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ナインテイカー  作者: キミト
第二章 『暴君』
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第十四話  高天試験・初戦

『えー、それでは皆さん、準備はよろしいでしょうか』


 スピーカーから流れるのは、十分前と同じ教師の声。騒がしかった会場がまたも一斉に静止して、誰もがこれから始まる試験への緊張と高揚を持ってその声を迎え入れていた。


『最も、準備が整っていなかったとしても、待つことはしませんが。きちんと時間通りに動けないのならば、それはその人の怠慢に他なりません。社会に出てから迷惑を掛けないよう、きちんと時間通りに動くことを学んで……』


 試験そっちのけで説教染みたことを言い出す教師に、生徒達は一様に苦い顔。せっかくの気持ちに水を差す教師に、不満の声もちらほらと漏れている。

 教師の方もスピーカー越しにそれを察したのか、或いは自身の暴走に気付いたのか。こほん、とわざとらしい咳をすると、話を強引に軌道修正。


『それでは、早速高天試験を始めたいと思います。試験に臨むからには皆さん、全力を尽くして優勝を目指して下さい』


 会場に集う参加者達の緊張は、最高潮を迎えた。学園各所でその様子を見守る他の生徒達も、固唾を呑んで始まりの時を待ち――


『では、試験――開始っ!!』


 始まりを告げる教師の声と共に、参加者の足元に浮かび出た魔法陣から発せられた光が、彼等を一斉に包み込んだ。


 ~~~~~~


「で。此処がスタート地点、ってこと?」


 狭苦しい袋小路の中で、リエラは一人呟いた。

 周囲を見れば、明らかに先程まで居た会場とは違う場所。コンクリートとはまた違う、高い灰色の壁が周囲に聳え立ち、上空に見える空は鮮やかな藍色に染まっている。

 此処が、この試験の為に時空を歪めて作ったというスペースなのだろう。太陽など存在しないにも関わらず空から降り注ぐ不思議な光に照らされた空間は、これまで生きてきた世界とは違った奇妙な感覚をリエラに与えていた。


「全員が同じ場所からスタートじゃあ、いきなり戦いが激しくなりすぎるってことなんだろうけど……それにしても、一人はやり過ぎじゃない?」


 愚痴とも取れない文句を言いながら、右手を真っ直ぐ横に伸ばす。

 そうして、己が相棒をその手に呼び出した。


機構召喚ゼグリオン


 呼びかけに従い、現れる真っ赤な長剣。燃え上がる炎のような魔導機、ハインツェラを握り締め、リエラは先に見える開けた通路へと走り出す。

 ぐん、と彼女の身体が加速して、常人を超えた速度でその身を動かした。身体強化の魔法を使ったのだ。


(飛んで行った方が楽だけど、まだ序盤だし魔力は節約しないとね)


 このレースは長い。恐らく全力で飛翔しても、三十分や一時間では到底ゴールまで辿り着けないだろう。更には、幾多の障害や敵対者との戦闘を乗り越えていかなければならない。

 幾らリエラが豊富な魔力量を誇っているとはいえ、常に全力でいてはとてもでは無いが持ちそうに無かった。全力を出すのは、ここぞという時に取っておくべきだろう。


(ルール上、この壁より上は飛んじゃいけないし、説明通りなら強度も圧倒的。全力を出せばぶち破れるかもしれないけど、何枚あるかも分からない壁に一々そんなことしてたら絶対最後まで持たない。転移魔法は私じゃ使えないし、使えてもこの壁自体に遮断の魔法が掛けられてるから、壁を抜けるような真似は出来ないし――そもそもゴールが何処にあるかも分からないんだから、ショートカットなんて無理、か)


 レースという競技において一番に思いつく勝利への近道を、一先ず不可能と判断する。どうやら今は、道なりに進んで行くしか手はなさそうだ。

 考えている内に、狭い路地を抜け、広い通路へと辿り着く。都市の大通りよりも尚広いその場所は、正に争ってくださいと言わんばかりのスペースだ。


