表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ナインテイカー  作者: キミト
第二章 『暴君』
54/93

第二十八話  途切れぬ繋がり

 ――芦名藤吾にとって、九条礼菜とは憧れであり、愛する人であり、自身の心を救ってくれた救世主でもあった。

 そもそも、何故藤吾がそれ程までに礼菜に憧れを抱くようになったのか。その切欠は、彼が総学に入学した直後にまで遡る。


 藤吾が総学――第一魔導総合学園に入学した理由を一言で纏めるならば、『幸運』である。

 偶々優れた魔法の才能があって、偶々両親がテイカーであって、偶々その指導を受け才能を伸ばす環境を得る事が出来た。

 気まぐれに受けた模試判定で良い成績が出て、それを見た友人が総学にも行けるんじゃないかと冗談交じりに言い出して、調子に乗って志望校の一つにその名前を書き、受けて――偶々試験で、良い結果が出せた。

 点数はギリギリで、補欠合格ではあったが……その後偶々入学を取りやめた者が出て、その穴に滑り込む事に成功したのである。

 世界最高のテイカー育成機関である総学で、入学の取りやめが出る事など滅多に無い。それまでの道程を含め、藤吾の総学入りはほとんどが幸運によって賄われていると言っても過言ではないだろう。

 無論、藤吾とて努力をしてこなかった訳では無い。けれど、中学までの彼がして来た努力はあくまで人並み程度のものであり、少々優れた才能や環境があったとしても、総学に入れる程のものでは無かったはずなのだ。

 だが、彼は総学に入った。運命に導かれるように、多大な幸運に恵まれて。


 しかし、その結果得たものは――圧倒的な、劣等感であった。


 入学した直後こそ、それまでと同じ軽いノリで居た彼だが、直ぐに現実を知る事になる。即ち、自分と周囲とのレベルの違いを。

 誰も彼もが皆、自分よりも優れていた。元より補欠合格なのだから自身の実力がこの学園の最底辺である事は自覚していたのだが、それにしたって厳しい差が、そこには存在していたのだ。

 座学を受ければ自分一人が付いていけない。実技を行えば自分一人が周回遅れ。そんな感覚を、入学してから一ヶ月と経たない内に幾度と無く味わった。


 最高峰の学園に運によって合格した少年は、その運が無くなればただの平凡なテイカーだったのである。


 漸く現実の厳しさを理解して、藤吾は努力を始めた。これまでとは違う、本当の、本気の努力だ。

 けれど結果は、中々付いてきてはくれない。勉強もそうだが、何より小学生の頃から使っている己の魔導機、TAKENAKAが脚を引っ張った。

 此処に入るまでは良かったのだ。世界的な学生平均と比べれば十分優秀な力を持っている彼ならば、その不恰好な魔導機を使っても、人並み以上に優秀な成績を収める事が出来ていたから。

 だが、それはあくまでも普通の学校での話。此処、総学で通じるものでは無い。


 だから――彼は一度、TAKENAKAを捨てた。


 耐えられなかった。どれだけ努力を重ねても、一向に追いつく気配の無い自分の実力に。真面目に勉学に取り組み、必死で力を付けようとしている周囲からの、不快なものを見るような視線に。

 それは当然の反応だったのだろう。大した力も持っていない者があんな魔導機を使っていれば、誰だってふざけていると思うものだ。

 だから、TAKENAKAを捨て、唯の槍型魔導機を使って特訓を続けて。しかし結局、思う様に力は上がらなかった。

 当たり前の結果だ。飛び抜けた才能を持つ訳でもなく、これまで必死で努力を重ねてきた訳でも無い。そんな人間が一ヶ月や二ヶ月頑張った所で、皆に追いつける訳が無いのだから。

 何時まで経っても自分は底辺を超えた底辺のままで……故に藤吾は、暗く自分の中に引き篭もった。

 眩しい程に輝きを放つ周囲を、見ていたくなかった。そんな周りに比べ、濁り薄汚い自分など、直視していられなかった。

 でも、自分の中に籠もっていれば。周りを見なければ、自分の矮小さなど明瞭にはならないから。だから自分の中だけで全てを完結させて、この辛い学園生活を耐え切ろうとしたのだ。


