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ナインテイカー  作者: キミト
第二章 『暴君』
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エピローグ  熱い未来に思いを馳せて

 ――『その後』の話をしよう。


 結果から言えば、今回の高天試験における完走者数は零だった。ゴール目前まで来た者達は最終関門、即ち『暴君』エミリア・エトランジェによってなで斬りにされ、一人の例外も無く脱落。

 残った者達も数多の障害やトラップに阻まれ、ゴールまで辿り着けずにタイムアップを迎えてしまったのだ。

 元よりおまけ、祭りの一種たるこの行事では必ずしも通過者を出す必要は無いとはいえ、この結果には流石に生徒達もブーイングを出したものだが……。


『何? 文句あんの?』


 暴君にそう言われ睨み付けられては、それ以上抗議の声を上げられる者などおらず。今年度高天試験は全員脱落、で決着が付いたのである。

 が、それ自体は別段そう騒ぐ事でもないだろう。むしろ試験終了後、総学中の話題を掻っ攫ったのは、今回の試験でその不正や本性を暴かれてしまった生徒会副会長、九条礼菜についてである。

 レストの予言した通り、彼女にはすぐに学園側からの監査が入った。間も無く、如何なる調査能力か彼女が巧妙に隠していたはずの不正や暴力行為の証拠は次々と白日の下に晒され、言い訳の一つも出来ない状況に追い詰められる事となったのだ。

 尚、その影にはとあるナインテイカーの協力があったという噂もあるが、真相は定かでは無い。


 ともかく、結局彼女は総学から追い出される事になった。退学処分である。


 この学園を追放されたという肩書きは重い。恐らく今後には苦労するだろうが……所詮は自業自得だ。同情の余地は無いだろう。

 彼女のファンクラブも、当然の様に解散となった。また、彼女を信奉していた者の内複数が、不正への関与を咎められ一定の処分を受けたようである。中には彼女と同じ様に、退学処分になった者も居たそうだ。

 こうして、後に発端となった試験の名をとって『高天事変』と呼ばれる事となる一連の騒動は俄かに学園中を混乱に落としいれ。しかし何だかんだで試験から十日が経つ頃には、皆何時もと変わらない様子で後僅かな一学期を謳歌し始めていた。

 流石は世界最高峰の学園に通うトップエリート達、精神面もタフという事だろう。多くの生徒にとっては、正直他人事であったというのも事実だが。


 そして本日。多くの生徒達が待ちに待った、一学期最終日。決して他人事では無い、当事者の一人であった芦名藤吾はというと。


「うわぁああー! 実戦関連以外壊滅だー!」


 担任である高梨紗枝から渡された通知表の成績に、頭を抱え悲痛な絶叫を上げていた。

 彼の持つ数ページほどの薄い冊子には、多様な授業の項目がずらりと並んでいるが、その隣に書かれている数字はほとんどが二~三である。

 尚、この学園に置ける成績評価は十段階で記される。藤吾の成績がいかに低いかが分かるだろう。


「くっそー、期末テストの結果があんなボロボロじゃなければ……ちくしょー!」


 藤吾の名誉の為に言っておくと、普段の彼の成績は此処まで悪くは無い。一応、平均がもう一つ二つ上がる位の能力はあるのだ(そのほとんどが、実技のおかげだが)。

 しかし今回は、期末テストの点数が悪すぎた。何時もは赤点ギリギリの所を低空飛行しているのに、今回は赤点ラインの下を飛んでしまったのである。

 原因が何か、と問われれば一つしかない。副会長と綾香の事で悩んでいて、試験前の一夜漬けもせず、調子の悪いままテストに望んでしまったせいだろう。

 おかげでここ数日の放課後は、毎日のように追試や補習の連続だった。夏休みを迎える前に全て終わらせる事が出来たのは、奇跡に等しい。


「ぷぷぷ。ひっどい成績、こんなの他人には見せられないわね」

「リっちゃん!? って覗くな!」


 そんな、恥ずかしさの塊のような書面を後ろから覗き込まれ、藤吾は友人であるリエラに非難の声を上げた。

 彼女の後ろには、同じく通知表を持って苦笑いする綾香の姿もある。どうやら藤吾の成績低下の原因、その一端を自分が担ってしまったという自覚はあるらしい。


「そう言うリっちゃんはどうだったんだよ! 人に見せられるような成績なのか?」

「ふふん。見たい?」


 馬鹿にしてくる彼女に言い返せば、自慢げに胸を張られた挙句恥じる事など何も無い、と言いたげに通知表を突きつけられる。

 嫌な予感がしたが、手は止められなかった。此処で見なければ、反撃のチャンスなど皆無なのだ。可能性を掴むには、この薄っぺらい紙から彼女の弱点を見つけ出すしかない。

 藁にも縋るような思いで、藤吾は受け取った通知表を開き。


「な、なんだこの成績はぁああー!?」


 己の見たものが信じられず、再度絶叫の声を上げた。

 そこに並んでいた数字は、自身の通知表とはまさに真逆のものであったのだ。即ち、そのほとんどが八から九。おまけに穴が一つもなく、一番低い数字でさえ七。

 辛口評価が基本、とされるこの学園の成績としては、相当なものである。


「ばっ……、おま、ばっ、ばっかじゃねぇの!?」

「はっ、低成績者は本当に頭が悪いみたいね。『馬鹿じゃない』から、その成績なのよ」


 ぐうの音も出ない正論である。

 そう、近くにとんでもない親友が居るせいで忘れていたが、リエラは天才とまで呼ばれたテイカーなのだ。おまけに今は真機の使い手として正しく覚醒しているのだから、そりゃこの位の成績は当然。むしろ、真機の使い手でありながらあんな成績を取る藤吾の方がおかしいのだ。


