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ナインテイカー  作者: キミト
第三章 『極剣』
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第三話  動き出す脅威

 ゆっくりと。壁面を滑る溶岩のように、それは進み、世界を侵食する時を今か今かと待ちわびていた。

 人の手には余る計画。人の手には余る力。ならば――それを動かすのは、人では無い『何か』に相違ない。

 そう。だから、彼等は。人ではないのだ。


「いやはや。此処まで来るのに随分と、時間と手間が掛かってしまいましたな」


 有り触れた表通りの喫茶店、その一角に座る好々爺然とした老人が、朗らかに呟いた。

 薄茶色の帽子に、同色の長々としたコート。まるで一昔前の探偵のような格好をした彼は、テーブルに置いてあった煙管を咥えると、トン、と一叩き。

 それだけで、筒の先からゆらりと煙が立ち昇る。

 その煙に眉を顰めて、正面の女。


「申し訳ありませんが。煙草は、ちょっと……」

「おや、そうですか? これでも、普通のタバコよりはずっとましだと思うのですが……」

「敏感なんです。そういう、周囲から流れてくるものに」


 困ったように微笑む修道服姿の女性に、これは失礼、と一言謝ってから老人は煙管を再びトンと叩く。

 それだけで煙は消えた。ほっとした様子の女性に肩を竦め、煙管を懐に仕舞いこむ。


「いやはや、それにしても。こうして四人揃うのも久しぶりですな」


 場を仕切りなおすように、老人は再び切り出した。

 右手に座る、髪を派手な緑と金に染め、タンクトップとジーンズというラフな格好をした男が即座に返す。


「そりゃそうだ、じー様。あんたと違ってこちとら忙しくってよ、茶ぁ飲んでる暇も無かったんだ。分かるか? その耄碌した禿げ頭で」


 きゃきゃきゃ、と嫌に甲高い声で男が笑う。

 あからさまな嘲笑だった。が、老人の心は動かない。始めからずっと変わらぬ穏やかな表情で、左手の席に身体を向ける。


「いやはや、全く以ってその通りで。皆様には大変な苦労を掛けてしまいました。勿論、貴女にも」

「かまいません。ぼくは、そんなにでもなかったですし」


 真っ白なお皿に乗ったチョコケーキをフォークで突きながら、少女が答える。

 声も、容姿も、実に幼い少女だった。小学校に上がっているかも定かではないような。


「いやはや、それは重畳。では、改めまして。間も無く始まる九天島との――ひいてはナインテイカーとの戦争に向けまして、話し合いを始めましょうか」


 ドイツの田舎町での一幕である。


 ~~~~~~


「御免、お願い! 藤吾!」

「おう、任せろリっちゃん!」


 リエラが、砂浜に倒れ込んだ身体を素早く起き上がらせた。

 同時、持ち前の脚の速さで素早く駆けた藤吾は『それ』の真下へと器用に潜り込むと、的確な強さと柔らかさで打ち上げる。


「決めろー!」

「よぉし……行っけぇぇええええーー!」


 砂粒が洪水のように巻き上がり、地面が十センチ近くも陥没する。

 あまりに強力な踏み込みに応えるように、天高く舞い上がったリエラの身体。その直上にある球体へと、彼女は目一杯手を伸ばす。

 刹那――花火でも炸裂したのかと錯覚する程の轟音と共に撃ち放たれた球体が、向かいのコートに突き刺さった。


「やったー! これで私達の勝ちね!」

「いよっし! 流石リっちゃん、凄いパワーだぜ!」


 ハイタッチを決める二人を余所に、破裂寸前まで酷使されたボールが、寂しそうに砂浜を転がっていた。


 ――そう。何を隠そう、彼等が行っているのはビーチバレーである。


 レストと藤吾が作ったコートを使用し、二体二のチーム戦。それが今回の試合の形式だった。

 海で行うには、実に有り触れた遊戯だろう。が、皆が意気揚々と参加するこの遊びに、難色を示す少女が此処に一人。


「……おい」

「ん? どうしたの、クーリエ?」

「私は、やっと戦えるっていうから来たのに……何でビーチバレーで遊んでんだ! しかもレスト・リヴェルスタ! 手前、負けてんじゃねぇか!」


 絶叫し、先程までコートに入っていた青年を指差す世羅。