 そんな時だった。あの人に……九条礼菜に出会ったのは。


 正確に言えばそれは、出会ったのではなく、此方が一方的に認識しただけだったのだろう。

 九月。まだ夏の暑さが色濃く残る、二学期開始直後の頃。

 夏休みが明け、最初に行われた行事――生徒会総選挙。その立候補者の一人に、彼女は居た。

 一目見て、輝いていると思った。壇上で皆に手を振り、堂々と自身の主張を述べる彼女は、今自分が抱いているような鬱屈とした気持ちとは無縁なのだろうと感じた。

 自然とその存在を、目で追うようになる。あんな風になりたいと、そう思うようになっていた。

 そうして選挙終盤。礼菜の行った最後の演説で、こんな一節を聞く事になる。


『反発もあるかもしれません。けれど私はぁ、私のやり方を変えるつもりは終生ありません。何故か……それが、『私の生き方』だからですぅ』


 その言葉を聞いた時、藤吾の頭に真っ先に浮かんだのはTAKENAKAについてであった。

 あれは決して、下らない享楽で使っていたわけじゃない。譲れない、『竹中の里』への愛があったからこそ、親の反発を振り切ってまで使い続けていた物なのだ。

 脳裏を巡る、これまでの道。

 親に買って貰って、初めて竹中の里を食べた時の事。

 他の色んな物を我慢して、少ないお小遣いで竹中の里を買っていた時の事。

 親に内緒で、魔導機に竹中の里を模したドリルを付けようと、夜中まで改造に勤しんでいた時の事。

 そして――両親に叱られ、周りから嘲笑されても、純粋な喜びを胸にTAKENAKAを振るっていた時の事。


 ――そうだ。関係なかったんだ、最初から。周りの反応なんてどうでも良くて……俺はただ、俺のしたい生き方をしようとしていた。


 そのはずだった。ずっと、そうだったはずだった。

 なのにいつの間にか、そんな大切な事も忘れて……優れた周囲の人々に、身の丈に合わない環境に、無駄に押し潰されそうになっていたんだ。

 何処か、小道に置いてきてしまっていた大切なものを芦名藤吾が取り戻した瞬間だった。


 それからの彼は、大きく変わった。いや、一端戻り……そして成長した、と言うべきなのかもしれない。


 振るい、突いて、また振るう。空いている時間の全てをそれに捧げるように、再び手にしたTAKENAKAを振るい続けた。

 周りに何と言われても構わない。侮蔑の視線で見られても構わない。そんなものは重要では無いのだ、大切なのは自分の心。

 それまでとは違う、飽くなき情熱によって重ねられた努力。それは、見る間に彼に『力』を与えて行った。

 気付けば、実技の授業で遅れる事は無くなった。気付けば皆とも互角に渡り合えるようになっていた。気付けば、真機の使い手として覚醒していた。

 しかしその全てを気にも掛けず、藤吾はただひたすらに、TAKENAKAを使いこなそうと努力し続けた。

 余談だが、レストと親しくなったのもそんな時の話だ。実技はまだしも、どうにも上手くいかず悩んでいた勉学の問題を解決する為、クラスで一番優秀だった彼に教えを請うたのが友人となった切欠である。

