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ナインテイカー  作者: キミト
第二章 『暴君』
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第二十四話  常識と非常識

 広くしかし閉塞的な試験会場の中を、一陣の風が駆け抜ける。

 速い。速い。速い。常人の目では、残像さえ捉えられるかどうか怪しい程の速さだ。常人を超えた能力を持つテイカー達の動体視力でも、捉えることは容易では無い、それ程の速さ。

 風を巻き起こし、空を切り裂き、藤吾は飛ぶ。


 魔法弾のトラップが発動する――着弾する頃には、既に遥か先に居る。

 幾多の魔槍が、床や壁から突き出てくる――風の如く、その全てを流麗にかわし翔け抜ける。

 複雑怪奇な迷路が行く手を阻む――風の流れが、行くべき道を教えてくれる。


 数多の参加者の前に立ちはだかり、その進行を妨害していたトラップの数々が、たった一人の少年を微塵も遅滞させることが出来ていない。

 全く止まらず、圧倒的な速度を維持したまま、藤吾は少女の下へと道を急ぐ。

 急速に縮まる礼菜との距離。全体の、そして疾風の進行をモニターでチェックしていた安奈には、それが良く分かった。とうに追いつけない所まで離されたはずの相手まで、このまま行けば間違いなく追いつく、と。

 次々に流れていく視界の中、徐々に参加者の姿が増えていくことに、藤吾は気付いた。それは詰まり、ほぼ脱落者といっても良かった自分が、レースの本流に復帰出来た事を意味している。

 だが、まだ。まだ足りない。目指すは先頭を走るあの少女、実況の通りならばまだ距離がある。


「もっと……もっと速く――!」


 自分に言い聞かせるように呟いて、藤吾は更に加速した。

 魔力が加速度的に消費されていくが、その程度構うことは無い。この試験の最後まで何て走れる必要は無い、ただ追いつき、打ち倒す。その分の魔力さえあれば良い。

 幾多のカーブ、直角コーナー、Uターン。その全てをほとんど速度を落とすこと無く、藤吾は駆けた。

 真っ直ぐに突き進むだけでは無いその機動力に、観衆の誰もが度肝を抜かれ、呆気に取られる。

 対して他の参加者達は、その速度を内心賞賛しながらも、当然ただ見逃すという訳にはいかない。あの速度がいつまで持つかは知らないが、それでもこのまま行けば少なくとも自分達は負けるのだ。

 皆争いつつも、同時にあの疾風を何とか止めようと、その魔法を行使した。

 だが、止まらない。放たれた幾多の魔法弾を突き抜けて、幾多の砲撃を流れるようにかわして、幾多の追尾魔法を速度だけで振り切って。藤吾の快進撃は止まらない。


(これはぁ、まずいですねぇ)


 その様子を中継で見た礼菜は、認めざるを得なかった。彼は速度に自信のあった己よりも速いのだ、ということを。

 レース形式のこの試験では、彼の方に分があるのだ、ということを。


(ですがぁ……速さだけでは決まらないのが、この試験の良いところですぅ)


 素直に実力を認めながらも、来るべき時に備えて魔法を準備する。

 礼菜には分かっていた。藤吾の狙いが、自分であるということが。

 それはそうだろう、何せ騙し、利用し、そしてこっぴどく切り捨てたのだ。誰だって怒るし、復讐しようともする。まさかこの期に及んで自分に協力したい、ということもあるまいて。


(う~ん。もっと長く寝ているよう、確実に止めを刺しておくべきでしたかぁ。もしくは、きちんと回収されるようにコース上に放り投げておくとかぁ)


 誤算を言うならば、そこだろう。まさか、こうも早く彼が復帰してくるとは思わなかった。まさか、こうも速く彼が翔けられるとは思わなかった。

 加えて、あの小部屋に彼を放置してしまったことも大きい。普通ならば気を失った参加者はその時点で失格となり回収されるのだが、あの小部屋に監視魔法は巡ってこない。そのせいで、回収されることも無くレースに再参加出来てしまったのだ。

 かといって、その事実を突きつけて彼を失格にすることも出来ないだろう。そんなことをすれば自身の行ってきた行為、不正が発覚しかねない。

 彼がただ喚くだけならばどうとでも誤魔化せるが、自分から切り出したのではそれも難しい。


(余計な障害が増えてしまいましたがぁ、まあ良いでしょう。適当に撃ち落して、後は最終関門のあの二人の戦いが終わるのを待って……消耗した勝者を美味しく頂いて終わり、ですぅ)


 礼菜には自信があった。芦名藤吾を打ち倒せる、その自信が。

 それは虚飾などでは無い、彼女の中の厳然たる事実。確かに彼の速さは素晴らしい、それは認める。だが所詮はそれだけ。それでは、自分に勝つことは不可能だ。


「さて。貴方は最後にどんな足掻きを見せてくれますかぁ――ねぇ、藤吾くん」

「追い、ついたぞっ……!」


 飛翔しながら、妖しく笑い振り返る礼菜の後方。コース角から飛び出しながら、遂に追いついた先行者へと、藤吾は鋭い双眸を突きつける。

 息つく暇も無く、再加速。僅かに遅れた速度を取り戻し追いつかんとする追跡者へと、礼菜は用意しておいた魔法を行使した。


「そう簡単にはぁ、行きませんよぉ」


 彼女の周囲に浮かぶ、幾多の光弾。捕縛・追跡の効果が付与された三十にも及ぶ魔法弾が、一斉に高速で射出される。

 その速度も、数も、追尾性も、これまでの参加者やトラップの比では無い。正面からの突破は、間違いなく困難。


(だけど此処で速度を緩めて迎撃してたら、いつまで経っても副会長の下まで辿り着けない!)


