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ナインテイカー  作者: キミト
第二章 『暴君』
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第十九話  両雄激突

 第一魔導総合学園、通称『総学』においてナインテイカー――即ち学内ランキングの上位九名とは、非常に大きな意味を持つ存在である。

 入学して一月とせずに誰もがその存在を知り、特別視せざるを得ない程に、圧倒的で絶対的な存在。それ故に多くの者達が彼等に憧憬を抱き、畏怖を覚え、いつか自分もその領域に辿り着けたらと夢想する。

 十万近いテイカーが所属するこの学園の、0.01%以下の頂点。だからこそ、彼等はその存在だけで大きな注目を浴び、その激突ともなれば翌日の学園紙の一面を飾る程の一大事だ。

 そう、正に今――四字練夜とエミリア・エトランジェが相対した瞬間、学園中のボルテージが限界を突破し湧き上がったように。


『こ、こここここれは、一体どういうこと何だー!? ゴール前に待ち構えていたのはまさかのエミリア教師、は、え、一体何故!?』


 距離を空け正対する『極剣』と『暴君』の姿をモニター越しに眺めながら、狼狽した様子で騒ぎ出す安奈。

 そんな彼女を落ち着かせるように、殊更冷静な声が場を貫く。


『何故も何も無い。ただ、彼女が――エミリア教師がこの試験の最終関門だった。それだけのことだろう』

『ってことは、あの人を倒さないとゴール出来ないってこと、ですかい!?』

『そうなるね』

『そんな無茶な!』


 実況も忘れて、安奈は叫んでいた。

 それもそうだ、何せコースの真ん中に仁王立ちしている彼女は、ナインテイカーにして学内ランキングの第三位。一体この学園でどれだけの人間が彼女に勝てる……いや、そもそも戦いになるというのか。

 しかもルール上、彼女を避けてゴールすることは出来ないというのだから、尚更である。最も、彼女を上手くかわしてゴール出来る者もまた、ほとんど存在してはいないだろうが。


『まあ、一応一対一という訳では無いし勝ち目はある……と、良いね』

『そこはあるって言ってくれよ、レストさんっ!』

『そう言われてもね。何せあのエミリア女史だし……まあ可能性があるとすれば、このまま四字君が彼女を倒すか、或いはギリギリまで消耗させるかすれば、後続にもゴールの目はあるんじゃないかな』

