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ナインテイカー  作者: キミト
第二章 『暴君』
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第十六話  星の教師様

 レース開始から三十分。事態は徐々に、混沌の様相を呈してきていた。

 幾つもの小道から始まった参加者達が、段々と大道に合流してきたのである。互いに頂点を競い合う、あるいは期末テスト終了記念で暴れたい者達ばかり、当然そこには戦闘が勃発した。

 多くの者達は魔力の消費を抑える為無難な小競り合いを繰り返していたが、そこに割って入る暴れたいだけの者が状況を引っ掻き回す。後のことなど考えない自由で無茶苦茶な魔法行使は、多くの参加者を阿鼻叫喚の渦に巻き込んだ。

 結果として試験自体の、そしてそれを見る観客達のボルテージも適度に上がり始めている。此処まで計算してレースを組んだのであれば大したものだが、あの学園長のこと、それは無いだろうというのが大半の見方であった。

 そんな順調に推移しているレースの一幕を、此処でお届けしよう。


「くっらえー☆ティンクル★スター!」


 無骨な灰色のレース場に似つかわしくない、色とりどりの星星が天より降り注ぎ、参加者達に襲い掛かる。手の平大の小さな流星達は、地面に着弾すると同時に弾け、新たな災害を巻き起こした。

 砕け散ったファンシーな星星と、その脅威から逃げ惑う参加者達を上空から見下ろしながら、今回の試験の障害の一つである教師、綺羅☆カノンは無邪気に笑う。

 最早五十メートル走も余裕で出来る程に道幅の広がったこの場所で、少しでも多くの生徒を蹴散らし脱落させることが、彼女に与えられた使命であった。

 群がる参加者達を阻む方法は幾つもあるが、その中でも彼女は、自身の得意とする広域破壊魔法での殲滅を選んだらしい。

 実際、降り注ぐ星星はその見た目とは裏腹に、まるで絨毯爆撃のような脅威と暴虐を以って生徒達へと襲い掛かっている。


「くそ、やられっぱなしでいられるか!」


 隠れる場所も無く圧倒的不利な状況の中、それでも事態を打開しようと上空に浮かぶカノンへと魔法弾を放つ生徒。

 小さく威力も低いながら、速射性と精密性に優れた弾丸は、狙い通りに彼女の下へと飛んでいく。


「うわーん☆怖-い」


 しかし放たれた攻撃は、カノンが怯えるように身を抱き捻ったことで回避された。

 舌打ちと共に更に数発、魔力弾を放つ生徒だが、それらもまた同じように避けられる。


「何で当たらないんだ、ちくしょうっ!」

「駄目ですよー、そんなんじゃ☆」


 悔しがる生徒へと、カノンはめっ、と叱るような仕草をして、


「先生はとっても可愛いので、皆からの視線に敏感なんです☆だから貴方の視線でどこを狙っているのか、見なくても分かっちゃうんですよ☆」

「インチキだ!」

「ひどーい、インチキなんかじゃないですよお。ほら☆」


 話しながら、向いている方向とはまるで別角度から飛来した魔力弾を、身を捩って開始するカノン。先程とは別の生徒が、悔しそうに眉を歪めて手の銃型魔導機を握りしめた。

 他にも数十名の参加者達が、この難所の突破に悪戦苦闘し、揃って足止めを余儀なくされていた。


「どうする、強行突破するか?」

「いやだがあの先生、火力は相当なもんだぜ。範囲も広いし、全ては避けらんねー。かといって防げるかと言われれば……」

「でも、こっちからの攻撃は全部簡単に避けられちゃうし……どうすれば良いの~!」


 悩み、相談し合う生徒達。本来ならば互いに敵であるはずなのだが、難敵を前に一先ず力を合わせることにしたらしい。

 身を固めあーでもないこーでもないと意見を出し合う彼等を余所に、空中のカノンは手に持ったファンシーな杖を振り回し、あざとい決めポーズなんぞ取っている。


「可愛い可愛い綺羅☆カノンちゃーん☆イェイ☆」

(あんの糞教師っ!)