 完全に背後を向きながらも、礼菜の速度は微塵も落ちていない。遠距離魔法が得意では無い藤吾が彼女を落とすには、至近まで近づくことが必須だ。その為には、此処で遅れる訳にはいかなかった。


「なら、速度を落とさず……突き抜けるだけだっ!」


 此処に来て初めて、藤吾はその手の魔導真機を勢い良く振るう。

 翻る真槍が、数多の魔法弾を打ち砕く。しかしながら藤吾の身体はバランスを失わず、故に進行速度は維持される。


「まさかぁ――」


 ありえないことだった。礼菜の常識からすれば、高速飛翔中にあのような真似をすれば、少なからずバランスは崩れるし速度は落ちる。

 けれど現実、藤吾の速度は落ちていない。


「なら、これでどうですぅ?」


 礼菜が、更なる魔法を発動させた。彼女の周囲から四十近い糸状の捕縛魔法が不気味に伸び、標的を絡め取ろうと藤吾に迫る。

 恐らくは彼女自身が操作しているのであろう。不規則に動く触手を、しかし藤吾はかわしてみせる。


「ヒュッ!」


 鋭い呼気と共に空間を縦横無尽に駆け巡り、糸の追跡から逃れていく。身体を捻り、僅かに空いた空間を抜け、礼菜へと距離を詰めて行く。

 やはり、速度は落ちない。これもまた、礼菜の常識からすればありえないこと。一体どうなっているのかと、内心不気味ささえ微かに抱く。


 ――それは、馬鹿な男の一途な努力が生んだ奇跡であった。


 毎日毎日、ひたすらに槍を振るってきた。TAKENAKAという愚の骨頂、その化身のような槍を使いこなす為、毎日毎日ひたすらに。

 倒れるまで振るった。倒れても振るった。自分の弱さを、TAKENAKAのせいにしたくなかったから。己の愛を支えにして、胸を張ってTAKENAKAを振るう為、藤吾は何処までも努力した。

 だからこそ辿り着けた、今。あんなバランスの悪い魔導機を使っていながら、優秀なテイカーの集まるこの総学で、平均以上の実力を示すまでに至ったのだ。

 その卓越した、という言葉ですら生温い技量を以ってすれば、この武器この状況でバランスを崩す方が難しい。

 それ程までに完成された技術。執念を超えた愛だからこそ至れた境地。故に、努力さえも計算高く行う礼菜では理解出来ない。そういった当たり前、計算や常識を超えたところにある、まさしく馬鹿の領域なればこそ。

 芦名藤吾を――九条礼菜は、理解しきれない。


「ですがぁ!」


 礼菜が、左手の魔導真機を天高く掲げる。藤吾が気付いた時にはもう遅い、既に空には彼女と藤吾を結ぶように一直線に巨大な魔法陣の列が出来ていた。

 礼菜が真機を振り下ろす。呼応し、陣は極光を吐き出した。天から地を貫くように降り注ぐ、極太の魔力砲撃。

 一直線の通路では逃げ場は無い。最早防御も回避も間に合わず――

 しかしそれは、礼菜の常識。藤吾の常識は、彼女の予想とは全く違う結論を導き出す。


瞬間加速ゼアケット


 魔法を発動。刹那、彼の周囲で渦巻いていた風が一斉に呼応し、ジェット噴射のように後方に放たれる。

 それは正に戦闘機のように藤吾の身体を前方に押し出し、その速度を瞬間的に増幅させた。

 降り注ぐ光砲よりも尚速く、藤吾は飛翔する。己に迫る極大の脅威に怯むこともなく、何処までも真っ直ぐに。


「あらぁ?」

「捉えたっ」


 結果は、一秒と待たずに現れた。目と鼻の先で槍を突き出そうとする藤吾と、それに驚愕する礼菜。

 しかし同時に、この状況は彼女の予想内でもあった。

 藤吾があれを抜けられるとは思っていなかった。しかし同時に、ありえないはずのもしもに備える、それが九条礼菜という少女の気質、慎重性。

 それを持ち合わせているからこそ、彼女は数々の不正を行ってきたにも関わらず、その一切を大衆に知られることなく民意を勝ち取るに至ったのだから。

 もしもの時の為に密かに構えられていた礼菜の右手が、閃光の如く瞬く。槍が解き放たれるよりも速く、迸る剣。

 もらった。確信。けれどそれもやはり、礼菜の常識。現実はそれよりも、尚速い。

 真機が空を切った。残像を残し、掻き消える藤吾の姿。

 何処へ――思うよりも早く、声。


「これで――」

「上、ですかぁっ!」


 見上げた時には既に、槍は目の前に迫っていた。

 避ける――無理だ、避けられない。


「落ちろおおぉぉぉおおおおおおおおお!!」


 吹き荒れる暴風が、悪鬼を地へと叩き落した。

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