粋に魔法の構築や技術について研鑽を積み、互いに問題点を指摘し合って、腕を上げるのが目的だ。

 レストの話を聞いた時、二人が抱いた改善点はほぼ同じだった。即ち、根本的な魔法の腕の上達。それが、今の自分達に必要なものだと。

 互いにそれを何となく感じ取っていたのだろう。自然と二人はタッグを組み、こうして特訓に励んでいるという訳だ。


「ふぅ。そろそろ少し休憩しましょうか」

「……はい。今、お茶を用意します」

「あ、それなら私も手伝います」


 ぱたぱたと、少女達は近くのベンチに腰掛け、休憩の準備をし始める。

 無理は禁物だ。元々この特訓も、漠然と感じる不安感に駆られたが為のもの。そこまで根を詰める必要は全く無い。


「あ、この紅茶美味しいですね。何という銘柄なんですか?」

「……『ローレンド』です。多分、普通に探しても見つからないと思いますが」

「そうなんですか? では、かなり貴重な物なのでは……」

「いえ、そうでもありません。レスト様が仕入れてくださるのならば、ですが」


 和気藹々とした、和やかな空間だった。

 同じレストを敬愛する者同士、良く気が合うのだろう。

 やがて、お茶請けに用意したクッキーが無くなった頃。二人は立ち上がり、再び模擬戦場へと戻っていく。


「それでは再開しましょうか。ニーラさんは師匠から教わった、砲撃魔法の練習。私は、他者に掛ける補助・強化魔法の練習を」

「はい。……頑張ります」


 ふん、と拳を握り気合を入れるメイドの少女に、綾香は小さく苦笑する。

 そうして自分もまた、彼女を見習って気合を入れた。


(師匠は、念の為と言っていましたが……それだけで、あんな事を私達に話すとは思えません。きっと、敵は来ます。そして私達が戦う時も)


 綾香には確信があった。

 或いはそれはレストを敬愛するが故の行き過ぎた妄想かもしれないが、彼女にとってはどちらでも関係ない。大切なのは師匠の期待に応える事、それだけだ。

 けれど同時にもう一つ。今の彼女には、半年前には無かった大切な想いがある。


(大切な人達を守る為。私だって、強くならなければ)


 一ヶ月前の高天試験で、自分の弱さを痛感した。

 そして支えてくれる友の大切さも、また。

 だから努力するのだ。もう、己の無力さに泣きたくなど無いから。


 そしてそれは、ニーラも同じ。


(もう、以前のテロリストの時のように……足手まといになるのは御免です)


 それぞれに、懸ける想いがある。

 その想いに恥じないように。彼女達は汗を流し、魔法の練習に取り組み続けた。


 ~~~~~~


 ――同日。世羅・ヴォルミット・クーリエの場合――


 膝に手を着き、ぽたぽたと地に落ちて行く汗の跡を眺めながら、世羅は大きく深呼吸を繰り返す。

 何時もと同じ、剣の鍛練。けれど今日は、妙に体力の消耗が激しい。

 呼吸を整えようと、必死で肺に空気を取り入れる。

 と、伏せていた頭に、影が掛かった。


「……身体に力が入りすぎている。疲れるのも当然だ」

「シショー……」


 世羅が顔を上げれば、自身の師――四字練夜が、じっと己を見下ろしている。

 片手に剣を握った彼は、汗一つ掻いていなかった。先程まで世羅と、ずっと刃を合わせていたというのにだ。

 自身と師との差に、世羅は小さく唇を噛む。


(くそっ。こんなんじゃあ、レスト・リヴェルスタを倒すなんて一生無理だ。それに、あの悪魔……モーゲルラッハ。奴の件もある)


 先日のレストとモーゲルラッハの戦闘を見て以来、世羅の胸には焦燥感が渦巻いていた。

 今の自分では、到底届かないレベルの戦い。それを間近で見せられて、しかもそのどちらとも戦う可能性がある。

 レストとは、師の悪評を晴らす為に。モーゲルラッハとは、奴が殺戮を行おうとした場合に。

 いざとなれば、戦わなければならず――しかしとても、届く未来が想像出来ない。


「……何を悩んでいるのか、知らないが」

「? シショー?」

「下らない考えは、全て捨てろ。それは剣を鈍らせる」


 世羅は、思わず固まった。

 四字の言葉は、決して何も分からないまま放たれたものではない。むしろ弟子の心中を機敏に察したからこそ、出た言葉だ。

 だから、世羅は固まった。自分よりも遥か格上の敵に挑むという難事を、下らないと言い切った己の師に。


「でも、私は……」

「誰が相手か知らないが。戦わなければならないんだろう? ならば、戦え」


 しっかりと世羅の目を見て、四字は告げる。


「他は要らない。ただ剣を研ぎ澄まし、挑めば良い。どうせ、悩んでも何も変わらない」

「……ちょっと酷くないか、シショー」

「そうでもない。お前は俺と同じ、ただの剣馬鹿だ。だったらどんな障害も、悩みも、斬り裂き進む。それしかない」


 シンプル過ぎる考え方だった。

 だからこそ、世羅は悩む。師の言葉に従うべきか、否か。


「……もう休憩も済んだだろう。そろそろ、再開するぞ」

「あ、シショー!」


 慌てて剣を引っ掴み、背を向ける師の後を追う。

 走る世羅の中では、師の言葉が幾重にも響き続けていた。


 ~~~~~~


 ――おまけ。古賀荘厳の場合――


「……なんだこれは」


 日課の鍛練を行っていた筋肉もりもり、老け顔の少年の元に、一通のメールが届く。

 少年――荘厳は、疑問に思いながらも魔導機を操作し、そのメールをチェックした。


「差出人……不明? どういう事だ」


 魔法の杖の役割を持つ魔導機には、非常に高度なセキュリティが備わっている。この手のスパムメールの類は、即座にシャットアウトしてくれるはずだ。

 とはいえ機械にあまり詳しくない荘厳は、眉を顰めながらもメールを開いた。中身を、ざっと読み進める。


「敵? 島の危機? 何だこれは、ふざけているのか」


 そこには、近日この島に敵が攻め込んでくるかもしれない事。

 そして、その敵の目的が果たされれば、島が崩壊の危機に陥る事が書かれていた。

 俄かに信じがたい内容だ。そもそもそんな重大な情報を、一生徒の自分に送ってくる理由が分からない。


「誰かの遊びか。それとも、宗教の勧誘にでも繋がるのか」


 そう思い、荘厳は最後まで読み進めて。


『君の健闘を祈っているよ、ソーゴン君』


 付け足されるように書かれたその一文を見た瞬間、ぴきりと額に青筋を浮かばせた。

 誰だか分かった。このメールの、送り主が。そして狙いこそ分からないものの、この内容が真実であろう事も。


「ふん。俺を試そうとでもいうのか? レスト・リヴェルスタ」


 上等だ。癪だが乗ってやろう、その戯言に。そして打ち砕いてやる。

 呆気なく思惑に乗せられ、荘厳は動き出す。

 ことレストに関しては、結構単純な彼であった。

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