『そ、そうだ、四字選手っ!』


 ばっ、と勢い良く、安奈はレストに向けていた顔をモニターへ戻す。

 そう、忘れてはならない。確かにエミリア・エトランジェは強大で隔絶した存在ではあるが、今はその彼女と伍する程の強者が、真正面から相対しているのだ。


『こ、これは……どうしたんだ四字選手、そしてエミリア教師。二人共距離を取って向き合ったまま、ピクリとも動かない!』


 だがその期待の星は、通路の真ん中に陣取った後、鋭い双眸で正面を見詰めるのみで何のリアクションも起こさない。

 視線を向けられているエミリアもまた、微動だにせずじっと見詰め返すのみ。だがそれは決して、二人がただ硬直していることを意味しないと……皆が、すぐに理解した。


『こ、これは……』


 実況そっちのけで、思わず息を呑む。

 無機質なモニター越しにでも良く分かった。彼等の間で渦巻いている、規格外の力。その威圧が。


『とんでもない圧迫感……って、うわぁ!?』


 と、食い入るように画面に見入っていた安奈だが、突如映像に走った衝撃の嵐に、その場から飛び退く。

 同じように画面の前の観客達もまた、感じないはずの衝撃を感じ取ったかのように一様に身を震わせた。

 それ程までに、強大な力の激突。だが再び目を向けたモニターの向こうの両雄は、衝撃の前からまるで動いた様子は無い。


『な、何が起こったんだー? レストさんっ!』


 事態が理解出来ず、安奈は解説のレストに説明を分投げた。

 受け取ったレストはやはりその冷静さを崩すこと無く、


『二人の間で、発せられた力がぶつかり合ったんだ』

『え、でも二人は全く動いてないけど……見えなかっただけ?』

『いや、違うよ。もう忘れたのかい? 四字君は、直接動かなくても相手を斬ることが出来る、と』

『あ、ええ、勿論覚えてるっよ。でも、エミリア教師は……』

『弾いたんだ。四字君から発せられた、相手を斬る意思――即ち斬気を。同じように、相手を叩き潰すという意思と共に発した気迫によって』

『気迫って……そんな馬鹿な!?』

『そう思うだろう? しかしその馬鹿なことが可能なのが、ナインテイカーであり、エミリア・エトランジェという存在なんだよ』


 説明されても尚、理解出来ぬ領域。

 思うだけで相手を斬る剣鬼に、それを思うだけで弾く女傑。まさしく桁違いの力による戦いが、そこにはあった。

 噂程度にはその強さを知っていても、実際に戦っている所をまともに見たことの無かった大多数の者達が呆気に取られる中で――再び響く轟音と、衝撃。

 動かぬ四字とエミリアの間で、瞬間百を超える力の激突が巻き起こる。そのほとんどを大衆は認識することすら出来ず、しかし遅れて届く余波と先程のレストの説明のおかげで、何が起こっているのかだけは理解した。

 これが、ナインテイカーの戦い――


『いや。それは違うよ』


 まるで此方の心を読んだかのように放たれたレストの言葉。

 え、と安奈が声を上げるも、それ以上を聞くよりも早く、モニターの向こうから発せられた声に意識を引き寄せられる。


「やはり、こんなものでは貴女は斬れませんか」


 冷たく鋭い声の主は、四字練夜。

 斬気を止め、しかし刃のような双眸は揺るがず、まるで独り言のように呟く。

 それをしっかりと聞きつけて、エミリアは不満そうに眉を歪めた。


「当たり前でしょ、そんなの。そこいらの雑魚相手ならともかく、私がこの程度でどうにかなると本気で思ってたの? あんた」

「いいえ。ただの挨拶代わりです」

「ふーん……」

「貴女相手に剣も抜かずに勝負が出来ると思う程、俺は愚かではありません」


 言いながら、練夜は腰の刀に手を掛けると、そのままゆっくりと抜き放つ。

 右手でしっかりと柄を握り締め、無造作に、しかし隙無く下段に構える。試験開始から初めて抜かれた刀はやはり飾り気もなく無骨で、しかし何処までも無駄を排除したその鋭さが人の目を、心を引き付ける。

 天から降り注ぐ光によって鈍く光るその刃と、四字の纏う凝縮された斬気に、エミリアの顔から不満が消えた。


「そうこなくちゃあ、ね」


 すっ、と横へと伸ばされる白く美しい腕。その先が突然、虚空に消え――引き出されるは、紅色の柄。

 力強く握り締めたエミリアが右手を引けば、まるで虚空を引き裂くように、巨大な西洋剣が姿を現す。

 独特の白色の刃を持つその大剣を軽く一振り、豪快な音を鳴らして肩に担いだエミリアは、不敵に笑うと空いた左手で挑発の仕草。


「――掛かってきなさい」

「――斬る」


 短く答えた四字がその両足に力を入れて、


『い、いよいよ二人が激突か――って、あれぇ!?』


 次の瞬間、二人の姿が掻き消えた。

 あっさりと何の痕跡も残すこと無く四字とエミリア、両者の姿は見えなくなり、後にはただ静寂が残される。先程までのような、力のぶつかり合いによる衝撃波すら起こらない。


『どうなってるんだー? 二人とも一体何処へ……レストさんっ!』

『はいはい。解説だね?』


 もう大分慣れたのだろう、すぐさま問い掛けてくる安奈に、レストも分かっていると言わんばかりに早速解説に乗り出した。


『この状況を見て、恐らく多くの者は彼等が別の場所に戦場を移したのでは、と思っているだろうが……それは半分正解で、半分不正解だ』

『と、いうと?』

『彼等は今も戦っているよ。あの場所で、ね』

『ええ? でもそれにしては、場が全く動いてないぞ。私達じゃあ速過ぎて見えないにしても、そんだけの力が激突すればさっきみたいに衝撃波が発生したり、コースが破壊されたりするんじゃないかー?』

