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ナインテイカー  作者: キミト
第二章 『暴君』
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第二十五話  怒りを超えて

「素直に予想外でした、と賞賛の言葉を贈るべきですかねぇ、これはぁ」


 落下の衝撃によって砕けた魔導加工式コンクリート。その粉塵に巻かれながら、涼やかな声が場に響く。

 ゆっくりと晴れていく煙の中から姿を現す九条礼菜を、勢いを殺し地に着地した藤吾は真っ直ぐな瞳で見詰め返した。


(防がれた……いや、この位は当然か)


 必殺の突撃。速度も威力もタイミングもバッチリだったはずだが、彼女もまた真機使い、その実力は伊達ではないらしい。

 衝突の直前、己が槍を左手の双剣によって防がれたことを、藤吾は正しく認識していた。


(けど、足は止めた。今から逃げようとした所で、速度でも加速でも勝る俺が圧倒的に有利。となれば、逃げるという選択肢は副会長には無いはず)


 詰まりは、此処からが戦い。追い、逃げる追走戦では無い、純粋な戦闘力勝負。

 と、漲る気合を一層強める藤吾へと、小さな拍手が鳴り響く。


「お見事ですぅ、藤吾くん。まさかあそこから追いつくなんて。ちょっと、自信なくしちゃいましたぁ」

「……副会長がそうであるように、俺だって速さには自信があるんです。簡単には負けられませんよ」


 ピクリ、礼菜の眉がそうと知れない程小さく上がる。

 副会長。その呼び方に、互いの距離が以前まで――どころか遥か遠くまで離れてしまったことを改めて実感する。

 とはいえ、礼菜の心に特に感慨は無い。元より近づいたと思っていたのは藤吾の方だけであり、礼菜にとって彼は常に都合の良い信奉者でしかなかったのだから。

 だから、どちらかと言えば抱くのは、


(もう、完全に使えなくなってしまいましたねぇ。まあ、そうなるだろうと分かっていたからこそ、余計な説得なんてせず切り捨てたんですけどぉ)


 そんな、消しゴムを使い切る直前で失くしてしまった時のような、ほんのちょっぴりの惜しさだけであった。

 別段、労力を割いてまで取り戻さなければならないものでは無い。無くなったのならばそれはそれで構わない、幾らでも代わりは利くのだから。


「ふふふ。しかしそうなるとぉ、私がこのレースで一位を取るには、貴方を何とかして倒さなければなりませんねぇ。逃げて逃げて、ゴール前で追い抜かれた~何て、御免ですからぁ」

「そうですね。一位を取りたいというのなら……貴女は此処で、俺と戦わなくちゃいけない」


 釘を刺すように言って、藤吾は槍を浅く構える。

 応じるように、礼菜もまた両腕を軽く広げ双剣を構えた。


「戦いながら、色々と話したいこともありますがぁ……その前に」

「――!」


 高ぶる魔力。来るか、と身構える藤吾だが、実際放たれた魔法弾は彼とは見当違いの場所へと飛んで行ってしまう。

 誘導弾か、と考える間にも直進し続ける翠色の魔法弾。そうして遂には、何かに当たって小さな爆発を起こす。

 それが何なのか――すぐに分かった。


「監視魔法を……?」

「込み入った話をするには、邪魔ですからぁ。あの、無粋な覗き魔は」


 続けざまに放たれた三発の魔法弾が、先と同じく空中を漂う監視魔法の光球を見事に撃ち抜く。

 これで、この場を中継する――話を、聞かれる――心配は無くなった。


「ついでに簡易的な結界も張っておきましたからぁ、これで新しい監視魔法も入ってはこれませんよぉ。まあ、参加者の皆さんならば大した苦労も無く破れるような拙いものですがぁ……それなりに差は開いているので、すぐに追いつかれることはないと思いますしぃ、ね?」


 幾ら藤吾にばれたからといって、自身の本性を学園中に放送するつもりなど毛頭無い。そんなことをしようものならば、今まで積み上げてきたものが全て無に帰してしまう。

 けれど同時に、『話をする』ということは礼菜にとって大切な武器の一つであった。綾香との戦いがそうであったように、上手く会話し相手の心を乱せれば、戦闘における絶対的優位を確保したも同然なのだから。

 これは、その為の場。空白の戦場地。


「それにしても藤吾くん。さっきの一撃は、随分と激しいものでしたぁ。そんなに気に入りませんでしたかぁ? 私に、騙されていたことが」


 わざと傷口を抉るように、不愉快な口調で礼菜は話す。これで動揺してくれれば良し、怒るのならばそれもまた良し。どちらに転んでも、平時と比べて判断力は必ず鈍る。

 けれど藤吾は、その思惑の外。ただ真っ直ぐに、言葉を返す。


「そう、ですね。ずっと騙されていたこと、そして切り捨てられたこと。それは、とんでもなくショックでした。でも――俺が副会長の下まで来た理由は、それじゃ無い」

「そうなんですかぁ? それじゃあ、もしかしてぇ……私の優勝に、貢献する為にぃ?」


 違うと分かっていて、尚問い掛ける。普通の人間ならばあからさまに顔を顰めてもおかしく無いその問い掛けに、けれど藤吾はやはり真っ直ぐ。


「いいえ。……正直言って、今の俺にはどうでも良いんです。副会長が優勝しようが、どうだろうが。そして貴女に騙されていたことも、切り捨てられたことも。少なくとも、今は」