 ともかく、そうして急成長を遂げ――何より、その弛まぬ努力を目にして。年が変わる頃には、彼を馬鹿にする人間はいなくなっていた。


 何故、そこまで努力出来るようになったのか。その理由、切欠を問われれば、藤吾は迷い無く礼菜のおかげだと答えるだろう。

 彼女のあの言葉があったから、大切な事を思い出せた。あの言葉があったから、諦めずに此処まで来れた。

 だからそんな藤吾が彼女のファンになるのは当然で。その姿に憧れを抱くのもまた、必然だったのだろう。


 ――芦名藤吾にとって、九条礼菜とは。何時か追いつきたいと願う、憧れの目標だったのである。


 ~~~~~~


 気が付いたら、そこに居た。そう、表現する他無いだろう。

 決して、目を離してなどいなかった。決して、気を抜いてなどいなかった。

 なのに――気付いた時には、『槍』は腹部に突き刺さっていた。


「――っう、あ!?」


 苦渋の声を漏らし、礼菜は瞠目する。

 何故『領域』に引っ掛からなかったのか――瞬間移動でもしたのか――転移魔法を使えるという情報は無かったはずだ――様々な思考が一瞬で心の内を巡りきり、次の瞬間訪れた『領域』からの情報に、全てを理解する。

 入って来たのは、彼が……芦名藤吾が領域の内部へと突撃してきた、という情報。

 詰まり彼が、速かったのだ。その情報が自分に伝わるよりも早く己の下へと辿りつけるほどに、目を離していなかったにも関わらずその突撃を認識出来ないほどに、ただ速かった。

 防御など間に合うはずもなく、礼菜は巨槍の暴威を受け、諸共に吹き飛んで行く。周囲の全てを蹴散らし、頑強なはずの壁を幾十と壊して、それでも槍は――芦名藤吾は突き進む。

 その威力たるや、正に一撃必殺で。だからこそ、礼菜は内心で嗤った。


「正、解、でしたねぇ!」


 百分の一秒以下の世界の中で、彼女は風越しに見える藤吾へと、賞賛と共に高らかに告げる。


「何かしてくるのはぁ、分かっていました。よもやこんな手だとは思っていませんでしたが……念の為、全力で防護を張っておいて正解でしたよぉ!」


 九条礼菜の慎重さは、この局面において最大限の効果を発揮していた。

 即ち、藤吾が動き出す前からの全力防御。幾多の障壁を張り巡らせ、身体に防御用の魔法を何重にも掛け、彼女は事前に備えていたのだ。藤吾の攻撃に。

 その備えは今、藤吾の機構解放による一撃――『風神旋槍かぜかみのやり』を、かろうじて防ぐ事に成功していた。


「決死の突撃もぉ、所詮私には届きません。無駄だったんですよぉ!」


 煽るように語る礼菜だがその実、余裕は無い。

 彼の攻撃を防げているのは本当に辛うじてであり、今も魔力はがりがりと削れ、防御を貫通した衝撃に少なからずダメージも負っている。

 だがまだ、倒される程では無い。この後が厳しくなるのは確かだが、それでも此処で終わる程では無い。


 そう。このままであるのなら。


 何枚目かの壁を突き破り、同時に徐々に槍の勢いが弱まっていく。元より残り僅かな魔力を振り絞っての特攻だ、そんなものが長く保つ訳も無い。

 故に、礼菜は勝利を確信し。故に、それでも諦めない藤吾へと――今一度、幸運は舞い降りる。


(あれ、は――)


 このままでは負ける。それを自覚していた藤吾の視界の端に映る、小さな影。

 咄嗟だった。満ちる風を一筋綻ばせ、すれ違いざまに影を槍の内部へと掬い取る。

 確信があった。いや、見間違うわけが無い。何故ならそれは、ずっと共にあった――


「とっとと力尽きたらどうですかぁ、藤吾くん!」


 己が魔導真機、双凛令奏を振り上げる礼菜。

 その時、彼女は見た。エメラルドグリーンの風の向こう、己を見据える藤吾の顔が、穏やかに微笑んでいるのを。

 理解出来ない。何故この状況で、そんなにも嬉しそうに微笑んでいられる? 勝ち誇るような笑みではなく、絶望の淵の悔しさでもなく、何故心を打たれたように優しい笑みを。


「本当に、頼りになる相棒だよ」

「っ、何、を……!」


 訝しげに問いかけ、気付く。引き絞られた、彼の右腕……その先に、『何か』がある。


「謝ってまで、置いてったってのにな。こうして、戻ってきてくれるんだから」

「まさ、かぁ」


 知っている。いや、忘れる訳がない、その特徴的なシルエットを。

 溝の入った三角錐。チョコレートのような蕩けた褐色。音を立てて回転する、雄雄しき威容。

 彼の右手に嵌められた、その異形の正体は――!


「行くぜ――TAKENAKA!」

「あの、魔導機!?」


 驚愕と共に振り下ろした双剣と、解き放たれたドリルがぶつかり合う。

 しかし、風神旋槍を受けながらという不安定な状態のせいで狙いの甘かった双剣は、三角錐という形と回転の影響を受け、ドリルの表面を呆気なく滑り落ちていく。


「そん、な――!」

「ぶっ飛びやがれえええええええええええ!!」


 無防備な礼菜の顔面へと、ドリルは容赦なく叩き付けられた。


「ぶ、うっえぇぇっ!」


 魔法による保護効果のおかげで、突き刺さりこそしなかったが……全身全霊を籠められた一撃は、彼女の顔を醜く歪ませ、その体を勢い良く吹き飛ばす。

 地を何度もバウンドし、ごろごろと転がって行く悪辣副会長。やがて壁にぶつかって動きを止めるその様を、機構解放を解除し滑るように着地しながら眺めて、一言。


「美味かったろ? 竹中は」


 そう言って、勝利を誇示するように右腕を天へと突き上げながら、風に身を任せ藤吾は静かに目を閉じた――。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