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ナインテイカー  作者: キミト
第三章 『極剣』
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第五話  集う強者達

 がちゃりと音を立てて開いた扉に、リエラはもう終わったのか、と思いながら振り返る。

 案の定そこに立っていたのは同居人の青年で、彼女は暢気に紅茶を飲みながらふらふらと手を振った。


「おかえりレスト~。随分速かったのね、どう? クーリエは強かった?」

「ただいま。さて、彼女の事は分からないな。何せ戦っていないからね」

「は?」


 何言ってるんだこいつ、という目で彼を見る。

 そこで妙な違和感を感じた。

 何だろう、まるで、ありえないものを見た時のような――


「血」

「ん?」

「その、頬の血。それ、どうしたの?」


 有り得ないものの正体が分かった。彼の頬に付着した、黒く変色した血液だ。

 それはほんの少し、一筋だけのものだったが、しかし。


(怪我をしたのか、返り血なのかは知らないけど。こいつが血を付けてる? そんな馬鹿な)


 これまでの経験から、リエラはそう断言した。

 この男の実力と戦い方からして、怪我をする事も、返り血を浴びる事もほぼありえない。

 加えて言えば彼は今クーリエと戦っていないと言ったばかりであり、ならば尚更血が付いているのはおかしかった。

 そもそも何故戦わなかったのか、という所から問い掛けるべきなのかもしれないが、今の彼女の頭の中は彼に付いた血の事で一杯だ。それ程までに、『レストに付着した血液』とは衝撃的な光景だったのである。