「ではぁ、一体何故?」


 純粋に疑問だった。あれだけの時を過ごし、あれだけの思いを寄せていた相手に裏切られたのならば、失意か怒りに呑まれるのが普通だろう。だが彼は、そのどちらでもないのだと言う。

 そんな人間を礼菜は知らない。だから、予想も付かない。目の前の少年がまさか――


「決まってます。友を踏みにじった貴女が、許せない」

「はいぃ?」


 たった一人の友の為に、それらの思いの全てを振り切ってこの場に立っているなどとは。


「ん~。友とはもしかして、綾香さんのことですかぁ?」

「はい。……副会長は、あやっちを騙し、裏切りました。そして今また、あいつのことを踏みにじった」

「それはもしかしてぇ、過去の事を話に出して、動揺を誘った事ですかぁ? それとも、気絶した彼女を踏みつけていたことぉ? ……どちらにしよ、理解出来ませんねぇ」


 本当に分からない、という声音で礼菜は続ける。


「そもそも、戦いを仕掛けてきたのは綾香さんの方ですよぉ。そうして負けた彼女を、動けないように拘束した。その何がいけないんですかぁ?」

「だからって、あんな風に過去を抉る必要も、意識を失ったあやっちを踏みつけて地に擦り付ける必要も、無かったはずだ。副会長の実力なら普通に戦ったって勝てたはずだし、拘束するのなら、捕縛魔法を掛けるだけで良い。あんなのは……あんなのは、外道の所業だ」


 湧き上がる怒りと共に、藤吾は答える。全身の筋肉に力が入った。

 そんな彼の様子に困った顔をしながらも、内心笑い、礼菜は言う。


「だからぁ。それの、何処が悪いんですかぁ? ねぇ、藤吾くん?」

「何処が、悪い? 決まってる――全てだ」


 風が吹く。溢れる魔力が、彼の怒りを如実に表す。


(どうなるかと思いましたけどぉ。結局は思い通り、ですねぇ)


 そしてそんな藤吾の姿は、礼菜にとっては正に思惑通りに映った。筋道は少々予定と違ったが、結果的に切れてくれたのならば好都合。後は確実に刈り取るのみ。

 余裕の表情を崩さぬ礼菜へと、藤吾が突撃姿勢を取る。あからさま過ぎるその姿は、やはり思考が鈍ったせいなのか。


「あんただけは。あんただけは……此処で、ぶちのめす。誰に頼まれた訳でも無い。誰に命じられた訳でも無い。ただ、許せないからぶちのめす」

「怖いですねぇ。でも、出来るんですかぁ? 藤吾さんに。だって貴方……私に恋、してるでしょう?」

「そんなもんは……遥か彼方に、置いて来たっ!」


 藤吾が地を蹴った。加速は一瞬、到達も一瞬。突き出された槍が迎撃の為に振るわれた双剣とぶつかり合い、激しい衝撃を撒き散らす。


「はぁああ!」

「ふふ。凄いですねぇ」


 最早点ではなく面に見える程の密度と速さで繰り出される、突きの連打。しかし礼菜も大したもの、その全てを両手の剣で危なげなく捌いてみせる。

 速度という点では、藤吾が勝っている。だが双剣という武器の都合上、礼菜は手数で勝っているのだ。一本の槍と二本の剣、数だけで考えれば速度は半分でもまだ足りる。

 そして二人の速度差は、その数の差を覆す程には開いていない。だからこそ、繰り出される槍撃は五十を超えて尚、一つたりとも届かない。


「こっちからも、行きますよぉ」

「フュッ」


 礼菜の宣言に、短い呼気だけで藤吾は応えた。

 加速する攻防。時に突き、時に払い、時に防ぎ、時に弾く。けれど互角、百を超えてまだ両者傷一つ無い。


(おかしいですねぇ)


 気を抜かず剣を振るいながらも、礼菜の頭には疑念が浮かんでいた。

 そう、おかしいのだ。短い時間とはいえこれだけ打ち合っても尚、藤吾に崩れる気配が無い。

 彼は今、心の底から湧きあがるような激情の中に居るはずだ。感じる気迫からもそれが容易に読み取れる。にも関わらず、余計な大振りも無茶な攻めも、出来るはずの隙も見当たらない。


「甘いですよぉ」


 やはり、おかしい。今の一撃、彼は此方の攻撃を薄皮一枚で避け切って、背後に回ってなぎ払いを繰り出してきた。

 とても、怒りに頭を支配されている人間の出来る動きでは無い。身体に動きが染み付いているといっても、限度がある。

 また、彼の姿が掻き消える。今度は右、次は左。前に来る、と見せかけてフェイントを入れてもう一度左。

 やはりだ、彼は怒りに支配されてなどいない。この動きは、しっかりと『自分』を保っている者の動きだ。


(怒っていない、ということは無いでしょう。ならばぁ……怒りに支配されるのではなく、怒りを支配している?)


