リエラ・リヒテンファールの怠惰な一日
ごろごろ。ごろごろ。ごろごろ。
「あ~、快適~~」
期末テストに高天試験、そしてその後の副会長に関する一連の騒動。平時にもまして騒がしかった七月も遂に最終日を迎えた今、燃えるように真っ赤な髪を持つ少女――リエラ・リヒテンファールは、寮の自室に備え付けられたベッドの上で、惰眠と怠惰を貪っていた。
二人で使っても尚余裕のある大きめのベッドの上を、何をするでもなく寝転がる。それも、下着以外何も着けていないというとても他人には見せられない格好で、だ。
幸いと言うべきだろうか、同室の二人は出かけており、来客の予定も無い。今日は一日中、誰気兼ねなく怠ける事が出来そうだ。
ぼんやりと靄の掛かった頭でそう考えながら、リエラはまた寝返りを打つ。同年代の同姓と比べて大分豊かな胸部が、ぐにゃりと柔らかそうに形を変えた。
さて、リエラのこのだらけた生活。実は、今日が初めてな訳では無い。
ここ数日、具体的には四日前から、彼女はずっとこの調子なのだ。昼近くまで寝て過ごし、起きたと思ったら二度寝して、夕方にやっと目覚めた後はすぐさまニーラが作った食事を食べて、夜遅くまでテレビやネットを見て過ごす。
そうして、次の日もまた同じ様な一日を過ごすのだ。気が向いたら魔法の練習をする事もあるが、基本的には怠けているだけ。本当に、それだけしかしない。
「あ~、夏休みって最高~」
それはそうだろう。誰だってこんな自由気ままな生活が出来れば気分は良い。
実際、此処まで酷い物では無いにしろ、多くの人は似たような事をした経験があるはずだ。
休みの日、まだ時間はある、まだ時間はある、と寝ていたら夜になっていたとか。長期休暇に入って、まだ○日もあるし……とついついだらけてしまうとか。
リエラもまたそんな例に漏れず、学生らしい自堕落な夏休みを謳歌していたのである。
ただ彼女が良く居る自堕落なだけの学生と違うのは、既に『夏休みの課題』の内、約半数を終わらせているという点だろう。
第一魔導総合学園は生徒の自主性に任せるという名目の元、所謂宿題というものをほとんど出さない傾向にある。だが流石に一ヶ月を超す長期休暇ともなれば、全く出さない、という訳にもいかない。
故に、日本の普通の高等学校に比べれば少ないものの、ある程度の課題は課せられているのだが……彼女はその半数を、夏休み開始から僅か三日の間に済ませてしまったのだ。
流石は天才、と言うべきだろう。特に根を詰めた訳でもなく、それだけの量をあっさりと終わらせてみせたのだから。
という訳で大幅に時間の余裕が出来た彼女は、残りは気が向いた時にやれば良いかーと判断し、惰眠を貪る事にしたのである。部活や委員会にも入っておらず、友人達との遊びの予定も八月に入ってからだったので、正直やる事がないのが現状だ。
「あ~、やっぱり部活の一つも入った方が良いのかな~」
眠気も覚めてきてしまったので、暇つぶしに暇を潰す方法を考える。
真っ先に思い浮かんだのは、部活に入る事。そうすればきっと(入る部にもよるが)こうしてだらける暇も無く、休日も部活動に励む事になるだろう。
しかし、入るにしても何処に入れば良いのやら。十万近い生徒数と、そこらの市や町よりも遥かに広い敷地面積を誇るこの総学には、それこそ星の数程の部活が存在している。
野球やサッカー、科学や文学。そういった基本的な部は勿論、茶道にスケート、果てには古代文明発掘という眉唾ものの部活まで、選択肢は選り取り見取りだ。
特にやりたい事もなく、中学までも無所属を貫いていたリエラには、簡単に決められるものでは無い。ならばと部活を幾つか見て回り、興味を引かれたものに入ってみる、という選択肢も考えてみたのだが……。
「動くの面倒~」
やる気が起きず、直ぐに諦めた。
元から興味を持っていないものを見る為に、この緩やかな時間を捨てる気にはなれなかったのだ。
「綾香と同じ部活……はありえないか」
ごろりとまた転がり、思い出すのは友人の少女、二条綾香。
実は彼女、とある部活に所属しているらしいのだ。以前にちょっと話を聞いただけだが、中々にエンジョイしているようである。