 皆の心が一つになった瞬間であった。

 血走った目で己を睨む生徒達に、怖ーい☆と甲高い声で悲鳴を漏らし、カノンはクルリと一回転。


「ほらほらー、急がないと他の皆がゴールしちゃうぞ☆」


 ウインクと共に放たれた言葉に、ぶちりと生徒達の血管が引きちぎられた。


「うるせーぞ婆! 何がイェイ☆だ、調子乗ってんじゃねえ!」

「そうだそうだ! 見た目二十代だからって可愛子ぶってんじゃねぇぞ、四百歳越えの大年増が!」

「えー☆カノンなんのことか分かんなーい☆」

「とぼけんなぁ! 織田信長と茶ぁしばいてる水墨画が、しっかり証拠として残ってんだよ! あの時代にそんなひらひらした魔法少的服装してる奴が、手前以外に居るかあ!」

「そんなことないもーん、戦国時代にも私以外にこの格好をしてる子はいたもーん☆」

「その時から生きてるって認めてんじゃねーかっ」

「やーん☆カノンちゃんミスっちゃった、てへ☆」

(((イラッ)))


 舌をちょこんと出し頭を小突く年増の姿に、ついに生徒達の怒りは頂点に達した。

 青筋を浮かべて魔導機を握り締め、抑えていた魔力が迸る。


「あれー☆皆、そんなに魔力を使って良いのー?」

「喧しいど畜生がっ! 年に似合わぬお子様みたいなパンツ見せびらかしやがって、似合ってねえんだよ!」

「そうだそうだ! 誘惑しようったって、そんなピンクのパンツに何か……パ、パンツ、パンツに何か、俺は屈しないぞ!」

「……何動揺してるの?」

「え、いや、俺は何も」

「そう言いながら、ちらちら視線が上空の先生のスカートの中に向いてんのよ、このど変体!」

「あぶらっ!」

「馬鹿野郎、内輪揉めしてる場合か! 今は目の前の悪鬼に集中しろ!」

「悪鬼だなんて酷-い☆ 鬼らしく襲っちゃうぞ、がおー☆」


 ふざけた言葉の裏に隠された、魔力の高ぶり。総学の生徒だけあるのだろう、敏感にそれを感じ取った参加者達が、一斉にその場から飛び退く。

 先程女子に殴られて倒れていた、一人の男子生徒を残して。


「えっ……あぁぁああーーーーー!」


 男子生徒の姿が、悲鳴と共に降り注いだ巨大な星の下に消える。その大きさと籠められた魔力、そして何より地を大きく砕いた威力から、避けた生徒達は彼の冥福を静かに祈った。


「どーですか、先生のシューティング★スターは☆とっても可愛いでしょー☆」


 揃って首を振る。あんな、防御の上からでも一撃で落とされそうな凶悪な巨星が可愛らしいわけあるか。最早流星ではなく破壊の隕石である、あれは。


「もっとお話していたい所だけど、そろそろ後続の参加者さん達も来ちゃいそうだし☆……一気に行くよー☆」

「っ、全員散れ!」


 ばらけ、各々に突破を試みる生徒達へと、再び降り注ぐ凶星の雨あられ。

 虹色に輝く大小様々な星星が、灰色の通路を彩り、そして蹂躙する。


「スターライト★カタストロフィー☆」

「「「う、うわあああああああああ!!」」」


 圧倒的な光景だった。幻想的に世界を彩る星達が、場を敷き詰めるように降り注ぐ。それはまるで、夜空がそのまま地上に落ちてきたかのようで。

 逃げ場無く、多くの参加者達が星に打たれて意識を飛ばす。かろうじて防御した者も、間断なく降り続ける星の雨にやがて限界を向かえ、障壁を割られその身体を打ち据えられた。

 全てが終わった時――残っていたのは、荒れ果てた殺風景な通路と、倒れ伏す生徒達の姿だけ。


「やーん☆先生を置いて皆でおねんね何て、酷-い☆」


 きゃっきゃきゃっきゃと、表面上は無邪気にはしゃぐ、星の女王。

 やがて破壊の嵐が終わりを告げたのを見計らったようにふよふよとやって来た光球――映像中継を兼ねた監視魔法――から放たれた一条の光が倒れる生徒達を包み込み、その姿を消し去って行く。

 脱落者を回収する為の、転移魔法だ。レース場に多数散らばる光球の全てにその機能があるというのだから、作った者の技能は相当なものだろう。

 ともかく、そうして全ての生徒が回収され静かになった通路の上空で、綺羅☆カノンはつまらなそうに頬を膨らませ不満を顕にした。


「ぷー☆つまんなーい☆せっかくこのカノンちゃんが試験官をしてあげてるのに、みーんなすぐ倒れちゃうんだもーん☆」


 そのまま空中で、不満を体一杯で表現するように身を捩る。しっかりと監視魔法から良く見えるように角度や表情を調整しているあたり、何ともあざといものだった。

 続いてくるくると踊るように空を回るその姿は、モニターの一角という狭いスペースであるにも関わらず、観客達の目を無駄にひき付ける。悪目立ち、とも言えるだろうが。

 正直彼女のことを知る多くの生徒や教師達は、ああいつものね、と呆れるだけで他の画面に注目しているのだが……極一部の奇特なファンだけは、涙さえ流して彼女の勇姿に嬌声を上げているようだった。