 そんな馬鹿な、と礼菜は考える。怒りとは人間にとって実に原始的な感情だ、本物のそれは容易く人の理性を燃やして心を埋める。そんなものを、支配出来るはずが無い。超えられるはずが無い。

 出来るとすればそれは、本当では無い偽物の怒りだけ。これまでの人生で得た、それが礼菜にとっての真実だった。

 だから思い至らない。彼が、強い意志と覚悟によってその怒りさえ支配していると――そんな、常識外れの真実に。


「はっ!」

「っ、危ないです、ねぇ!」


 礼菜の腕を、槍が僅かにかすり通る。小さく、しかし初めて受けたダメージに、彼女の顔から余裕が消える。

 怒りは、藤吾の身体から常態以上の力を引き出していた。それでいて視野が狭まることはなく、思考が固まることもなく、全力を発揮出来ている。

 休む間も無く礼菜を攻め立てる、目で捉えることすら困難な高速移動からの連撃の数々。徐々に、本当に徐々にだが自身が押されているとようやく自覚する礼菜だが、もう遅い。立て直せるだけの時間は、与えてなどもらえない。

 戦闘開始から一分二十二秒。それが、藤吾の槍が礼菜を捉えるまでに掛かった時間であった。


「きゃっ――」


 可愛らしい悲鳴を上げ、突きを受けた礼菜が吹き飛んで行く。

 藤吾は、あえて追撃はしなかった。彼女にまだ余力があることを見抜き、下手なカウンターを喰らうことを恐れたからである。

 彼の頭は、決して煮えたぎってなどいない。燃える怒りが発する熱量が、正しく脳を回転させているのだ。


「…………」

「全く。厄介なもの、ですねぇ」


 見立て通り、礼菜は余裕を持って空中で体勢を立て直すと、そのままふわりと着地を決める。もし好機と見て突っ込んでいれば、あの双剣による連撃で瞬く間に反撃を刻まれていただろう。

 憤怒を燃やしながらも冷静な藤吾に、舌打ちしたい気持ちを抑えつつ、礼菜は手の内の真機を握りなおす。理解は出来ないが、どうやら今の彼を話術で動揺させることは相当困難であるようだ。


「副会長、貴方は確かに強い。けど、今の俺はもっと強い」

「加えて生意気と来ましたかぁ。本当に仕方が無い人ですぅ」


 藤吾にそんな気は無かったが、逆に挑発されていると感じた礼菜の瞳が微かに細まり、その奥に暗い光を瞬かす。


「これはぁ、少々きついお灸を据えて上げる必要があるみたいですねぇ」


 礼菜の魔力が急激に高ぶる。その様子を変わらず冷静に警戒していた藤吾だが、流石に次に彼女が発した一言には、心を叩かれざるを得なかった。


「――機構解放ストレイド

「なっ……! このタイミングで!?」


 礼菜の双剣の一部に罅割れるような線が入り、その身を解放するように僅かに拡がる。一回りだけ大きさを増した真機は相変わらず美しかったが、重要な点はそこでは無い。

 機構解放をこのタイミングで使った。それこそが、あまりに異常。

 魔導真機の力の全てを解放する『機構解放』は、瞬間的に強大な力を得られる代わりに、多大な魔力消費と身体的負荷を強要される。また、個性豊かな真機にとって力の解放とは、要するに個の追求……一芸特化に他ならない。

 だからこそ多くの場合、機構解放は必殺の一撃を放つ、その為だけの形態なのだ。リエラのように『高速での飛翔を可能とする』などの副次的作用が付く場合もあるが、それも長く維持する事は困難なのである。

 故に礼菜の機構解放は、あまりにも不可解であった。確かに決まればそれだけで勝負が付くかもしれない、だが隙も何も無く藤吾自身もあまり消耗していない今の段階では、そもそも当てることが至難の業だ。

 どうしようもない程に追い詰められている、或いは勝負の決め時だというのならばともかく、少し押された程度の現状で使うものでは無いのである。


「ふふふ。訳が分からない、って顔をしていますねぇ、藤吾くん」

「ああ。自棄になった、って訳じゃあないみたいだな、その様子だと」

「勿論ですぅ。私は勝算の薄い博打に乗るほど、酔狂な人間では無いですからぁ」


 ならば彼女の機構解放には、きちんとした意味があるということだ。この状況からでも勝利をもぎ取れるだけの、勝算が。


(何が来るかは分からない。けど何が来ても、俺の速さで避けきってみせる)


 いつでも好きな方向に飛び出せるよう、藤吾は体勢をほんの少しだけ動かした。彼女のあの双剣や今までの戦闘から、恐らくは強力な斬撃か弾幕を張る技か――そう予想を立てながらも、慢心はしない。

 何が来ても構わないよう、まずは回避を第一に考えて、


「あぁ、そうそう」


 その判断が間違いであると、直感で悟った。


「残念ですがぁ。避けることは出来ませんよぉ」


 瞬間。礼菜を中心に拡がった力が、藤吾ごと周囲を呑みこんだ――。

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