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ナインテイカー  作者: キミト
第二章 『暴君』
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第二十九話  因果応報

 勝敗は、決した――。

 一撃、決まったのはたったの一撃だ。だがしかし、その一撃が何より大きく重い一打だった事を疑う余地など微塵も無い。

 心の、魂の籠もった打突。使い手だけではない、使われるだけのはずの魔導機がまるで意思を持ったかのように引き寄せられ、共に放った決死の一打。

 全てが一つになったその重みに、九条礼菜如きが耐えられるはずも無い。これは予想や期待ではなく……『決定事項』だ。

 だから、藤吾は勝利を示すように拳を上げ。同時に、愛していた人を倒した事への寂寥感に、ただじっと立ち尽くす。


「終わったんだな……」


 恋か、戦いか。どちらにしても、喜びだけで語れるものでは無い。

 故にそれ以上何も言う事はなく、藤吾は胸に去来する思いにひたすらに浸り続けた――。


 ~~~~~~


 ぼんやりと、少女は意識を取り戻す。

 現状も分からず痛む体を身じろぎさせ、がらりと罅割れていた壁の欠片が、音を立てて地に落ちる。

 転がる欠片が手に当たり――そこで漸く、頭に掛かっていた靄が晴れた。


(負けた? 私がぁ、藤吾くんなんかに?)


 現実を受け止めきれず、脱力したまま暫く呆け。ふと己に掛かった影に顔を上げ――九条礼菜は瞠目した。

 そこには悲しみを湛えた瞳で此方を見下ろす、芦名藤吾の姿があったのだ。


「副会長。あんたの、負けだ」


 もう一度突きつけられた現実に、顔を顰めかけ。

 しかしすぐさま思い直す。彼女の優れた頭脳が、足早に今すべき事を弾き出す。

 そうして、逡巡するように動きを止めた礼菜を、藤吾は訝しげな目で見詰め悩んだ。


(何だ……? もう、まともに動けるような力は残っていないはず。まさかまだ、逆転の手があるのか?)


 疑念はやがて、警戒へと変わる。

 何せあの副会長である、どんな手を残しているか分かったものでは無い。もう何も出来ないとは思うが、警戒しておくに越した事は無いだろう。

 そう考える藤吾の前で。座り込んだまま、赤く腫れ上がった顔で、礼菜が笑う。

 『何時も』のような笑みだった。初めて見た時のような、共に過ごしていた時のような。明るく、柔和で、美しい笑み。


「何のつもり――「藤吾くん」」


 遮り放たれた声も、また温和。先程まで戦っていたとは、その敗者となったとは思えない程穏やかだ。

 その事実が……異常なほど、心をざわめかせ波打たせる。彼女の本性を知った今だからこそ、そう思う。

 眉を顰める藤吾に、それでも優しい声で、礼菜が続けた。


「お見事でしたぁ。まさか藤吾くんがあんなに強いとは、予想外でしたよぉ」

「……どうも。それで、言いたい事はそれだけですか? だったら俺は」


 もう、行きます。そう告げるより先に、またも彼女が口を開いて。


「あんまりにも格好良いので、私ぃ……藤吾くんに、惚れちゃいましたぁ」


 おどろどおろしい猛毒を、投げかけた。

 藤吾の動きが硬直する。まるで今聞いた事が信じられないとでも言うように。


 ――こいつは、何を言っている?


 あまりに強く殴りすぎて、頭がおかしくなったのか。藤吾は本気でそう思った。そう思わなければならない程に、彼女の言葉は現実離れしていたのだ。

 当然だろう、相手は友を踏みにじり、己を裏切り、そしてたった今打ち倒した相手なのだ。そんな彼女が、それもその腹の内にどす黒いものを宿している彼女が、俺に惚れた?


「んな、馬鹿な。そんな訳があるか、どうせ嘘でしょう?」

「あ~、酷いですねぇ、藤吾くん。乙女の告白を、嘘だなんて。本当ですよぉ、レストさんを利用しようとしていた時とは違う……これはぁ、本物の恋です」


 語る彼女の頬には、僅かに朱が差している。

 恋心を恥ずかしげに語る乙女、と言われれば万人が信じるだろう無垢な情景が、そこにはあった。

 もじもじと、感情を持て余すように幾らか身じろぎして。ゆっくりと震える足で立ち上がった礼菜が、藤吾へとそっと手を伸ばす。


「こんな事言っても、すぐには信じれくれないと分かっていますぅ。でもぉ、これだけは言わせて下さい。私は、貴方が好きです。藤吾くん」

「…………」


 真っ直ぐ、熱の籠もった視線を向ける礼菜の手が、頬に触れる。その直前。


「――大根役者が。温いんだよ」

「えっ……?」


 ぱん、と軽い音を立て、手が払い落とされる。

 寂しげに、悲しげに揺れる彼女の双眸を、鋭い視線が真っ直ぐに射抜いていた。

 そこに躊躇いも、迷いも、一切ない。むしろ籠もっているのはその真逆――純粋な、怒り。


「やっぱり信じてくれませんか、藤吾くん? でもぉ、本当なんですよ。どれだけ追い詰められても諦めず、立ち向かい、ついには勝利した貴方にぃ。私は心を奪われて――「本物は」はい?」

「本物の恋は。もっと、熱かった」


 伝わるとは思っていない。彼女に、理解出来るとも思っていない。

