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ナインテイカー  作者: キミト
第一章 『魔導戦将』
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第四話  空を飛ぶ変人

「うう……結局あんまり眠れなかった」


 朝。小鳥が囀り朝日が天へと昇っていく中で、リエラは呻いていた。目の下には、僅かではあるが隈が見える。


「昨夜あんなに騒ぐからだろう?」

「あんたがそれを言う!?」


 眠りに落ちる直前に放たれたレストの一言。それに衝撃を受けた彼女は、散々騒ぎ立てた。

 最終的には何とか落ち着いたものの、すっかり目が覚めてしまい、まともに眠れぬまま朝を迎えてしまったのだ。

 ちなみに、レストとニーラは彼女が落ち着いてすぐに眠りについたおかげで睡眠はばっちりである。


「あ~……今日の学校どうしよう」

「寝て過ごしたらどうだい? 実力主義のこの学校では、授業を聞いていなくとも結果さえ出せれば問題にはならないが」

「いや、流石に転入したばかりでそれはさ~」


 むむむ、と悩む。

 と、その思考は漂ってきたおいしそうな匂いに中断された。


「できました」


 ニーラが、朝食を持ってキッチンからやって来る。別段豪華なものでもないが、彼女の腕のおかげか、今すぐ噛り付きたい位に美味しそうだ。

 歩く彼女の周りには、その手に持つ一人分の朝食以外にも、二人分の食事の載った皿が浮かんでいた。当然、魔法によるものである。


「あれ? 貴女はここの生徒じゃないんじゃあ」

「確かにそうですが、個人的にレスト様から魔法を教わっていますので。レスト様に比べればあまりに拙いものですが、私も多少は魔法を扱うことができます」

「へ~」


 少し感心。あの傍若無人で偏屈な男も、他者にものを教えたりできたのか、と。


「なんだい、その目は。そんなに私がニーラに魔法を教えているのが意外かい?」

「いや、まあ。何かあんたってどちらかといえば、自分のこととかにひたすら没頭してそうな気がしたから」


 彼女の言に、ふむ、と一つ頷いて、レストは考え込む。

 思い返すのは、かつての己の姿。


「成る程、確かに昔は自身の魔法に関する研究に没頭していたよ。周りも気にせず、ね。しかしある時から、少し考えを変えたんだ」

「ある時?」

「ああ。まあ、それは置いておこう。とにかく、ただ自身の中に籠もっているだけではいけない、と思ったんだよ。だから、色々なものを見ることでより成長しようとしているんだ」

「魔法を教えるのもその一環、ってこと?」

「よく言うだろう? 人に教えることでこそ分かるものもある、と」


 もっともらしいことを言うレストに僅かに関心するリエラ。

 と、朝食をセットし終わったニーラが座りながら口を開く。


「レスト様が教えているのは私だけではありません。学園には、弟子もいるんですよ」

「弟子!?」


 そこまでとは、流石に予想外だった。驚愕に目を見開くリエラを無視して、レストは朝食を摂り始める。


「いただきます」

「いただきます」


 二人声を揃え、ニーラもまた朝食を口に運んだ。

 日本人離れした彼等が手を合わせいただきます、と言うのは中々奇妙な光景だったが、それを指摘する者は居ない。何せ残った一人、リエラもまた日本人ではないのだから。

 そう考えるとこの空間には日本人は一人も居ないわけで、幾ら国際的に優秀なテイカーの集まる学校の寮の一室といえど、本当に日本かどうかつい疑いたくなってしまいそうである。