「こっからが本当の始まりってことね」


 軽く周囲を窺ってみるが、自分以外の人影は無い。既に先に行ってしまったのかもしれないし、幾つか見える細い路地の向こうに、まだ居るのかもしれない。


(ま、どっちにしろ行くしかないか)


 判断は一瞬、リエラは広々としたコースを一人で駆けだす。此処で他の通路から出てくる参加者を迎え撃つ、という手もあったが、思い浮かぶと同時に即座に却下した。

 そんな姑息な待ち伏せをしている間にも、他の参加者達が先に進んでいるかもしれないのだ。立ち止まり時間を掛けるような選択肢は、悪手でしかない。

 テイカーでなければ世界新記録だと称えられる程度の速度で、彼女は固い地面を踏み締め進み――


「はっ!」


 気合一閃、振り向きざまにその手の剣を横薙ぎに払う。

 剣の軌跡に沿うように、撃ち落された魔力の弾丸が砕け、儚い光を撒き散らす。明らかに彼女を害することを目的とした、奇襲であった。


「別に卑怯だなんて言うつもりは無いけど……随分と侮られてんのね、私は」


 脚を止めたリエラは、奇襲を仕掛けた敵手達へと不満そうにそうぼやいた。

 隠れる所も無い殺風景な通路には、彼女の他に二つの人影。学年までは分からないが、男と女の二人組みだ。


「別に、侮ったつもりはないんだけどな」

「そうそう。ほんとに侮ってたら、背後から奇襲なんて仕掛けないしー?」


 手に魔導機であろう武器を握った二人組みは、自然体に見えてその実いつでも戦闘が出来るような体勢を維持しながら、そう返す。

 好青年そうな男は両手に短剣を、小柄な少女は両手にサブマシンガンのような銃を構えていた。

 明らかに互いを見知っている態度と、横に立つ相手への警戒の薄さから、リエラは彼等が強い信頼関係によって結ばれた友人、恋人、或いは兄妹のような協力者であると推察する。


(偶々二人、近い場所に飛ばされたってことか。運が良いことで)


 意中の相手の付近に飛ばされる確立など、相当に低いだろうに。最もリエラには特に組んだ相手もいないので、感心することはあっても羨ましがることは無いのだが。

 ともかく、そんな運の良さもあってか、何処か余裕の色を滲ませる二人組みに、リエラは呆れたように言う。


「いや侮ってるでしょ、あんた等。本当に侮ってないならさ――」


 大きく頭上に振りかぶられるハインツェラ。その姿を見た途端、二人組みは腰を落として更に警戒を深くして、


「あんな牽制みたいな攻撃じゃなくて、最初から全力の攻撃で仕掛けてくるで、しょっ!」


 振り下ろされた魔導機から放たれた炎の奔流に、思わず目を疑った。

 まるで津波のように押し寄せる真っ赤な火の海。いきなりの大技に対する硬直は一瞬、素早く空中へと飛び退いた二人は、顔を見合わせると揃って飛行魔法を発動させる。

 今後を鑑みて尚、出し惜しみしていられる相手では無いと判断したようだ。波が過ぎ去ったことを確認し、二人は一気にリエラとの距離を詰めて行く。


「手間は掛けていられない……早々に決めるぞ!」

「りょーかい!」


 先頭を行くは男のテイカー。その影に隠れるように、ぴったり後ろを女のテイカーが続く。良く練習を重ねた、彼等の十八番の陣形である。

 対するリエラは同じ土俵に上がることも無く、地に足を着いたまま静かに魔導機を下段に構えるのみ。


(あれだけの大技を放っておきながら、今更魔力の節約か? 愚かだなっ)


 好青年が、一段加速する。その後ろで小柄な少女は僅かに速度を緩めると、両手の銃を正面に向け引き金を引いた。


「くっらえー!」


 矢継ぎ早に放たれる、十二の弾丸。それは大きく拡がるような弾道を描き、正面の相方を包むようにかわすと、軌道修正。弧を描き十二方向からリエラへと襲い掛かる。

 中々の威力と速度だ。おまけに、前からは男が突貫してきている。実質全方向への回避が塞がれた形だが――


「甘いってーのっ」


 リエラはあえて、正面へと突っ込んだ。地を蹴り、此方に迫る男へと真っ直ぐ突っ込む。