 未だ現実に頭が追いつかず、半ば上の空状態の彼女の問いに、レストはああそういえばと頬に手を走らせる。


「ちょっと厄介な相手と戦ってね。その時に受けた傷だよ」

「へー、怪我したの。……あんたがぁ!?」


 がばっ、と腰を挙げ、目を見開くリエラ。

 その顔にはありありと『私驚いています』と記されている。

 無理もあるまい。リエラからしてみればレストとは、何時か打倒するべき敵であると同時に、遥か高き目標でもある。

 その圧倒的な力は、幾度もの模擬戦で痛い程に知っていた。それこそ世界中のテイカーから見ても十分優秀な己が全力で挑んで、未だ一撃も与えられていない程なのだ。

 その彼が、怪我? どんな冗談だ、それは。まさかクーリエとの決闘を放りだして、別のナインテイカーとでも戦ってきたのか。

 そう訊けば、彼はいや違うよと冷静に首を振った後、


「君達にも無関係ではないし、詳しい話は皆と共にしよう。とりあえず一つ言える事は――これは、この学園、そしてこの島の『敵』に付けられたものだ、という事かな」


 そう言って、カーペットの上に座り込んでしまう。

 そのまま魔法を使い、空中にウィンドウを出して何処かへと通信を繋げる彼を見ながら、リエラは呟いた。


「敵、って……んな馬鹿な」


 彼女が現実を受け止めるには、まだ時間が必要そうである。


 ~~~~~~


 それからおよそ三十分。

 彼から桜並木であった出来事を聞いた一同――リエラ、ニーラ、藤吾、綾香――は驚愕のあまり言葉を失い、放心状態に陥っていた。

 当然だろう。あのレスト・リヴェルスタと互角、いやそれ以上に戦った『敵』。そんな者の存在を知らされればそうもなる。

 彼女等は皆、心の何処かでこう思っていたのだ。彼に比肩するような化け物など、同じナインテイカー以外に居るものか、と。

 その常識が覆された衝撃はあまりにも大きかった。四人が四人、ぽかんと口を開けて固まってしまう程に。

 やがて。何とか再起動を果たしたらしい藤吾が、ウィンドウ越しに言う。


『本当、なんだよな? 今の話。俺達を驚かそうと嘘を吐いてる、って事は無いよな?』

「勿論だとも。こんな下らない冗談など、吐きはしないよ」


 その言葉に残る三人も飛ばしていた意識を戻し、次々に口を開く。


「じゃあ何。あんたと互角に戦えるような悪魔がこの島で録でもない事件を起こそうとしてる、って事?」

「……正直、まだ信じられません」

『し、師匠のお顔に傷を……ド畜生の悪魔如きが……っ!』


 最後の一人だけは全く別のベクトルであったが。

 とにかく。漸く話せる所まで回復した彼女等に、レストは改めて話を切り出す。


「彼の目的が何なのか、それはまだ分からない。だが少なくとも敵である事だけは確かだ。そして恐らく、学園長もその存在に気付いている」

『昼間の連絡は、その為だったんですね……』


 唯一学園長との通信を聞いていた綾香が、小さく呟く。

 それに頷いてレストは続けた。


「詳しい話は、今度ある会議で話し合う事になるだろう。対処もね。ただ、君たちには知っておいてほしかった」

「どうしてよ? そんな相手、正直私達にどうこう出来る気はしないんだけど……」


 真っ当な感想である。

 実力差がありすぎて束になっても敵う気はしないし、そもそもナインテイカー達がどうにかするというのなら、自分達は関係ないのではないか。

 そう思うリエラだが、レストは首を振って否定する。


「確かに、奴――モーゲルラッハの相手は、私達がする事になるだろう。だが、敵はそれだけとは限らない」

「奴が単独犯では無い、って話? でもそれだって、それ程の実力者がわざわざ手を組むんだから、相当やばい連中なんじゃ……」

「かもしれないね。でも、私が言いたいのはそういうことじゃないんだ」


 じゃあどういうこと? と首を傾げる一同に、レストは言う。


「モーゲルラッハは、魔界でも相当に高い地位を持つ悪魔だ。当然彼に従う悪魔も大勢居る」

「そいつ等が敵として出てくるかもしれないって事?」

「そうだ。下手をすれば、悪魔がこの島に大挙して攻め込んでくる、何て事態にもなりかねない」


 嫌な可能性だった。どれ程の数かは分からないが、少なくと百や二百では収まるまい。

 場合によっては、島を上げての戦争にさえなるかもしれない――そう想像した一同の頬を、冷や汗が伝う。


「もしそうなった場合。頼りになるのは、君たち総学の学生なんだ。私や他のナインテイカーは、モーゲルラッハ達の対処で手一杯だろうからね」

『警察はどうなんだよ? あくまで一般人の俺達が戦うよりも、まずは警察が戦うべきだろ?』

「それは勿論だ。が、敵とて馬鹿ではない。始めから警察に勝てる程度の戦力は用意しておくだろうさ。そもそも、市民の防衛を第一に考えなければならない警察は、それだけで不利だ。それを考えれば、この島を守る為には君達学生とて戦わなければならないだろう」

「それは……でも……」

「躊躇う気持ちは分かるよ。が、以前テロリストと遭遇した時のように、いやそれ以上に大勢の命が懸かっているんだ。準備だけでも、しておくに越した事はないだろう?」


 まだ、モーゲルラッハがどんな事件を起こそうとしているかは分からない。

 悪魔の大群など現れず、少数で事を起こすかもしれないし、そもそも島に被害が出るかも分からない。

 が、あの悪魔の逸話を考えれば、とても楽観視は出来なかった。三十万もの人々を殺し尽くした悪魔が、今回は誰も殺さないなどと、そう思えるはずが無いのだ。


「だから、君達に話したんだ。まだ学園長の方針が分からないため他の学生達にまで知らせる事は出来ないが、君達だけならば良いと思ってね」

『『「「…………」」』』

「ふふ、そう深刻に考えなくても良い。なるべく、私達だけで解決するさ。念の為というやつだよ」


 重くなった場の空気を払拭するように、殊更明るくレストは言った。

 それでも、四人の顔色は優れない。皆押し黙り、何かを考え込んでいる。

 その様子を見て内心、呟いた。


(そうだ。考え、立ち向かってくれ。それでこそ成長する)


 念の為? そんな理由で話をした訳がない。

 レストの狙いは始めから一つだ。この事態を利用して、目を掛けている者達を成長させる。

 その為ならば、彼等を進んで困難な道に放りこもう。それがきっと、互いの為になるのだから。


(後で、ソーゴン君にも話をしておかなければな)


 目を掛けているもう一人の男子をどうやって参戦させるか、こっそりと考えつつ。彼は来る未来に、期待の笑みを浮かべたのであった。