 最も実は、日本人要素が完全にゼロな訳ではなかったりするのだが。


「って、ちょっと! ……もう。いただきます!」


 無視されたことに不満を持ちながらも、どうせこいつに言っても無駄だな、と諦め、リエラもまた朝食に手をつけた。

 彼女がいただきます、と言ったのは何も二人を真似したからというだけではなく、此処に来る前にあらかじめ日本について調べていたからである。

 最初はどうするか迷っていたのだが、彼等二人がしているのを見て、自分も行うことにしたのだ。


「それにしても意外だったわ」

「まだ言っているのかい?」


 朝食の合間、突如零れた声にレストが聞き返す。


「いや、今度のは弟子のことじゃなくて。考えを変えた、ってとこ」

「それが?」

「だってさ。まだ出会ってほとんど経ってないけど、なんとなく分かるのよ。レストって、こう……既に『自分』ってものを確立している感じがするでしょ? それも、もの凄く強く。だから、考えを変えるっていうのが想像できなくて」

「ふむ」


 指摘は随分と正鵠を射ていて、レストは彼女への感嘆と共に思考に入った。

 自分が考えを変えた理由――それは当然自身にとって非常に重要な事柄であり、果たして易々と話して良いものか。

 彼の優れた頭脳は一瞬の内に幾千の答えを返すが、結局の所単純な結論に帰結する。


(別に『あの戦い』について話したところで、何の問題もないか)


 とはいえ同時に、全てをリエラへと話す気もない。まだ会って間もない彼女に自身の内側を晒しすぎるのもどうかと考えたのもそうだし、何より。


「悪いが、細かく話すには時間が足りない。面倒でもあるしね。だから、ごく端的に説明しよう」


 レストが思い浮かべた戦いは、彼が考えを変えた理由のあくまでも一端に過ぎなかったが、それを話すだけでもそれなりに時間が掛かってしまうだろう。少なくとも、悠長に話していては学園に間に合わなくなる位には。

 まして全容を語るならば、どれ程の時間がいることか。何せ理由の全てを紙に記せば、それこそ小説が十冊は出来上がってしまう程の大長編なのだ。

 故にレストは、本当に重要な――核心部分だけを抜き出し纏めて、伝えることにした。


「私はね、負けたんだよ」

「負けた?」

「そう。ある人物と戦い……完膚なきまでに決定的な敗北を喫した。そうして気付いたんだ、自分の中に籠もるだけでは辿り着けない場所がある、と」


 随分と殊勝な話だった。この男が単に敗北しただけで考えを変えるとはリエラにはいまいち思えなかったが、逆に言えばその戦い、そして敗北は彼にとって単なる、では済まされない程に大きなものだったということなのだろう。

 というかそもそも、何の勝負かも聞いていないのだが……彼の言った通り時間がないのも事実なので、リエラは問い掛けたい気持ちをぐっと抑え込み、続く話に耳を傾けた。


「『彼』は強かった。力もそうだが、何より心が。突き破れないはずの限界を、輝く心で突き抜ける。そんな無茶が出来る男だった」


 『彼』とは、その勝負の相手のことなのだろう。自身が敗北した相手について語っているというのに、レストの表情はまるで憧れのヒーローについて話す幼子のように無邪気な微笑みで、リエラは本当にこれが昨日自身を散々振り回したあの人物なのかと、本気で疑いかけた程だ。

 けれどきっと、これも確かに彼なのだろう。平淡なように見えて、その実人間らしい――それが生来のものなのか、その『彼』との出会いによって生まれたものなのか。そこまでは、分からなかったが。


「私はね、リエラ。彼に勝ちたいんだよ」


 その為にこの学園に、この場所に来たのだと。伝わってくる思いから理解したリエラは、無意識の内に俯き拳を握り締めた。

 自身の目標――全テイカーの頂点に立つ。決して軽い気持ちで目指しているわけではないがしかし、彼の目標に比べれば、自身のそれがあまりにもちっぽけなものに見えたからだ。

 可笑しな話だった。たった一人の人間に勝ちたいレストと、全てのテイカーに勝ちたい自分。どう考えても此方の方が大きな目標のはずなのに、何故かどうしようもなく小さく感じる。