『だから言ったろう? 半分正解だ、と。彼等はあの場に居るが――同時に、あの場に居ないんだ』

『何だそりゃ?』


 意味が分からず首を傾げる安奈にも分かるよう、解説は丁寧に続く。

 スピーカー向こうの観客達もまた、無人のコースしか映っていないモニターを眺めながら、その声に耳を傾けた。


『単純明快。次元が違うんだよ』

『次元? それは強さの次元が違う、とかそういう?』

『それも勿論ある。が、私が言っているのはそのままの意味だ』


 従者であるニーラが新たに入れてくれた紅茶で、唇を一度濡らすレスト。

 そうしてまた、口を開く。


『彼等は今、通常の次元よりも高い、所謂『高位次元』に存在している。故に場所はそのままでも、彼等が干渉しようとしない限り次元の違うレース場は破壊されないし、低位次元に存在している者達では認識することすら出来ない』

『レストさんはその高位次元を、認識出来てるってことかい?』

『勿論。でなければ解説など出来ないし、そもそも我々にしてみればそれは別段特別なことでもない。戦いのギアを上げれば、自然と次元も上がってしまうものだ』

『じゃ、じゃあ今あの二人は、四次元とか五次元とか、そういう所に居るってーのかい?』

『そんな直接的なものではないが……まあ、似たようなものだ』


 軽く言うレストに、無茶苦茶に慣れてきていた安奈達一同も揃って空いた口が塞がらない。

 それでもまだ茫然自失とまではいかないのは、この学園で暮らす中で皆大なり小なりナインテイカーの規格外さを知っているからであろう。


『しっかしレストさん、これじゃあ何が起こっているのかまるで分かんないぞ』


 既に理解することを放棄した安奈が、困ったように腕を組んだ。

 彼等が自分達の理解出来ない所で戦っていることは理解した。が、何一つ見えないのでは正直あまり面白味が無い。

 実況役として場を盛り上げることを重点的に考えている安奈にとっては、現状は決して歓迎すべきものでは無かった。降って湧いたナインテイカー同士の勝負という大目玉が、動きの無い単なる風景映像に成り下がるのは流石に問題だ。