が、そこに参加する、という選択肢だけはありえない。これは何も綾香の事が嫌いな訳ではなく、しっかりとした理由あっての事だ。
「ナインテイカーについて語り合う部活、って言われてもねぇ……」
二条綾香の所属する部活、その名を『九式研究部』。分かりにくい名前だが、要するにナインテイカー――この学園に置ける、最上位の九人――について研究する部活である。
それだけ聞けば、割とまともな部活に思えるかもしれない。ナインテイカー達の実力はエリートばかりが集うこの学園に置いても飛び抜けており、それらを研究する事は自分達の実力向上に大きく貢献するからだ。
そう、本当にそのように勤勉な部活なら、リエラだって参加するのもやぶさかでは無い。本当に、そうだったのならば。
「聞いた限りじゃ、ただのファンクラブだし……ちょっと、いやかなり、きついわ~」
綾香から得た情報だけでの推測だが、九式研究部は研究などせず、ただ熱烈なナインテイカーのファンが集うだけのファンクラブと化している、とリエラは見ている。
何せ、『今日も師匠の魅力を存分に語ってきました』と満足気に言われたのだ。他には? と聞いても首を傾げられるだけだし、ならばと他のメンバーはどんな事を話していたのか? と問い掛けてみれば、
『皆さん、それぞれ推しのナインテイカーについて熱く語っていましたよ』
という答えが返って来る始末。
何処のアイドルだ、と突っ込みかけたリエラは悪く無い。その場は頬を引く付かせるだけに終わったが、後々ナインテイカーについて調べていくと、あながちそれも間違いではないのでは、と思うようになった。
何せナインテイカーの九人は誰もが、圧倒的な実力を持つ強者だ。その上、ほとんどが一定以上の見た目の良さも持ち合わせている。
顕著なのは、『暴君』ことエミリア・エトランジェなどだろう。あの美しさに加え、自分達など千人束になっても歯が立たない程の力を持っているのだから、そりゃ憧れる者の一人や二人や百人位でるのも当然である。
退学になった副会長のようにあまり目立ったものでは無いが、全てのナインテイカーにファンクラブが出来上がっているらしいのだ。その交流の場が、九式研究部という事なのだろう。
(そりゃ、綾香が参加しないはずが無いわよね。正に溺れる程レストを溺愛している訳だし。でもさ、そんな所に私が行って、一体どうしろと?)
別段、彼等の活動を否定するつもりは無い。掃いて捨てる程ある部活動だ、中にはそんなものがあっても良いだろう。
が、そこに自分が巻き込まれるのは遠慮したかった。絶対に碌なことにならないと、そう断言出来る。
「後は……レストも藤吾も、部活には入ってないし。ニーラちゃんは言わずもがな。あー、どうしよう」
うがー、と寝転がったまま大きく伸びをする。
そんな事をしたところで、身体はほぐれても頭まではほぐれない。妙案浮かばぬ現状に、改めて選択肢の無さを自覚して、リエラは思わず頭を掻き毟った。
「もー面度臭い! そもそも暇なら暇で良いし、別に部活なんて入んなくてもいいや! 暇って最高ー!」
最後はちょっとやけくそ気味だったが、結局彼女は部活に入らない方針を固めたようである。
或いは、何か切欠でもあれば話は別だが……そんな運命が訪れるかは、それこそ神のみぞ知る、という奴だろう。
「……案外、レストなら未来を見て知っていたりして」
冗談のつもりだったが、あるかもしれないと思えてしまう辺りが恐ろしい。もしくは、運命が見れるとか。
ちょっと怖い事を考えながら、リエラはまたごろごろと、無駄に無駄で無駄な休日消化に勤しんだのであった。
――それから、数時間後。
「ただいま。ほら、お土産を買ってきたよ――」
「……何してるんですか? リエラさん」
街から帰って来たレストとニーラが見たのは、下着すら着けず真っ裸の状態で二点倒立をする、同居人の姿であったとか。
「いや、あの、これは違うのよっ! ほら、あんまり暇だったから――っていうかあんたは見るなっ、レスト!!」
そんなに暇だったのなら一緒に出かければ良かったのに、と思ったレストは間違っていない。間違いなく。