 そんなはずはない、と頭を振り、誤魔化すように朝食に手を付ける。けれどリエラの頭の中から、先ほどの感覚は消えてはくれなかった。


 炎は、まだ燃えない。


 ~~~~~~


 気持ちの良い朝の空気の中を、レストとリエラ、二人並んで歩いて行く。

 朝食を食べ終えた二人はニーラに見送られ寮を出ると、学園へと向かって一路歩を進めていた。

 正確には、歩いているのは一人だけ、だったが。


「……ねぇレスト」

「ん? なんだい?」


 美しい街路樹が規則的に並ぶ通学路を、しっかりと二本の足で踏み締めるリエラ。

 対しレストは、その両足を地に着いていなかった。


「あんたは、どうして浮いてるの?」


 彼は、地面からおよそ一・二メートル程、丁度リエラの顔の横辺りの高さに浮いていたのだ。しかも立つのではなく、空中に寝そべってである。

 ふよふよと彼女の歩みに合わせて前へ進みながら、レストは本当に分からない様子で小首を傾げる。


「どうして、とは?」

「いや、おかしいでしょ! 空中に浮いているなんて!」


 その言葉に、彼は目をぱちくりと瞬かせ、


「おかしいもなにも、単に魔法を使っているだけだが。君も天才とまで呼ばれたテイカーならば、飛行魔法の一つ位使えるだろう?」

「いや、それはそうだけど、そうじゃなくて。通学する為だけにその魔法を使っているのがおかしい、って言ってんの!」


 リエラもまた優れたテイカー、空を飛ぶ魔法は扱える。だがしかし、彼女に限ったことでは無いが、飛行魔法とはそれなりに魔力を喰うし制御も難しい。

 少なくとも戦闘や緊急事態でどうしても必要な場合でもなければ、あまり積極的に使いたいとは思えない魔法であった。


「もしかしてあんた、この為だけに『魔導機』を使ってるの?」


 魔導機――科学技術と魔法技術を合わせて作られた、魔法の行使を補助してくれる道具のことである。

 魔法使いが全体の九割以上を占めるとまで言われるテイカーにとっては、今や必需品。一人最低一つは持っている物でもあった。

 これさえあれば確かに飛行魔法もずっと容易く使えるし、その他の魔法も含めて日常生活はぐっと楽で便利になるだろう。だが、魔導機は平常時での行使はあまりよしとされていない。

 明確に決まりがあるわけでは無い。しかし、テイカーは常人に比べ大きな力を持つ関係上、一般の人間よりも重いモラルを求められる。簡単に大きな力を行使出来る魔導機を乱用することは、マナー違反にあたっていた。

 もちろん、何の配慮もなくむやみやたらと使う者も居るが……基本的には必要な時にだけ使用するのが常識だ。少なくとも、今ではない。


「まさか。この飛行魔法は、私の力だけで展開しているものだよ」

「本当に?」

「こんなことで嘘などつかないよ」


 胡乱気な目を向けるリエラだが、確かに彼からは魔導機を使っている気配を感じない。魔導機を稼動させていれば、それ独特の魔力の流れというものが感じ取れるはずなのだ。

 しかし今のレストからは、魔導機どころか通常の魔法行使時に漏れ出る魔力でさえほとんど感じ取れなかった。息をするように自然な魔法維持と、見事なまでに突き詰められた魔力効率。


「……もしかしてレストって、結構凄い?」

「ん? 良く分からないが……君も一緒に飛ぶかい? 魔法は私の方で負担しよう」


 寝ながら立てた指の先に浮かんだ、小さな魔法陣。

 その少し間抜けな光景を見て、リエラは溜息一つ、先ほどの思考を払いのける。


「スカート履いた状態で、空中に寝そべれと?」

「スカートの中を見えないようにする魔法も使えるが」

「それ以前に、飛ばないって選択肢はあんたには無いの……?」


 呆れながら、学園へと向かう速度を上げる。結局彼女は、レストの誘いに乗ること無く無事学園まで辿り着いたのであった。

 ……空飛ぶ変人と歩いていたことで、自身まで生温かい視線に晒されることにはなったが。

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