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ナインテイカー  作者: キミト
第二章 『暴君』
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第十八話  極剣

『さって、レースも既に中盤を過ぎようとしているけど……どうだいレストさん、此処までの推移はっ!』

『そうだね。まあ、概ね予想通り、といった所か』


 試験開始から二時間近くもの間ずっと実況しているにも関わらず、始めと変わらない程の元気さで問いかける波野安奈に、レストは静かにそう返す。

 その自身とのテンションの差にも気を留めることなく、安奈は続けた。


『概ね、ってことは多少は違ったところもあったってことかい?』

『ああ。開始地点がランダムな関係上、早期に激突し消えてしまった優勝候補も居る。逆に、運よく抜け出たノーマークの参加者も、ね』

『なる程、確かに! 有力候補の一人であり、学内ランキング八十五位の真機使い、『降斬衝』アルダ・レーヴェラ選手が早々に脱落してしまった時など思わず二度・三度と確認してしまったぞ!』

『彼女は運が悪かった。まさかあれ程早い段階で、ランキング五十二位の真機使い、『狐現』リー・厘君と遭遇することになるとはね』

『凄かったからなー、二人の勝負。元々犬猿の仲なのは知っていたけど、まさか出会った瞬間から魔導真機を呼び出して、全力で潰しあうとは……』

『結局、勝ち残ったリー選手も消耗しすぎて、その後の障害を越えられなくて脱落したしね。こういうことがあるから、レースは面白いんだ』


 特等席から見るエンターテイメントにご満悦なのか、上機嫌なレストと、その様子をほぼ無表情ながら幸せそうに傍で見るニーラ。

 それ故に気付いた。主人の表情、その僅かな変化に。


『……どうかしましたか、レスト様』

『いや、なに。遂に動き出したようだよ、彼が』

『彼? 彼ってのはレストさん、まさか……っ!』


 高ぶるようにそう言いながらも、冷静に動いた安奈の指がコンソールを操作し、モニターを切り替える。

 映ったのはこの試験開始から唯一、まだ一歩も動いていない参加者。

 即ち、ナインテイカーが一人――四字練夜。


「…………」


 それまでただじっと目を瞑り佇むだけだった彼が、ゆっくりとその双眸を開ける。

 漆黒のような瞳がモニターを通して映り――それを見た全ての人間の背筋に走る、ぞくりとした感覚。


『レ、レストさん、これはっ!?』

『恐怖を感じたかい? 別段隠すことではないよ、それは正常な反応だ。多くの人間がきっと、自らの目先に凶器を突きつけられれば、同じように本能的な恐怖を感じるさ』

『そ、それは、四字選手がこっちに殺気を向けていると?』

『いや、そうでは無いよ。というかそもそも、殺気なんてものを彼は出さない。ただ――自然とそう感じてしまう程に、彼という存在が鋭く研ぎ澄まされているだけの話だ』


 語る彼等の視線の向こうで、四字練夜が静かに一歩、踏み出す。


『おっとぉ!? 四字選手これは何を考えているんだ、高く聳える壁に向かって歩を進めて――切れたぁ!?』


 目を離さず見ていたはずの波野安奈にも、理解不能な出来事だった。

 四字が壁に向かって歩いていた、此処までは誰にも分かる。だが彼が壁の目前まで迫ったその時、突如壁がざっくりと大剣にでも斬られたかのように切り裂かれてしまったのだ。

 全く以って不可解だった。何せ四字は、その腰の刀を抜いていない。手を掛けてすらいない。にもかかわらず、壁には大きな亀裂が鋭く刻まれている。

 そのまま、何事も無かったかのように亀裂を通りコースをショートカットする彼の姿を口を開けて眺めていた安奈だが、実況者としてすぐに気を取り戻すと隣のレストに疑問をぶつけた。


『レストさんっ、今の現象は何なんだー!? 私には四字選手がただ歩いていたようにしか見えなかったが、もしかして視認出来ない程速い斬撃とか……!』

『いや、それは違うよ。君も見ていた通り、彼は剣を抜いていない。当然、振るってもいない』

『じゃーどうして?』

『単純だ。彼が、練夜君が斬ると思った。だから、壁は斬られた。それだけだよ』

『はい?』


 訳が分からず、首を傾げる。

 その間にも次の壁をまたも無動作で切り裂き進む四字に目を向けながら、レストは続けた。


『彼は、剣を極めし者――『極剣』だ。故に既にその領域は、尋常の剣士にあらず。あの程度の壁を切り裂くのに、逐一剣を抜く必要など無い』

『え~と、良く分かんないんだっけど』

『分からなくて良いさ。彼はこと剣に関して最高位の高みに居る、常人ではその領域を理解することなど叶うわけが無い。今はただ、彼が斬ろうと思えば大概の物はそれだけで斬れる、と覚えておけば良い』