 対するレストは体に付いた砂粒を軽く払いながら、そう言われてもね、と呟く。


「魔法無しのこのルールじゃあ、私と綾香のペアが勝てる訳ないだろう? まして相手は脳筋二人だ、端から勝負は見えていたさ」


 試合をする、と決まった時にまず真っ先に提示されたルールがある。

 魔法、及びそれに類似する力の使用禁止、だ。

 此処に居る者達は皆テイカーであるし、場所柄その力を使った所で構わないのだが、しかし魔法の使用を許可してしまうと一つ、大き過ぎる問題があった。

 即ち、レストの入ったチームの勝利が確定してしまう、という問題である。

 彼の力が飛び抜けて強大である事はこの場に居る誰もが知っている。加えて彼の魔法は万能と言っても過言ではなく、ビーチバレーで勝利をもぎ取る程度はプロが小学生の試合に参加するよりも容易な事であった。

 だから魔法禁止。これで、何とかまともな勝負が出来るだろう――そう安心して、ペア決めのくじを行ったのだが。


「まさか肉体派のお二人と、非・肉体派の私と師匠が組む事になるとは思いませんでした。これも愛の成せる業、でしょうか」


 負けたというのに嬉しそうに顔を赤らめながら、綾香。

 彼女にしてみれば試合の勝ち負けなど、海の家のまずい焼きそばよりもどうでも良いものである。

 重要なのは、師匠と組めたというその一点。それだけで、綾香にとっては至福の時間なのだ。


「まあ、とにかく。後は君達に任せるよ、頑張ってくれ」


 そう言って世羅の肩を叩き、レストは少しだけ疲れたようにシートに座り込む。

 隣にピッタリと張り付くように綾香が座った。さり気なく腕まで絡ませている。


「くぅぅぅ。何で、私が」

「……棄権しますか?」


 納得行かず唸る世良の顔を、ペアとなったニーラが覗き込む。

 当たり前だ! と叫びたかった。肩透かしを喰らった上、ビーチバレーですらレストと戦えないというのでは、参加する意味などまるで無い。

 というか、完全に予想外だった。まさかあのレスト・リヴェルスタが、こうも呆気なく負けるとは。


(ってか、普通のサーブですら取るのがやっとって、貧弱にも程があるだろっ)


 肉体派では無い事は分かっていた。が、魔法を封じるだけで、彼はこうも弱体化するものなのか。

 極普通のビーチバレーで極普通に敗北した彼に、これまでのイメージがガラリと音を立てて崩れていくが……多分、これもまた彼という人間の一部なのだろう、と思い直す。


(そういやシショーも、料理が滅茶苦茶下手くそだったな)


 自身の師――四字練夜もまた、万能とは程遠かった。

 彼等のように常識を遥かに超えた力を持っていても、『完璧』には成り得ない、という事なのだろう。

 そう考えると、これまで影すら見えなかったシショーとの距離が少しだけ縮まった気がして。世羅は、ほんの僅かに上機嫌になった。


「何? 逃げるの? まあしょうがないかもね~。あんな試合を見た後じゃ、びびって縮こまりたくもなるわよね」

「おいおい、リっちゃん。あんまり言っちゃ可哀想だろ? 幾ら事実でもさー!」


 はっはっは、と高笑いする脳筋二人の声が、少女の意識を現実へと引き戻す。

 プライドが高く沸点の低い彼女の心は、杜撰な挑発にも容易く臨界点を迎えはち切れた。


「あ? 手前等今なんつった? 私には『世羅様御免なさい、私達みたいな豚じゃ貴女様には勝てませんー』って泣き言を言ったように聴こえたがな?」

「……へー、言うじゃない。筋肉ばっかり付けて、脂肪のないお嬢さん?」


 ぐい、と組まれた腕の上で、豊満なバストが形を変えた。

 強調された二つの凶器に、世羅の怒りは限界点を遥かに超えてアンドロメダ星雲の彼方まで打ち上がる。

 戦争だ。最早一切の容赦もいらない、これは一心不乱の戦争だ!


「ぶち殺して魚の餌にしてやるぜ、豚女!」

「上等! 返り討ちにして砂浜に埋めてやるわ、貧乳娘!」


 ゴゴゴゴゴゴ。背景にそんな文字が浮かんで見えそうな程の、気迫と殺意。

 今、互いのプライドを賭けて、熱き女同士の争いが始まろうとしていた――。


「俺も挑発したけどよぉ……これは、流石にちょっと……」

「……貧乳……」


 その横で。頬を引きつらせる少年と、自身の身体を見下ろし落ち込む少女が居たとか、居ないとか。