 彼女も、それが分かっているのだろう。己を映すモニターへと、華麗にウインクをかまして――


「可愛い可愛い綺羅☆カノンちゃん☆イェイ……っ!」


 ギラリと身を刺し貫くような視線と、迫る魔力に、咄嗟に身を転がすようにして飛び退いた。

 直後、駆け抜けていく深紫色の魔力弾。


「誰ですかー☆先生の決めポーズを邪魔する、無粋なお邪魔虫さんは☆」


 空中で華麗に体勢を整えたカノンが振り向き見れば――通路の真ん中に立ち尽くす、巨漢が一人。

 筋骨隆々の身体に、手に持った大斧型魔導機が実に似合っている。


「ふん。流石にあの程度では、仕留められないか」


 鼻を軽く鳴らし、古賀荘厳はその手の魔導機――ゴアガイズの石突を地に着き立てた。

 鋭い瞳で見詰められ、カノンはいやーん☆と甲高い声と共に身を抱く。


「そんな熱烈な視線で見詰められると、照れちゃいますー☆」

「……なる程な」


 だがそんな彼女のふざけた態度もまるで無視して、荘厳は呟く。


「一見隙だらけに見えるがその実、片時も此方から意識を外していない。何があっても対処出来るよう、常に余裕も持っている。その奇行、全て計算尽くということか」

「何のことですかー☆カノンちゃん、分っかんなーい☆」

「どうやら、それ相応の力で対応しなければならない相手のようだ」

「無視ですかー☆カノンちゃん、傷ついちゃうなー☆……!」


 二度目の驚愕。それは、相対する男から溢れ出す強靭な魔力と、その鼓動。


「まさか☆――」

機構融合リベレイト!」


 宣言と同時に荘厳の周囲の空間が軋み、時空の歪みを生み出す。そこから飛来するは、人程もある機械的な蒼い装甲体。

 透き通るようなその色を見せ付けるように周囲を一周巡航し、装甲体は振り上げられた魔導機へと激突し、一つとなる。

 荘厳から立ち昇る魔力が、深紫色から鮮やかな青紫色へと変貌を遂げた。変形した装甲が魔導機を覆い、一部として組み込まれ、元より巨大な大斧が更に大きさを増した巨斧へと進化する。

 圧倒的な存在感、全てを圧す魔力の波動。これこそ限られたテイカーしか扱えぬ、真なる力の顕現体。


「魔導真機――エル・ディベレイター」


 吹き荒れる魔力風を軽く真機を振るうことで消し払い、脈動する魔力と共に荘厳は静かに構えを取った。

 彼の選んだ選択に、カノンは無邪気の後ろに嘲りを隠して軽やかに笑う。


「いきなり魔導真機なんて、カノンビックリしちゃったー☆でも良いのかなー? まだまだ先の長いレースなのに、こんな所でそんなものを使っちゃってー☆」


 魔導真機を使えば、使用者の力は何倍にも跳ね上がる。しかし同時に、それ相応に魔力の消費量もまた跳ね上がるのだ。

 流石にすぐに無くなる、というものでも無いが、まだ精々中盤に差し掛かった所のこの段階で使うのはあまりに愚かな行動だと、カノンの目にはそう映っていた。

 だが荘厳は、彼女の嘲りを見抜きながらも揺るがず、騒がず。


「構わん」

「えー☆?」

「一撃で蹴散らせば――結果的に消費する魔力は、少なくて済む」

「…………」


 カノンの丹精に手入れされている眉毛が、微かに歪む。荘厳の言葉は実に冷静で落ち着いたものではあったが、要約すればこういうことだ。


 お前など、一撃あれば十分だ、と。


 嘲りを嘲りで返された――そう感じ取ったカノンの反応は、分かり易く顕著なものだった。


「面白いことを言う子ですねー☆……糞生意気な糞餓鬼さん」


 すっと目が細められ、低い声と微かな音量で放たれた言葉は、監視魔法の集音機能でも捉えられなかった。その顔も、計られたように手の杖によって遮られ見ることは叶わない。

 ただ一人、彼女の正面に立ち、その聴覚や視覚を強化している荘厳以外は。

 変化は、一瞬。次の瞬間にはカノンの表情も、声も、まるで元通り。


「そんなに自信があるのなら、どーぞ掛かって来て下さい☆返り討ちにしちゃいますよー☆」

「時間は掛けん。圧し通る」


 魔導真機を握る両腕に力が籠もり、地は踏み締められた圧力によって罅割れる。

 空間を押し潰すような強大な魔力の高ぶりと共に、荘厳は巨斧を振りかぶり愚直に一直線に跳躍した。

 直後、爆音と共に、巨大な破壊の嵐が巻き起こった――。

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