 けれど、言わずにはいられない。


「俺は、ずっと見てきたんだ。あいつの、レストの隣で。あいつに恋する、あやっちやニーラちゃんの姿を」


 それは、どれ程に熱い想いだったか。自分が向けられている訳でもなく、傍から見ているだけなのに、心を焦がされてしまいそうなほど熱く真っ直ぐで、真摯な想い。

 何ものにも代え難い――本物の、恋心。


「前までの俺だったら、分からなかったかもしれない。けど、今の俺なら分かる。やっと目が覚めたから」


 今思えば、何と滑稽な事か。礼菜がレストに向ける想い、それを純粋な恋心だと勘違いしていたのだから。

 思い返せば。あんなにも冷たく、無機質であったのに。


「お前の想いは偽物だ。好きだと、そう語る言葉に熱が無い。薄っぺらくて不愉快で……心に、届かない」

「そんな……。分からないですよぉ。人の心なんて、そうそう感じる事は出来ません。理解した気になっていても、真実は全く違う事なんてざらにありますぅ。だから……」


 尚も言い募ろうとする礼菜。

 そんな彼女に、はっきりと教えてやる。


「まだ分かんないのかよ、間抜け」

「え?」

「手前みたいな汚ったねぇ屑なんざ願い下げだって言ってんだよ、糞ビッチ」


 思いっきり、中指を立ててやった。ついでに不良染みた様相で唇を吊り上げる。

 返って来たのは、ぽかんと呆けた顔。そして、毛の逆立つような激情。


「貴方のような下等な男がぁ、私からの誘いを拒絶……? そんな真似が、許されるとでもぉっ!?」


 憤怒の形相の礼菜にふん、と鼻息で応えれば、彼女は更にその剣幕を激しくし、


「後悔しますよぉ。貴方も知っているでしょう、私の人望は! このレースが終わったら、私の信奉者達を動かします。そうだ、良い事を思いつきましたぁ。貴方だけじゃない、綾香さんも標的にしましょう。二人纏めてぐちゃぐちゃに――! 『残念だが、それは無理だね』!?」


 何処からか聞こえて来た声に、ばっと振り向く礼菜。

 辺りを見回せば空中にぽつんと一つ、小さな光球が漂っていた。先程の声は、あそこから出ていたらしい。


「監視魔法……? そんな、周囲にあれがない事は確認したはずなのにぃ!?」


 驚愕し。礼菜は、一つの可能性に思い至る。


「まさか、今のやりとりを――」

『それは違う』


 放送されていたのでは無いか。そう危惧する彼女に、淡々と声――レストは告げた。


『今のやりとりだけでは無いよ。君と藤吾の戦いは、やりとりは、全てリアルタイムで放送されていた』

「う、嘘ですっ! 私は確かに戦いの前にぃ、監視魔法を破壊してっ。新しく派遣したのだとしても、私の領域の中に入れば分からないはずが!」

『君は私を、誰だと思っているんだい?』

「誰、ってぇ」

『ナインテイカーであり、学内ランキング第七位であり、魔導を極めし者――魔導戦将。その私が、君の力を超える程度のステルスも掛けられないとでも?』


 もう、ぐうの音も出す事は出来なかった。

 あまりに傲岸不遜なように見えてその実、それが何より正しい真実であると。礼菜だけではない、誰もが納得出来る程に、レスト・リヴェルスタという存在の力は他を超越しているのだから。

 呆然とする彼女を置いて、レストは説明し始める。


『あの二人を除いて最も注目され、最もゴールに近い君達の戦いを中継しないのはあまりに損だと、そう波野安奈に言われたものでね。私としても賛成だったし、今度は壊されないように防御と隠密の魔法を掛けて、暇していた監視魔法を君達の下まで転移させたんだ』

『ちょ、何か私が命令したみたいになってるけど、んな事ないかんねー! 私がしたのはただの提案、そしたらレストさんが予想外に乗り気でさー!』

『はっはっは。私を顎で扱き使うとは、君も偉くなったものだ』


 ちょっとー!? と騒ぐマイクの向こうの声も、ほとんど耳には入ってこない。

 今礼菜の頭の中にあるのは、ただ一つ。藤吾とのやりとりが学園中に放送されていた、その事実によって導き出される己の未来。


『もう、気付いていると思うが。九条礼菜、君が今まで行ってきた悪行の数々は、すでに学園中に暴露された。その本性もね。君に憧れ、崇拝していた多くの信徒達は君の下を離れ、不正や暴力行為について学園側から詰問が入るだろう』

「あ、あ、ああ……!」

『どのような処分が下されるか、それは私の与り知る所では無いが。罪の重さや生徒会副会長という責任ある立場も鑑みると……少なくとも、この学園には居られないだろうね。――君は、終わりだよ』

「あ、ああああああああああああああああああああああ!!」


 己がこれまで積み上げてきたものの崩壊。それを悟り、礼菜は獣のような絶叫を上げた。

 がくり、膝を折り、虚ろな瞳で虚空を見詰める。そこにはもう、皆が憧れたあの副会長の面影など微塵もなくて。


『ああ、そうそう。もし報復だ、などとずれた事を言って藤吾や綾香に手を出すようならば。私も彼等の友人として、相応の態度を取らざるを得なくなるな』


 止めとばかりに放たれた宣告に力なく項垂れ。九条礼菜は、その思考を放棄した――。

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