 ~~~~~~


「うおぉおぉおぉお! メソポタミアアターック!」「何の! インドネシアブローック!」


「元気だねぇ、彼女達は」

「少し、元気過ぎる気もしますけど……」


 砂嵐を巻き起こし、ネットを引き裂いて、人体をかっ飛ばす少女達の戦いを見守りながら、レストと綾香は暢気に麦茶を飲んでいた。

 魔法禁止のはずなのに異常な現象が続発しているが、何、気にする事もない。そもそもの身体能力の高さと極まった気迫の成せる技、だ。


「ニーラさんと藤吾さん、大丈夫でしょうか」

「彼等とて柔ではない、心配はいらないだろう。仮に怪我をしても、死んでいなければ私が治すさ」


 ゴクリ、麦茶を一口。空になったコップに、綾香がお代わりを注いでくれる。

 ありがとう、と一言礼を言って――ふと、レストは虚空に顔を向けた。


「どうかしましたか? 師匠」

「ああ、少し。呼び出しだ」


 呼び出し? と聞き返す綾香に答えず、軽く腕を振る。

 すると、先程から見ていた虚空にテレビのモニターのようなウィンドウが出現し、幾秒かの間を置いて真っ黒な画面に色が灯る。

 現れたのは、綾香も良く見知った人物だった。


『やあ、レスト君。おひさ~』

「久しぶり、学園長。貴女から直接連絡とは珍しい、一体何の用かな?」


 まるで整えられていないぼさぼさの茶髪に、ぐちゃぐちゃに着崩されたスーツ。ずれた眼鏡がトレードマークの、総学の学園長だ。

 突然の事態に驚きながらも、綾香は通信の邪魔に成らないようそっと身体を離すと口を閉める。完全にこの場から離れないのは、大切な師匠が女性と話す、という事態に警戒心を抱いているからか。

 彼女の存在に気付いていながらも、隠すような事でもないのか、学園長は朗らかな口調で用件を切り出した。


『実は、ちょっと厄介な事になっててさ。君の力を借りる事になるかもしれないんだ』

「私の? 他のナインテイカーでは駄目なのかい?」

『いやー、それがさ。もう他の面子には声を掛けてるんだけどね、足りるか分かんないんだ』


 そこでレストは悟った。彼女の明るい調子とは裏腹に、非常に重い事態が陰で動いている事を。

 でなければ、『足りない』などという表現になるはずがない。用事があって他のナインテイカー全てから断られたというのなら、自分に話が来るのも分かる。だがわざわざ足りないと表現したという事は、一人以上から了承を得て、しかしまだ不足しているという事だ。

 ナインテイカー二人以上で掛からなければならない案件。そんなもの、軽い事態の訳がない。間違いなく世界が滅びかねない程の重大な『何か』だ。


「そうか。それで? 具体的には?」


 だが、そう察していながらも、レストは微塵の動揺も無く聞き返す。

 別段、解決出来る自信がある訳ではない。ただ、これが彼と言う人間のあり方だという、それだけの話であった。

 そんな平常通り、揺るがぬ彼に安堵にも似た感情を覚え、学園長。


『悪いけど、そこまでは通信では言えないな。って事で、今度会議をしようと思うんだ』

「会議?」

『うん。君達ナインテイカーを集めての、会議。全員集まるとも限らないけどねー』


 あはは、と相変わらず軽い調子で放たれた言葉に、綾香が無言のまま目を見開く。

 異常な事態だとは思っていたが、それ程までか。九人全員に招集を掛けるなど、地球上の全国家の首脳を集めて会議をするよりも危機的状況という事だ。冗談抜きで、世界の危機であるらしい。

 彼女の言葉を受け止め、レストが頷く。


「分かった。詳しい日取りを教えてくれ、予定を合わせよう」

『助かるよ。それじゃあ、日にちと時間は――』


 具体的な日付と時間、場所を話した後、学園長は忙しそうに通信を打ち切った。

 波の音と、周囲で無邪気に騒ぐ遊泳客の歓声を遠くに聞きながら、不安げに綾香が口を開く。


「師匠、今のお話は……」

「ふむ。どうやら、予想以上に深刻な事態らしい。最も、だからどうしたという話ではあるが」


 立ち上がり、背伸びをする師の横顔に、綾香は笑みを見た。

 どうやらこの人にとっては人類の一大事でさえ、享楽の対象であるらしい。

 そこに、失望を感じる……事は無い。むしろ流石師匠と、より感じ入って、頬を僅かに朱に染める。


「さて。期待外れにならなければ良いが」


 揺れる未来とは裏腹に。見上げた空は、雲一つ無く晴れ渡っていた――。



「ところで」

「?」

「ビーチバレーにも、ダブルKOはあるんだね」


 力尽き倒れる四人の少年少女の姿は、何とも滑稽なものであったとさ。

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