「あ、あやっちは、あやっちはどうだった!?」

「えーと、私は……」


 反論は無理だと、藤吾はもう一人の友人へと助けを求めた。

 卑怯だとは思うが、彼女もまた期末試験の時には思い悩み、本調子ではなかったはず。自分と同じ様に、きっと成績もガタガタで――


「なん、だと……」


 素直に差し出された通知表には、無情な現実が刻まれていた。

 リエラ程飛び抜けている訳では無いが、全体として悪く無い。得意な科目ではしっかりと高評価を得ているし、苦手な科目にしてもきちんと四以上は取っている。

 惨敗であった。どうしてこうなった、と自問する藤吾だが、どうしてもこうしても自分のせいである。あやっちと副会長がー、何てのは下らない言い訳に過ぎない、普段から努力してこなかった彼が悪いのだ。

 絶望的な差に、思わず床に手を着き項垂れる藤吾。そんな彼をリエラは高笑いして、綾香は始めと変わらぬ苦笑いで眺めていたのだが。


「やあ。何だか随分と楽しそうな事をしているね」


 爆弾はまだ一つ、残っている。それも、取って置きの核弾頭が。


「ああ、レスト。今皆で通知表を見せ合ってたんだけど、どう? あんたも」

「ふむ。通知表をか」


 硬直し動きを止めた藤吾に構わず誘いを掛けてきたリエラに、レストは若干思案するような様子を見せる。

 が、すぐに一つ頷くと、その手に持った通知表をリエラへと差し出した。受け取った彼女は、気分良さ気に早速その冊子のページに手を掛ける。


「やめ――」


 止めておけ、と藤吾が忠告する暇も無く。捲られた中身を見たリエラは、先程の藤吾以上に完全に動きを止めた。

 ああ、やっぱりか。そう思いながら立ち上がり、開かれっぱなしの親友の成績を覗き見る。


「ですよねー」


 そこには、リエラの通知表以上に現実離れした数字が並んでいた。非常に目に優しい、たった一言で表せる成績である。


 即ち――オール十。


 実技も座学も完璧だった。問題があるとすれば、教師からのコメント欄に『もっと謙虚な姿勢を大事にしましょう』と書いてある事位か。

 こいつは一年の頃からずっとこうなのである。はっきり言って、どうして学生として学園に通っているのか理解出来ない程だ。

 まあきっと、実際に尋ねれば『楽しそうだから』とか下らない理由が返って来るのだろうが。


「見ても面白くないだろう? 取り立てて特徴のある成績では無いし」

「……はぁ!? これの何処が平々凡々でありふれた成績だっていうのよ!」


 再起動したリエラが即座に突っ掛かる。が、いい加減学習するべきだ。この男に真面目に付き合っていては苦労する、どころか痛みが加速するだけだと。

 今もそう。詰め寄るリエラに対し、レストは極当たり前の常識を語るように、


「ん? 別段難しい事でもないだろう、座学や実技で満点を取る位」

「…………」


 そう、言ってのけるのだから。

 天才のリエラも、それを超える鬼才……いや、神にも匹敵し凌駕し得る常識外れの神才を前にしてはまるで形無しである。

 最も、この評価も仕方が無いことではあるのだろう。もしレストに合わせて、それこそ彼が十を取れない評価方法にしてしまった場合、この学園で十を取れる者など片手の指で足りるほど少なくなってしまうのだから。

 世界最高峰の学園といえど、ナインテイカーのような常識外の連中に合わせて造られてはいないのだ。というかきっと創設者も予想外だろう、あんな規格外の連中が、それも同時に九人も在籍する事になろうとは。


「あー……ほらっ、もう成績の話なんてやめようぜ! せっかく一学期も終わって明日からは夏休みなんだ。せっかくの長期休暇を楽しむ計画でも立てようじゃないか!」

「そうですね。私としては、皆さんと海に行きたいのですが」

「お、いいねあやっち! 他にもそうだなー……」


 このままではよろしく無い空気になる、と急いで話題を変えた藤吾に綾香も乗った。勿論、夏休みの予定について話したいというのも本心ではあるのだが。

 相談を始めると、元から成績になど大して興味を抱いていなかったレストも、すぐにその輪に加わった。そうして三人で話し合いを続けていると、間も無く再々起動を果たしたリエラも、何だかんだで輪に加わってくる。


「ねえ、やっぱりこの島にも夏祭りってあるの?」

「ああ、派手なのが一つな。どうせなら浴衣着てみるってのはどうだ? 着たことないだろ?」

「あ、それなら私が何着か持っていますから、皆さんに合ったものを用意しておきます。師匠の分は勿論特注で」

「そうかい? それならよろしく頼むよ。後出来れば、ニーラの分もね」

「海も忘れちゃいかんぜ! 山にも行きたいし、いっそ海外旅行ってのもありかもな!」


 普通の学生のような普通の会話と、普通のやりとり。

 その節々から感じられる、彼等を繋ぐ強い絆。困難を乗り越えより一層強くなったその絆は、きっとこれからもずっとずっと続いて行くのだろう。

 けれど今は、そんな先の事はどうでも良い事だ。今の彼等にとって重要なのは、明日から始まる夏休み。学生にとっては希少で貴重な、青春真っ盛りの熱い夏。

 その夏に思いを馳せて。四人は、窓から差し込む柔らかな日差しに照らされながら、笑顔で休みを謳歌する計画を話し始めたのであった。


 (またも激動の)夏が、始まる。


 ―― ナインテイカー第二章 完 ――

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