 レストが解説するその間に更に歩を進めた四字は遂に、他の参加者達へと追いついていた。

 散歩でもするような歩行速度にも関わらず、皆が二時間近く掛けて走ってきた道筋を、僅か一分で呆気なく踏破したのである。

 突如壁が裂け、そこから今回の試験で最も警戒すべき人物が現れたことに、遭遇した参加者達は揃って一瞬動きを止め――しかしすぐに示し合わせたかのように争いを一時休戦、四字へと一斉に攻撃を仕掛け出す。

 皆、分かっているのだ。彼を放置しておけば、間違いなく優勝を掻っ攫われる、と。

 放たれる、色とりどりの魔法弾に魔砲撃。走り出す近接型のテイカー。

 迫るそれらに対し、四字はただ静かに足を止め、振り向いて――


「…………」


 刹那、顕現した見えない斬撃が、その全てを切り裂き散らした。

 剣を極めた彼だからこそ放てる、突き詰められた斬気。それは数多の射撃・砲撃を容易く切り伏せ、近づいて来ていたテイカー達をも一人の例外も無く切り倒す。

 あまりの事態に、遠距離攻撃を行っていた者達は動きを硬直させ……四字に目を向けられた瞬間、『斬られ』て倒れた。


『あ、圧倒的! 触れるどころか、戦うことさえ許さないような絶対的強者! これが、これこそが、ナインテイカー!』


 興奮した安奈の実況が流れる中、四字は何事も無かったように再び壁を切り裂くと、足を進める。

 彼が通過するのを待っていたかのように、壁に掛けられた自動修復の魔法が働き、己に開いた斬穴を塞いでいった。


『とっっっんでもないぞ、四字練夜ー! けど大丈夫なのか、コースをまるで無視しているが、ゴールは分かっているのか!?』

『分かっているといえば分かっているし、分かっていないといえば分かっていない、だろうね』

『と、いうと!?』

『彼は元より、優勝になど大した興味は抱いていないよ。ただ強者と戦い、より高みへと邁進したいだけだ。だから、この試験場において最も強い者の所へと向かっている』

『最も強い? となるとやはりあれかい、今回の参加者の中で彼を除いて最も学内ランキングの順位が高い――ランキング第十六位、『領域占有』九条礼菜選手の所かあ!?』

『いや、違うよ』

『えい?』


 予想を外され、かくんと片肩を落とす安奈。

 そんな彼女に、そして聴衆に、レストは言う。


『この試験場に居るのは、何も参加者――即ち生徒だけでは無い。だろう?』

『それはまさか、教師ということなのかっ? でも、一体どの教師の所に?』

『最終関門』

『へ?』

『見てごらん』


 誘導に乗って安奈がモニターに視線を向ければ、いつの間にやら。


『おっとぉ!? 四字選手、既にゴール近くまで到達しているぞ!? 幾ら直線距離で向かっていたとはいえ、相当スタート地点がゴールに近かったみたいだっ! しかし此処まで来れば、ずっと秘されていた最終関門とやらもようやく露わ、に……』


 言葉が途切れる。そうしたかったのでは無い、そうせざるを得なかったのだ。

 四字が壁を抜けて辿り着いた先。ゴール前の、幅数百メートルはあろうかというだだっ広い通路。その真ん中に――ぽつんと一人、若い女性が立っていた。

 鮮血よりも鮮やかな、真紅の長髪。魅力に溢れた肢体に、思わず感嘆の漏れてしまうような美しい容姿。完全に調和の取れた、美の化身のようでいて――その実、猛獣よりも遥かに恐ろしい戦威を放つ、気高き強者。


『そ、そんな、彼女はまさか――!』


 腕を組み、仁王立ち、不敵に笑う、彼女の名は。


『学内ランキング、第三位! 『暴君』エミリア・エトランジェ――!?』


 この日最大の驚愕が、学園を支配した。

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