 何とか、此方にも見えるように出来ないか――そう訊こうとしていた安奈だが、それよりも早くレストが再度口を開く。


『おや、戻ってきたみたいだ』

『へ?』


 瞬間、再び走る衝撃と轟音。

 誰もが注目するモニターの中では、もうもうと上がった粉塵が全てを覆い隠すように場を満たす。


『何だー、何が起こったー! レストさんの解説によれば、わざわざ破壊しようとしなければ、コースは安全のはずだっけど……お!? 煙が晴れてきたぞ!』


 徐々に落ち着き煙が消えれば、そこにはいつの間にやら壊れ尽くしたコースと、始めと同じように距離を取り対峙する二人の姿が。

 常人では認識出来ない程、激しい戦いを繰り広げていたはずで――しかし両者共、未だ無傷。どころか、疲労の色すら欠片も見えない。


「相変わらず大した剣技ね。もう限界まで極めたんじゃない?」

「いえ。確かに極みには到達しましたが……だからこそ見える、先もある。終わりはまだ、無い」

「ほんと、その真っ直ぐな剣に懸ける想いは尊敬するわ。私にはそういうの、良く分からないからさ」

「そちらこそ。俺の剣にただ突出した剛力のみで応じるのだから、尊敬に値します」

「そりゃどーも。ま、あんたと違ってこれは努力でもなんでもなくただの才能だけど……確かに、自慢ではあるわね」


 クルリ、と人程もある大剣を手の内で弄び、薄く笑う。その自信に満ち溢れた表情は、エミリア自身の美しさと相まって観衆の目を釘付ける。

 が、その力強い美貌にも眉一つ動かすことなく、四字は右手だけで握っていた刀の柄に静かに左手を添えると、強く握りこんだ。


「その力への敬意と共に。貴女を、斬る」


 刀を構える。半身になって腰を落とし、左脚を前に。右脚は背後で発射寸前のロケットのように力を溜め、地に下ろす。

 腰元で寝かせられた刀の切っ先がそのまま下がり、床を指した。変則的な、下段の構え。

 しかし同時に、斬り込み断つ、その覚悟と思いを感じさせる構え。


「準備運動は終わり、ってこと?」

「ええ。だから貴女にも、本気を出して貰いたい」


 己をじっと見詰める真剣な目に、くっと小さく俯き笑い、エミリアは彼と同じように両手で大剣の柄を握りこむ。

 ただし、形は似て非なるもの。腰を落とし右脚を引く突撃の構えは同じだが、剣は右肩に担ぐように上段へ。ぎちりと音がする程筋肉が収縮し、全身に力が漲る。

 それは、鋭く切り裂くような四字とは真逆の、叩き潰す為の構え。極められた技とは対称的な、暴力の化身。

 だからこその『極剣』であり。だからこその『暴君』であった。


「トマトみたいに潰れても、文句言わないでよ?」

「そちらこそ。首が飛んでも、後悔無く」


 二人の身体から発せられる、想像を絶する多大な力。

 しかしそれは周囲を破壊することなく、彼等の周りに凝縮される。

 あまりに大き過ぎる力が故に、二人の周りだけが時を破却し、空間を無に還す。因果さえも欠片も存在できないその領域に生まれるは、新たなる概念・法則と次元の流れ。

 それは、新世界の創造――それも既存世界の模倣などでは無い、自分だけの、自分自身の世界。そう言っても過言では無い、常世を越えた極限の個。

 溢れ出る力の『おまけ』でその無茶な現象を現実のものと成し、しかしそれすら意味を成さない領域の戦いへ、二人は今飛翔する。


「「――勝負!」」


 刹那、掻き消える二人の姿。一度目と同じように見えて、その実それが全く別のものであると気付けたのは、この場では彼等と同格のレストだけだった。


『あ、あれ、また消えてる! レストさん、何とかあの二人の戦い中継出来ないかなっ。無理ならせめて、見えるレストさんが実況とか!』

『どちらも無理だね。今の彼等はすでに、先程までとはまた別の『領域』に飛んでいる。差が大きすぎて、皆に見えるようにすることは不可能だ。また実況をしようにも、此処とは全く時間の流れが――いや、そもそも時の流れというもの事態が存在しないあの領域での戦いを、時の流れの存在するこの世界で逐一話すことは、物理的にこれもまた不可能だよ』

『え~っと……良く分かんないけど、要するに無理ってことかい?』

『結論、そうなるね』

『そっか……ん~! まあ、見えないもんはしゃあないさっ! 結果に期待しつつも、他の参加者達の様子を見ていこうっ!』


 どうにもならないという結論を聞いた安奈の切り替えは早かった。

 このまま誰も居ないゴール前を中継していても仕方が無いと、素早くモニターを切り替えると、再び数多の参加者達を画面へと映し出す。

 本音を言えば、まるで理解出来ない話から逃げ出したかった、というのが半分位は入っていたが。

 とはいえそれは放送を見ている観客達も同じだったようで、特に不満の声が出ることも無く、皆気持ちを切り替え画面に映る参加者達へと声援を飛ばす。

 流石は総学の在籍者。ナインテイカーの扱いは、それなりに心得ているらしい。


『さって、四字選手達に注目している内に、レースに色々と動きがあったようだぜっ。どうやらバラバラだった参加者達が、遂に一本の道に合流し始めたみたいだ。そして、現在四字選手を除いて一位を走っているのは――』


 小窓の一つが大きくなり、モニターの中央に一位の姿を映し出す。

 金色の髪をさらりと靡かせ、双剣を手に空を翔ける美しい女生徒。そう、それはナインテイカーでは無いものの、同じようにこの学園の誰もが知る、生徒達の代表――生徒会副会長。


『おおっ、やはりこの人か! 学園の生徒ならば誰もが慕う、憧れのお嬢様! 学内ランキング第十六位。『領域占有』、九条礼菜!』


 聞こえないはずの歓声に応えるように、監視魔法に笑顔で手を振って。九条礼菜は、一際強く加速した。


 ――高天試験。終盤戦、突入――

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