 ~~~~~~


 それから二日。

 レストは指定された通りの時間に、指定された通りの場所へとやって来ていた。

 総学の第一校舎、その最上階にある会議室。此処が、学園長から通達された会議の場所である。


「失礼するよ」


 ギィィ、と少し古めかしい音を立て、扉を開く。

 目に入るのはUの字型のテーブルと、大きな窓。そして既に席に着いている、他のナインテイカー達。


「私を入れて五人、か。少ない……いや、むしろ多いと見るべきかな?」


 場には空席が目立っていた。

 だが我の強いメンバーの性質を考えれば、これでも集まった方だろう。

 ゆらりと歩みを進め、レストは自分の席に着く。わざわざ用意したのか、テーブルの上に手書きのネームプレートが置かれていた。


「……レスト」

「ん? 何だい、練夜君」


 と、腰を下ろした途端、横に座る少年が小さく名を呼ぶ。

 夏休みだというのに真っ黒な学生服に身を包んだ彼こそ、世羅の師匠。四字練夜だ。


「弟子が、迷惑を掛けた。すまない」

「良いさ別に。迷惑どころか楽しかった位だ」


 そう言えば、四字は感謝するように小さく頭を下げる。

 律儀な少年だ。剣に身を捧げているからなのか、彼は随分と実直な性格だった。

 と、今の会話を聞きつけ、反対側から声。


「何だ何だ、レストは知っていたが、練夜にも弟子が居たのか! 興味深いぞ、今度紹介してくれっ!」

「……機会があれば」

「絶対だぞ!」


 レストを挟み声を飛ばす彼女の名は、物宮ものみや 西加にしか

 此処に居る事からも分かる通りナインテイカーの一人であり、第九位。『速狂士』の異名を持つ、白衣を纏ったちんちくりんな幼女である。

 身長はニーラよりも小さく、小学生程しかない。足元まで伸びる薄紫色の長髪に、元気溌剌! な可愛らしい容姿と性格を持った、九天島一の技術者だ。

 無邪気な態度で練夜の弟子に期待を馳せる彼女に、レストはくすくすと忍び笑い。


「む? 何がおかしいのだ、レスト」

「いえいえ何でもありませんよ、博士。ただ、微笑ましいものだな、と」

「ん~……? まあ悪くないのなら、良し!」


 はっはっはー、と西加は高笑いを上げた。

 彼女は自分の事を、博士と呼ぶように皆に言いつけている。レストは、そんな言いつけを律儀に守っている者の一人であった。

 例外としてはこの場に居ない第三位、『暴君』エミリアなどが当てはまる。彼女は何時も西加の事を『ちび』と呼び、その度に喧嘩になるのがお約束だ。

 ともあれ、仲良く話す彼等を羨んだのか、Uの字の向かい側から新たに会話に飛び込む者が。


「むしゃむしゃ……楽しそうで良いなぁ、むしゃむしゃ……」

「だったら君も話せば良い。ポテトばかり食べていないでね」

「無理! だって手元にポテトかあるんだもん。ポテトうまー!」


 叫び、テーブルの上に置かれたフライドポテトを摘まむ彼女は、菜々乃(ななの) 七海ななみ

 学内ランキング第四位、『無現』の通称を持つ少女。茶色の髪をサイドポニーの形に纏め、スレンダーな体躯をした、活発的な女の子だ。

 ちなみに学年は一年なのだが、実はこれ二度留年した結果である。実技は良いのだが、座学の方がかなり残念な出来なのだ。

 そんな彼女の下から魔法でポテトを一本摘まみながら、レスト。


「変わらないねぇ。君は」

「あ、何すんだレスっちー! 私からポテトを奪うなんて、重罪だぞ!」

「良いだろう? 少し位。この前、宿題を手伝ってあげたじゃないか」

「う、それを言われると……ぐぐぐ。ええい、持ってけ泥棒ー!」


 ばさぁ、と彼女がぶちまけたポテトを、落ちる前に魔法で集める。


「危ないな。私が回収しなかったら、どうするつもりだったんだい?」

「そこは信頼ですよ。レスっちとの絆の力、ですな」

「はぁ。勝手に絆を作られても、嬉しく無いんだが……」

「レスト、レスト! 私にもポテトー!」


 溜息を吐きながら、催促してくる西加の前にポテトを浮かべてやる。

 目を輝かせ、ポテトの球に手を伸ばす幼女を横目で見ながら、レストは最後の一人へと目を動かした。


「で。彼は相変わらずお寝む、か」

「……俺が来た時には、既にあの場所で眠っていた」

「ちなみに、君が来たのは?」

「三十分程前だ」


 四字の答えと共に、四人の視線がテーブルに突っ伏し眠る少年へと集中する。

 真っ白な髪に、細くも無く、太くも無い両腕。寝ている状態では分かり辛いが、中肉中背の平凡な体格だ。

 だが侮る無かれ。彼こそ、学内ランキング第一位。

 通称『永天』――八之瀬はちのせ 久遠くおん


「まあ、心配する事はないか。流石に会議が始まれば、彼も起きるだろう」


 レストはそう言って、背もたれに身を預ける。

 というかそもそもだ。


「私達を呼んだ学園長はまだなのかい? 主催が一番遅いとは、ちょっとどうかと思うのだが」

「いや~、そう言われると弱いなぁ」


 返答は、扉が開くのと同時だった。

 間延びした声と共に、この学園の長――学園長が部屋に入ってくる。

 何時も通り、よれよれのスーツにずれた眼鏡。そしてぼさぼさの髪を引っさげていた。


「御免御免、遅れちゃって。ちょっと別の案件が押しててね」

「とか言って。本当は寝坊しただけでしょ~?」


 七海の意地悪な笑みに、学園長はびくりと一度身を震わせた後そそくさと奥の席に付く。

 どうやら図星らしい。最も、今更そんな事で攻める者は居ない。皆、慣れっこだ。

 ごほん、と学園長が咳払い。


「では、来れる人は全員来たみたいなので。早速会議を始めましょー」


 何処か暢気な宣言と共に、たった六人の会議は始まった。

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