 地を蹴る瞬間だけ出力を上げた身体強化による跳躍は、銃弾の如き速度で彼女の身体を撃ち出した。


「なっ……!」


 回避しようとするか、或いは魔法で迎撃するか。そんな対応を予見していた青年は、その速度も相まって不意を突かれた格好となった。攻撃を仕掛ける余裕も無く、咄嗟に両手の短剣を交差させ防御の構えを取る。

 死に体の男へと、リエラは弓のように引き絞った長剣を思い切り叩き付けた。


「りゃあっ!」


 互いの魔導機が、甲高い音を立ててぶつかり合う。

 しかし力の差は明らかであり、振りぬかれた長剣は、容易く青年を後方へと弾き飛ばす。


「え、ちょっ……きゃあ!?」


 高速で放たれた好青年という名の弾丸は、狙い通りその後ろを追随していた小柄な少女へと直撃した。バランスを崩して落下する二人を見下ろして、リエラは自由落下に身を任せながらその手の剣を逆手に持つと、身体を捻り投擲の構えを取る。

 魔導機を、紅蓮の炎が包み込む。狙うは落下の衝撃で動きを止めた二人組み。


「これで……終わりっ」


 投げられた魔導機はその柄底から炎を吹いて加速しながら突き進み、直撃と同時に爆炎を上げる。

 通路には大きなクレーターが出来上がり、もうもうと立ち昇る粉塵が辺りを覆った。


「――ハインツェラ」


 すたっ、と軽い音を立てて地に降り立ちながら、巻き起こる煙のドームへと右手を伸ばし、相棒の名を呼ぶ。途端、粉塵を突き破り赤き長剣が飛来した。

 見事己の手に収まった魔導機を見て、リエラは満足そうに目を細めると、クレーターに背を向け走り出す。

 煙が晴れたそこには、目を回し気絶する二人組みの姿があった。


「初戦としては、悪くなかったかな。魔力も節約出来たし」


 実は先程の戦闘において、リエラはほとんど魔力を消費していなかった。

 攻撃も迎撃も最低限に留め、初めに放った炎の奔流も、見た目こそ派手だが中身の無いすかすかの張りぼて。要するにあの二人組みは、リエラの思惑にまんまと嵌ったのだ。


「下手に他の参加者に追いつかれない内に、速度を上げるべきかな――っ!」


 身体強化の出力を一段上げようとしたリエラは、感じた脅威に咄嗟に身を低くして加速する。

 直後、靡く赤髪をかするように通過する、淡く光る魔力の槍。


(攻撃? でも、一体何処から)


 訝しげに周囲を窺えば、左右に聳え立つ壁、その各所に奇妙な穴が空いていた。それは丁度、先程の槍と同じ位の大きさで――


「なる程。これが障害、ってわけね」


 目を細め更に壁を見渡せば、同じような穴が他に幾つも空いている。恐らくは感知式のトラップといった所だろう。

 単純なように見えてその実、かなり厄介な仕掛けだ。機械的なトラップであるが故に殺気が感じ取れず、また仕掛けた者のレベルが相当高いのだろう、罠を発動させる要因が見つけられない。

 床の何処かを踏めば発動するのか、一定範囲に入ると発動するのか、はたまた魔力のワイヤーでも張り巡らされているのか。

 ついでに言えばどの発射口から放たれるか分からない点も、厄介な要因の一つであった。下手をすれば、背後から撃たれる可能性もあるだろう。

 こんな序盤で余計な怪我を負ってもしょうがない。此処は万全を期して、慎重に――


「行くわけない、でしょ!」


 にやりと笑って、リエラは思い切り地を蹴った。

 地雷原を突き進む彼女に反応し、当然の如く四方八方から投槍が放たれる。

 だがその全てを、彼女は最低限の動きで回避した。走りに緩急をつけ、僅かに行く道をずらし、身体を左右に揺らして、襲い掛かる脅威を未来でも見えているかのように捌いてみせる。

 忘れてはならない。彼女は、天才とまで呼ばれたテイカーなのだ。戦闘における技量の高さ、勘の鋭さは、他者を遥かに凌駕する。


「さーて、次々!」


 こうして見事第一の障害を無傷で踏破したリエラは、ステップでも踏むように加速すると、未だ遠いゴール目指して意気揚々と駆けて行ったのであった。

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